2022年08月の記事一覧

やはり帯状疱疹でした。

令和4年8月31日

昨日の朝起きたとこは『帯状疱疹かも』と思っていた事を報告しましたが、専門医に診て貰い『帯状疱疹』との診断を得て、1週間飲み薬の塗り薬で様子をみましょうと言われて、一晩が経ち腫れの方も少し退いてきた様に思うし痛みも少し和らいだように思い、今朝も元気に4時25分のアラームで行動開始。

昨夜は夜中の23時33分に、メールで体調を崩された方のメールでの連絡が管理宿直の吉田部長からきたので、折り返しの連絡でのやり取りをしたのですが、やり取りの後も比較的直ぐに眠れたので元気にお墓参りに託つけた散歩が出来ました。

六地蔵樣の所で6時を知らせる関ヶ原町の広報が鳴ったので「6時なら管理宿直の吉田部長は起きているだろう。」と言う事で昨夜の体調を崩された方の確認をすると「今は大分良くなられました。」の報告に安堵してゆっくりお墓のお参りをして、汗をしっかりかいたので、シャワーを浴びて今は休憩をしながらコラムを打っています。

ところで本日のお参り中も色んな事がありました。先ずは本日は8月最後の日で、「9月1日に幸福地蔵菩薩様のお花が替わっていなかったら、コメリに行って菊を買ってきて9月2日に花の入れ替えをしよう。」と考えていたのですが、本日綺麗な花が飾ってあったので、思わず写真を撮ると共に「本日コメリに行って菊を沢山購入して明日は色んな所に飾らせて貰おう。」と思いながら劣化して落ちたと思われる葉っぱを一生懸命に集めていると、いつも犬の散歩をしている方から挨拶をされました。この方は最初の頃は挨拶をしたくないのか私の姿が見えた時に私を避ける様にしてみえたのに、今では向こうから挨拶をして頂ける様になってはいたのですが、葉っぱ集めに一生懸命で気が付いていなかったのに声を掛けられたのでビックリもしましたが嬉しくも思いました。

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妙応寺の本堂の玄関先まで行くと玄関の戸の鍵を開けられている音がしたので中に入るのを躊躇していると、方丈様の方から「どうぞお参り下さい。」との声で戸を開けて入らせて頂き線香台を確認すると線香が立てて無かったので「方丈様がいつも線香を準備して頂いているのに、私が行くのが少し早すぎたのか。」と思いました。本堂の中に入って改めて方丈様の方に向かって深々とお辞儀をしてから大谷徹奘師の日めくりカレンダーを31日にすると『自分が心に 決めたなら 自分で守り 続けなきゃ』の言葉を頂き、改めて自分自身に気合を入れました。

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明日から9月です。今までに整理してきた事を実践していきますので、リピーターの皆さん『攻めの気持ちでの展開』をしていきますので私の動きを見ていて欲しいと思っています。

 

帯状疱疹のようなものが頭に出来て痛いです。

忘れもしません。3年前の参議院選挙で全国老人福祉施設協議会から組織内候補として出馬した角田君を一生懸命に応援して、岐阜県での雰囲気も良かったので岐阜県で最低でも五千票、あわよくば一万票と思いがあったのですが、投票の結果は三千票に届かない結果に終り私は完全に人間不審に陥り、1ヶ月後には頭から耳にかけての帯状疱疹になり高熱は出るはメチャクチャ痛いはで大垣市民病院に入院した嫌な経験があるのです。その時は「完全にストレスからだ。」と思っていたのです。

そして、十日位前から頭の左下(前回は左上)に違和感があったけれど多少の痛みはありましたがさほど気にせず生活していたのですが、昨日から痛みがひどく、大きくなったように思えて、今年の2月から3月のしんどさからくるストレスに比べたら今は少し落ち着いてきたと思っていたけれど根底ではしんどい思いをしている結果として、帯状疱疹になったのかと今は思っています。

確かに2月から3月は生きているだけでしんどかったのと比べたら今は生きてる感じはあるので状況は明るい兆しがあるのですが、今帯状疱疹になったと言うのは、あの頃は帯状疱疹になる余裕すらなかったと言う事なのかも知れません。ただし、私は医者でもないし知識もないので、帯状疱疹なのかもわからないので午前中に皮膚科で診て頂こうと考えています。

