2020年03月の記事一覧

眼に関するお話

令和2年3月1日

私の父進との小さい時の会話で多分印象に残っているから記憶にあるのだと思うのですが、父進が「初めて眼鏡をかけた時に屋根を見たら屋根瓦が波をうったように見えたのには感動した。」との事だったので父の視力はとても悪くて、眼鏡をかけてしっかり見えたのが「余程嬉しかったんだな」と変に感動したのを覚えています。

私も中学生の時には既に視力が悪く眼鏡を買いに大垣駅前にあった宝月堂(今はそこにはありません。)連れて行って貰って眼鏡を作って貰いました。その時から眼鏡とお付き合いしているので既に半世紀以上になります。(最近は眼鏡を何処に置いたか忘れる事があってヤバイです。)5年程前に加齢に伴う眼の劣化により、白内障の手術を両目ともして貰い術後のフォローをして貰っていたのですが2年程前の夜に車を運転して家に向かっている時に対向車のライトが眼の中に飛び込んでくるようで運転が怖くなったのですが、何とか家にたどり着き、翌日は朝一番で白内障の手術をして頂いた病院に行き検査をして貰うと看護師さん達が私の周りでバタバタしだして眼科の先生が緊張した顔で説明して下さり病名は『網膜剥離』(もうまくはくり)で右の眼の手術をしなければいけないが当院では手術が出来ないので名古屋市立病院に連絡するので直ぐに家族を呼んで名古屋市立病院に行って下さい。網膜剥離が見つかった以上直ぐに手術をしなければいけないとの事で長男を呼び長男の車で病院に向かう車の中では、入院中の自分のスケジュールに代理を立てる依頼や会議の欠席の旨の連絡をしていると名古屋市立病院に着き、(名古屋高速が出来て早くなりました。)改めての検査を受けてその日の内に網膜剥離の手術を受けました。

白内障の手術とは比較にならないくらいの慎重さで17時過ぎには手術は無事に終了して、部屋に帰ると夕食が来ていたので別に内蔵が悪い訳ではないので普通に食べた後、何度かうつ伏せ状態の私に看護師さんから点眼をして貰いました。手術は眼の中に小さな穴が開いているので、穴が開いている所にガスを注入して貰い、そのガスが吸収されるまでは下を向いたままでいるようにと言われていて、最初の内はうつ伏せの姿勢にも何ら違和感があった訳でなく、朝から緊張の連続で疲れていたのか直ぐにうつ向いたままで寝たのですが、午前零時頃になるとうつ伏せが堪えられなくて何度か看護師さんに部屋に来て貰い痛くて眠れないと訴えました。その都度「座って下を向いていたりして下さい。決して仰向けで寝ないように」と命令のような励ましを受けました。

入院中に執刀をして頂いた先生の所へ歩いて行く時についつい頭を挙げてしまうとその都度、付き添って頂いている看護師から「下を向いて歩いて下さい。」と注意を受けて・・・。その時に身を持って理解した事は『そのままの姿勢でいてください。』との一見優しそうな声掛けも残酷な虐待になるのだと思った次第です。(この場合は決して虐待ではありませんが)つまり、『安楽な姿勢』の大切さを身を持って感じた次第です。(『転んでもただで起きない』私の真骨頂と自画自賛です。)

今まで書たのは実は序論です。(あいからわず長い序論ですいません)本日一番話したかった事を書きます・・・。実は網膜剥離の手術後の確認が定期的にあり、その都度たくさんの目薬を貰ってきて、(今は花粉症があり1種類追加があるので3種類)1日4回目薬を点すのですが、毎日点眼しているのに私は実にへたなのです。つまり、点眼しても上手く入らなくて・・・。

先日「どうして上手く目に入らないのか」と一人呟いていたら、それを聞いていたのでしょうね。私の奥たま『かをり様』が「しっかり頭を上にしないから入らないの」と言うので私は「確かに病院で看護師さんが点眼して貰う時は寝た状態だから上手に入ったのか」と変に納得して・・・。と同時にどうしてもっと早くに教えてくれんかったのや。リピーターの皆さん。私の生き方はこんなものです。

福祉事業はそれなりに皆さんのお陰で立派に出来ていますが自分の事となると今でも食事でカッターシャツを汚したり、片付けが下手だったり(下手と言うよりやらない)と自立出来てないのです。どうしてなのかと言う事はいずれまたと言う事で。

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