そこで、8時15分に病院に連絡すると、「これから来て貰えればなるべく早く診させて頂きます。」と言って頂けたので急いで病院に出掛けました。事前に連絡をしておいたので、受付を済ませて直ぐに診察室に入らせて頂き、院長先生に3年前の事も話をして、患部をみて貰うと「1週間位前からなら、そろそろ湿疹が出てきますね。厳しい状況になる前なので抗生物質の飲み薬と塗り薬で1週間様子をみて下さい。大抵大丈夫だと思います。」と院長先生に言って頂いただけで少し痛みが軽減した様に感じたのは人間の摩訶不思議な事だと自分の事ながら思った次第です。

そうしてもう一つ思ったのは本日は「お酒を飲むつもりだったけど・・・。」と思いましたが、病院に入院する事も無くなったので1週間の我慢だけなので良しとしなければと思っています。病院の向かいに薬局があり処方箋を持って行き「抗生薬は1日1回なので早く飲まれた方が良いですから水をお持ちしますのでここで飲んで下さい。」と言われて飲んでから施設に向けて帰る事にしました。運転をしながら「水野相談員は家にコロナ陽性の子どもがいるのでしばらく施設内のコミュニティハウスでの寝泊まりだから、途中で何か美味しいものを買って帰ろう。」と言う事でバロー(垂井にあるスーパーです。)でお刺身、唐揚げ等を買って帰りました。

買い物を終えて車を運転しながらかつては雪で帰れなくなった職員の為に「合宿だ」と言って買い出しをしてよく飲んだな等と感傷に耽っているのは少し歳を取ったからかな。リピーターの皆さんはどう思われますか。

「帯状疱疹も大したことなく治癒しそうだし、明日からバリバリうごめくぞ」と思った次第です。本当に痛さが取れたので良かったです。思いきって病院に行って良かったです。改めて決断することの大切さを理解しました。

 

朝から『秋』を感じています

令和4年8月29日

朝の仏間でのお参りは大きな声で唱えているから『汗をかく』と思っていたのですが、今朝はそれほど汗をかかなかったのです。それは、仏間も気温が高くなくて爽やかだったと言う事なのだと気が付きました。施設においても冷房を入れなくても良いと言うのは経費の面からも有り難いですが、それより何より「無理矢理涼しくなる。」と言う事でないので、入居者さんの体にとっても良いことだと思っています。

いつものように妙応寺の駐車場に入り幸福地蔵菩薩樣の前掛けを確認すると全く前掛けが見えない状態なので私は思わず「今日は久しぶりにラッキーだ。幸福地蔵菩薩樣を合法的にしっかり抱き締められる。」等とわけのわからない事を瞬間に思った次第です。先ずは幸福地蔵菩薩樣の所の花立に水を手向けてから持参したペットボトルをリュックサックにしまい、しっかり抱きしめながら前掛けを直したくて蓮の段まで登らせて頂き前掛けを直させて頂きました。その後、本堂に行き玄関に入り線香が二本立っているのを確認したので方丈樣の方に向かって深々と頭を下げて、これまたいつものように大谷撤奘師の日めくりカレンダーをめくりましたら『その一言 待ってる 人がいます』とあり、自分自身の言動について立ち返る事が出来た言葉となりました。

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つまり「忙しいから」等と自己弁護をしないで、気が付いた時に出来るだけ早くに時間を作り話する事を今迄以上に心掛けて行きたいと思いました。さて、彦根東福寺で毎月28日に行われる『護摩木法要』に昨日も参加させて頂きました。今年の5月から参加させて頂いているのですが、このコロナ禍にありながら欠かさず参加出来るのは有難い事だと思っています。

導師である静慈彰住職によって、毎回感動の中での参加なのですが昨夜の護摩木の燃え方は今までに無いものだったと感じていたのですが導師を勤めて頂いた静慈彰住職からも終了してから「ことのほか火の勢いが凄かったですね。」と言われたので、私と同じ事を感じられていたのだと思いました。私は10本の護摩木に1本1本お願いを書かせて頂いたのをこれまた、1本1本祈願したのを読み上げながら燃え盛る火の中に入れさせて貰いました。「祈り続けていれば必ず形になる。」との思いで燃え盛る火の中に入れました。

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昨夜から一夜が明け、熱いものを胸に秘めて施設に行くために我が家の玄関を開けると植木鉢の中の朝顔が綺麗に咲いていたので思わず写真を撮りました。リピーターの皆さん。喜怒哀楽が激しくある人生の中で私は生きていますが、危なっかしいのも含めてこれからもよろしくお願いいたします。

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本日は日曜なり、本日は日曜なり

リピーターの皆さんの中には「何を当たり前の事を表題にしているのか。」と思われた方もおありであった事と思います。私としては『素直な気持ち』を表題にしたつもりです。

と言うのは、最近よく幸福地蔵菩薩樣のところでお会いする同級生の影も形も無いのです。(家の方からの木魚の響きも無いのです。)ただし、妙応寺の方丈樣は流石です。と言うのは、いつものように本堂の線香たてに二本立てて頂いていたから。でも、よく考えてみたら私が事業をさせて頂いている高齢者施設もお寺さんも年中無休が当然何だから。年中無休と言うのは言葉では簡単に言えますが本当は大変な事なのだと改めて思っています。

と言うのも、これまたいつものように幸福地蔵菩薩樣の所で手を合わせようとした時に携帯にメールが入りました。「これは朝から施設で何かあったのか。」と慌ててガラケーの携帯を取り出して(ジャージのズボンの左のポケット)画面を確認するとデイサービスの職員の体調不良による欠勤の連絡だったので「入居者さんの急変ではないな。」と一先ず安心するとと共に、直ぐに管理宿直の水野相談員に連絡をとり「必要に応じて添乗でも運転もするよ。ただし、運転の場合はしっかりとした添乗が出来る職員にしてね。」と言うと「北島部長と相談します。」との返事だったので「北島部長が私に遠慮して私を業務のフォローをさせないようなら、遠慮は3流。いやいや遠慮は五百流だと言っておいて。」と話をすると共に「えらい早くの連絡だね。」(メールが送信されてきた時間は5時29分)と言うと水野相談員の方から「5時前の連絡だったのでびっくりしました。」との事だったので「いくら何でも早すぎだね。」と話をしました。

その後、いつものようにお墓参りを含むお参りを終えて、シャワーを浴びて休憩をしながらコラムを打っていると、7時06分にデイサービスの責任者である北島部長から、「吉田部長が来て頂いて運転業務をして頂けますので理事長は大丈夫です。」との連絡だったので「朝食を食べたら施設に行って久しぶりに運転が出来ると思っていたのに残念だ。その様な配慮ばかりされると手も足も出なくなって私はダルマの様になってしまう。皆で私をダルマにしたいんだな。」と笑いながら電話を切ると、電話のやり取りを聞いていた奥様かをり様が「今でもダルマのようですよ。」と言われて私は思わず『絶句』です。

7時半には施設に向けて行く予定が無くなったので少しゆっくりしていた所(7時43分)水野相談員からメールで『息子の職場で陽性者が出て検査を受けて結果が出るまで施設内のコミュニティハウスで泊まりたい。』との連絡がきたので、直ぐに携帯に連絡をして「こちらとしてはそう言う時も想定してのコミュニティハウスなので使っていいですが着替えと食事の確保はしてきて下さい。」と話をしました。

コミュニティハウスは単なるゲストハウスではなくてこのような使い方を職員の方から提案してくれた事に頼もしさを感じたのですがリピーターの皆さんはどの様に思われますか。

朝食が美味しく頂けると言う事。

令和4年8月27日

今朝のお墓参りには先客がありました。と言うのは妙応寺の駐車場に入ると幸福地蔵菩薩樣の方に向かって歩かれている方がありました。その方は先般も立ち話をした同級生だとわかったので、ゆっくり歩いて同級生がお参りを済まされるのを待って幸福地蔵菩薩様の所に行くと先客の同級生が私を待っている形になったので幸福地蔵菩薩様にお参りをする前に今朝も立ち話をする事にしました。お互いに挨拶を交わした後で私が「お互いに朝が早いね。」と投げかけると「夜中の2時には目が覚めてテレビを点けると為になるのをやっていた。」との答えが返ってきたので思わず私は「歳を取るに従い睡眠時間は短くなるのか。」と思った次第です。

色々な話をしていて「朝食が美味しいのは健康な証です。」との話を最後に本堂に向かいました。昨日気が付いたのですがペットボトルの水が3本では足りないと言う事で昨日空になったペットボトルを綺麗にして4本目の水として持って行く事にしたのですがリュックサックを背中に背負って歩くので「それ程苦にならないな。」と思いながら歩く事が出来ました。

本堂の所の大谷徹奘師の日めくりカレンダーには『死んでからどうなる じゃなくて 生きているから どうするか です』とあったので、私は「確かに自分が蒔いた悪い種は自分で刈り取り、良い種は次代に繋いでいく事が肝要だ。」と思った次第です。本堂でのお経のあとは、今須稲荷様、3仏様(本尊様、不動明王様、毘沙門天様)、関ケ原与一の墓、常在不滅の塔、六地蔵様とお参りをしてから若山家、吉澤家、及川家、柴田家のお墓に水を手向けると、「大正解。4本のペットボトル水で丁度良かった。」と言う事で感謝の気持ちを込めて『お墓参りグッツ』をお墓の横にある石に並べて記念写真を撮った次第です。(手前から山崎ていじから頂いた赤のタオル、四国遍路1番札所で購入した数珠、最近使いだして便利なリュックサック、4本になったペットボトル)お参りを全て終えて家に向かって歩いていて、かつての床屋さんの階段の所に黒猫が悠々と座っていてガラケーの携帯を向けても意に返さない様子だったのでしっかりと写真に収める事が出来た時にふと思ったのは「我が家のお墓にいたカエルとは随分違うな。」と思った次第です。

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この黒猫は時には2匹で行動するのですが1匹で行動する時には我が家の敷地内でも大きな顔をしているのでたまには追いかけたりしてコミュニケーションを取るのですが黒猫は「この辺りの縄張りは俺のものだ。」と言わんばかりにこの辺りを好き勝ってしています。

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シャワーを終えて自室で横になりながらコラムを打っていると6時48分に緊急連絡が入り、6時49分には朝食の準備が出来たとの事だったので急ぎ朝食を頂き施設に行くと救急車が来ていたので状況把握をして大垣市民病院に向けて出発をした救急車を見送りました。当施設は特別養護老人ホームなのでこの様な出来事はあってしかるべきですが、最近は看取り希望の方が多いので久しぶりに救急車を見送りながら「24年前の施設開所当初は救急対応が多くて地域の方から苦情が来たことも度々あったけど、今は状況が随分違うな。」と思いに浸っている次第です。リピーターの皆さん。わたしは24年の重みを感じながらも今以上に良い施設を目指して行きますので今後ともよろしくお願いいたします。

写真を撮ったのに紹介しなかったものについて語ります

令和4年8月26日

何度かコラムに書いてはいるのですが、改めて『関ヶ原与一の墓』について語ります。1ヶ月位前から関ヶ原与一の墓にある周りのお墓にも水を手向けていて、いつも不思議に思っていた事なのですが、お墓の上の所が凹んでいるお墓と尖ったお墓があり、どちらにも水を手向けているのですが、尖った方のお墓にはてっぺんの所に水がかかるまで水をかけ、凹んでいるお墓には水が溢れるまで水を注ぐのですが、いつも不思議に思っていたのは、凹んでいるお墓の水が翌日になると無くなっているのです。勿論雨がしっかり降った時は別ですが。そこで、私の勝手な理解は関ヶ原与一さん(本名は藤原基清)は、義経に切り殺されたと言われているので「死ぬ間際に余程喉が渇いていてお墓の水も直ぐに飲み干してしまわれるのか」と思うと「毎日水を手向けなければいけない。尚且つ、与一さんの墓にもしっかり手向けなければ。」と考えている次第です。

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二つ目の話題は我が家のお墓に蛙さんがいたと言う話です。カエルがいることが判ったので慌ててガラケーの携帯で撮ったのですが、そもそもカエルが小さかった事もあり何処にいるのかもわからないような構図になってしまったので、「もっと近づいて大きく写そう」と思い、近づくとその都度ピョンピョンと逃げていき何とか大きく写せたのですが結局は気に入らない様な構図になってしまったのですが、何とか撮れたのでアップしました。

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そして本日は10時30分から全国老施協の常任理事会がお昼休憩を挟んで14時30まであり、15時から16時40分(予定より10分延長)までそのだ後援会の最後の会議が有りました。と言う事は殆ど椅子に腰かけリモートの会議だったのです。常任理事会は全国老施協の方向性を決める大切な会議で、議長役の平石会長は副会長5人にしっかりと意見を求められるのでかなりしんどい思いをいました。また15時からのそのだ後援会は7月に行われた参議院議員選挙の組織内候補として2期目を目指して頂いたのですが残念ながら当選して頂く事が出来なかったので、組織内議員が存在しない事の厳しさを噛みしめながら、3年後の選挙に対してどの様に挑むべきかを真剣に話し合いましたのでこれまた厳しい会議でした。会議が始まる10時30分前までは岐阜県老人福祉施設協議会の会議の持ち方について岐阜県高齢福祉課長さんや老施協地味局長との打ち合わせをして、昼食休憩の時には何件かの電話が会議中に掛かっていた対応をしながらの昼食をとり、後援会が終了後は、常任理事会で頂いた私が担当副会長をさせて頂いているデイサービス部会の宿題を北海道波潟部会長としてその結果を滋賀県の堤副部会長と担当事務局に伝えたりしていて、全てが終了してホッとしたのが17時で今は「家に持ち帰ったらコラムを打つ気力が萎えてしまう。」との思いだったのですが、ようやくコラムも完成させたのでリピーターの皆さん。本日はご褒美でアサヒスーパードライ500ミリリットルを1缶飲みたいと考えています。このささやかなご褒美は許されますよね・・・。

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『隠徳』は誰にも言わずに行うのですが・・・。

令和4年8月25日

昨日のお線香の煙が『龍の化身』になった事も、本日の朝のお墓参り中の出来事である墓仕舞いした所の水入れを綺麗にさせて頂いた事も、自分だけの事としておいた方が良いとの考え方がある事は百も承知しているのですが、小さい頃の私とは違い今の私は気が付いた事は口に出して形にしていく『有言実行型』の性格になってしまったので、その点についてはリピーターの皆さんご理解下さい。

六地蔵樣の所に設置してある洗い場のでバケツとヤカンに水を入れて、そこにあったタオルをお借りして無縁墓の所で、結構重い石を何とか傾けて汚れた水を出すと、底の方はヘドロ状態になっていて、正直驚きました。と言うのはこの入れ物にわざわざ土を入れる方はいないと思うので、長い年月でヘドロ状態になったと思うとより丁寧にそして綺麗にさせて頂かないとと無心になり綺麗にさせて頂きました。と言う事で今は(午前6時58分)は家に帰りシャワーを浴びて朝食前の休憩時間と言う事でコラムを打っているのですが何と無く充実した気分に浸っている私なのであります。

本日は長良川国際会議場5階国際会議室で13時30分から岐阜県からの委託事業を受けての『令和4年度 外国人材の理解支援の在り方を学べる研修会』と銘打って<岐阜県老人福祉施設協議会と岐阜県老人保健施設協会主催の研修があり、コロナ感染症対策の一貫で、いわゆるハイブリット(リアルとオンラインの併用)方式で行われ、岐阜県高齢福祉課長の挨拶はオンラインで行われると聞いていますが私は主催者の責任者として、金沢市から来て頂く講師の先生との対応や開会の挨拶もあるので、11時には施設を出て途中で簡単に昼食をとり、13時までには会場入りをしたいと考えています。

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介護人材の不足は深刻な状況の中、「岐阜県の補助金を頂いての企画が打てる事は大変ありがたい。」と思うと同時に「会員施設にとってよりメリットのある事を今後も提案して実践していかなければ」とも考えています。よく私は職員に対して「自分の当たり前が当たり前でない方もあるので丁寧な説明が大切なんだ。」と言っています。今回の研修も外国人材の導入を考えられている法人・施設にとっては必ず役に立てて頂ける企画だと思っています。勿論、今すぐに導入を考えてない法人・施設であっても今後の展開を考えてと言う事で受講される方もあります。本当に困ってからでは遅いとの考え方は素晴らしい事だと思います。『人材は確保すると共に育てる事が大切』と考えています。

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そんな中で本部施設では10年以上前からEPAによってインドネシアの人材の導入をして、今は特定技能で国内にいて介護を志すベトナム人、ネパール人を確保してます。勿論色んな問題はありますが講師の先生にも今後の展開等を聞かせて頂き実りある研修にしたいと考えています。リピーターの皆さん。色んな展開が日々の中であるので頭の切り替えをしながらこれからも頑張っていきますので今後ともよろしくお願いいたします。

 

信じて頂かなくても大丈夫ですが・・・。

令和4年8月24日

今朝のお参りの中で妙応寺の本堂で般若心経を唱えているときです。いつも方丈樣が点けて頂いているお線香の煙が私の顔を目掛けて、しかも迷うことなくしっかりと向かってきたのです。私はお経を唱えながらも煙を直視しているとその煙はより濃さを増して煙の形が間違いなく『龍』だったのです。

かつて私は高野山の大僧正である静慈圓前官から「若山さんにはお不動さんがついてるよ。」と言われたことがあり、その時も『身震い』をしましたが、本日は私にしか見えない現象なので自分がその現象をしっかり受け止めればよいと考えています。ただし私は『摩訶不思議』な事は色んな展開の中で起きると信じているタイプなのでありますので、その点についてはご理解願えると嬉しいです。

それにしても線香の煙から龍が現れたのには意味があると思いますので、より、ギアを上げて行きたいと考えています。そして本日の大谷徹奘師の日めくりカレンダーには『すべて 自分が 蒔いた たね』と書いてあるのを見て、「確かにその通りだ。一杯いっぱい種を蒔いてきたけど、良かった種ばかりでなくて、悪い種もあったな。

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悪い種については自分で刈り取るしか無いので今も苦しんでいるけれど、毎朝4時25分に起きて我が家のお墓まで行く事が出来る気力と体力がある以上必ずや悪い種は刈り取って、良い種をもっともっと育てて行きたい。」と考えています。

本日は午前中に一般社団法人岐阜県老人福祉施設協議会事務局との打ち合わせで、私が会長になって初めて役員と岐阜県健康福祉部次長、課長を初め担当責任者を交えての懇談会があるので(9月1日)事前打ち合わせをして、午後は当法人の理事会が15時からあり17時15分からは本部施設の幹部会が開催されます。色んな事はありますが、間違いなく前進していると思いますのでリピーターの皆さん、これからもよろしくお願いいたします。

 

本日はいつもと違う予定です。

いつもだと、5時25分のアラームで起きて仏間の花と蝋燭と線香を用意してからお参りを約30分した後、お墓まで歩いてからシャワーを浴びて朝食を食べて、朝食後に少し休憩を取りながらコラムの半分位を打ってから施設に出掛けるのですが、本日は朝食が6時過ぎと言う事なので仏間でのお参りのみ無しにして、外に出たのが5時と言う事で、まだ少し明るくなった程度でしたが「歩くには支障がない。」と言う事で妙応寺に向けて歩きました。

いつもの様に幸福地蔵菩薩樣の所で花立に水をさし、前掛けは少し曲がっていたのですが「これくらいは許される範囲だ。」と考えていたのですが水をさした後で「幸福地蔵菩薩樣としっかり会話をしたいし、後から直しておけば良かった。と思うのは嫌だから。」と言う事で石段を上がって会話をしつつ前掛けを直しました。

その後山門は早い時間にも関わらず開いていたので本堂まで行くと本堂の方から木魚と鐘が聴こえてきたので「方丈樣の邪魔はしてはいけない。」と考えて本堂の戸の外で『般若心経』のみを唱えて今須稲荷、【本尊樣、不動明王樣、毘沙門天王樣】の所で水をさし、関ヶ原与一の墓、六地蔵樣にも水をさした後でお参りをして、我が家のお墓で初めて我が家の水道水ではなくて飲み水にしている水を注ぎました。と言うのは昨夜の水分補給の為の準備に昨日飲みきれなかったペットボトルのお茶で間に合い、水の入ったペットボトルは手を付けなかったのでいつもの3本の水道水以外に持っていったからです。お墓の主もさぞかし喜んでいる事だろうと思っています。

お墓でのお参りを終えて再び本堂に行くといつものように戸が開いて線香も点いていたので改めて本堂のお参りをすることにしました。本日は『地蔵盆』と言う事でお賽銭の他に200円を用意しておいたので先ずはごま木に今一番思っている事『全力解決成就』の祈願を書きました。

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その後家に帰り着くと丁度6時で、家の前の朝顔の5時と6時の比較の為にガラケーの携帯で写真を撮ろうと持ち出すとメールが入っていたのに気が付き慌ててメールを開くと看取りの方が5時49分に心停止したとの連絡だったので直ぐに管理宿直の北島部長に連絡すると既に多賀先生と家族の方には連絡したとの事だったので、私は本日の対応が出来ないので副施設長に対応して貰う旨を話しました。本来であれば、いの一番に施設に行くところなのですが、本日は私の奥さまの膝治療の為に名古屋まで行く予定があり、いつもとは違う対応になってます。

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7時15分には奥さまを乗せて名古屋に向けて出発。途中での渋滞は有りましたが9時30分には病院に着き今は奥さまは検査に行ったので私は待ち時間を利用してコラムを書いている次第です。本日の病院は手術をしないで自分の血液と脂肪を利用しての治療と言う事でいわゆる『無保険治療』なのでかなり高額にはなるのですが痛くて歩くのに苦労している姿を見て「申し訳ない。」との気持ちがあり、治療に付き合ってます。私は38歳から30年以上に渡って『自分の使命を果たす』と言うわがままを貫いてきたので、奥さまだけでなく、子ども達にも無理を通してきたので、(私の生き方の中で母子家庭に近い生活だったと思います。)「せめて、楽に歩ける足にしてやりたい。」との殆ど『罪滅ぼし』に近い思いです。

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ただし、だからといって今の事業を適当な形にしたいとは考えていないのでリピーターの皆さん、これからも過激な生き方をしていきますので今後とも宜しくお願い致します。

毎日歩けて凄いと思っていましたが・・・。

令和4年8月22日

「毎朝歩いて凄い。」と自画自賛していたのですが今朝歩いていてふと思ったのは、①この時間に妨げになるような事がない。②夜も早く寝れる状況にある事。③何よりも健康だと言う事だと思いました。

私のコラムでも何度も話をしていますが、私は小さい頃虚弱体質で(今もその影響はあります。例えば予防接種をすると必ず熱を出すとか・・・。)学校をよく休んでいました。母秋江さんは、息子である私が「元気に育ってくれればよい。」との思いしかなかったので勉強は二の次三の次の考え方だったのです。お陰さまで私の勉強への姿勢は適当と言うか、いい加減だったので社会人になってから苦労しました。しかしながら『人間は人生の中のいずれかの時期で必ず頑張って勉強(努力と言った方がより分かり易いかな)しなければいけない時がある。」と私は思っています。

私の場合は26歳の時から13年間児童養護施設の相談員をしていた時だと思います。あの時期は勉強したことを吸収出来た時の喜びがあったように思います。ただし、あの頃の自分は指導員仲間の中では上から目線的な所が多少あって見方によっては『嫌みな奴』だったかもしれません。ここでも『ただし』一生懸命だった事は間違いありません。勿論今もなお一生懸命さは変わらないと思っています。と言うより一生懸命の幅が今の方があると考えています。

本日の大谷撤奘師の言葉に『心の中で    自分ダケ という 毒キノコを育ててる』を見て、「ドキッ」としましたので、本日は私の考え方生き方の中で『毒キノコ』の部分はどこなのかを考えいます。

ガラッと話題を変えます。8月には夏まつりを各フロアで実施して手作りの神輿を職員が作り地域の中を練り歩いたのですが9月は敬老週間があり職員も各フロアでの計画を練っている中で、20日は恒例の『千巻経』で、22日はバイキング、23日は高木さんとのジョイントカラオケの日程が決まったとの打ち合わせを行事担当責任者としていて、携帯のスケジュール管理の所に打ち込んでいたら、23日と24日の日に『ボストン会』と既に入力されているのです。

それを見た瞬間に「そう言えば愛知の太田さんから7月位に依頼があったな。忙しさに忘れていて何もしてない。」と言う事で『ボストン会歓迎計画プロジェクトチーム』(そんな大袈裟なものではないのですが)を急遽編成して(職員に協力して貰う事もありますので)私が一番最初に手配したのは移動の手段と宿泊及び夕食についてでした。

車の手配については職員が都合をつけてくれましたし、宿泊及び夕食については大垣フォーラムの協力が得られる様に話がまとまったので一先ず安心です。後は3施設の見学をどの様にするかを本日中に決めて世話役の太田先生に連絡したいと思います。リピーターの皆さん。久しぶりに海外研修団『ボストン会』のメンバーに会えるワクワク感と出来るだけ快適に過ごして貰える為のプレッシャーがありますが頑張りたいと思っています。

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