2020年03月の記事一覧

最後のセーフティネットへの挑戦

最近の話題は新型コロナウイルスばかりで、私の頭の中も「新型コロナウイルスを施設に持ち込まない為に何をすべきか」を祈るばかりで、頭の機能が停滞しているのがストレス(最近はこのストレスを撥ね飛ばせんのです)となり、お腹の張りが治まりません。まるで、石をお腹に詰められたオオカミのようです。このお腹の張りは単なる『あぶら』とは違うことは私自身が一番知ってます。

こんな状態ですから逆に元気にノリノリだった時の話をします。(ひょっとしたら、既に何度もこのコラムで登場しているかも知れませんが)私が38歳で児童養護施設を退職して反社会、非社会の児童の個別指導をやると決意して、その事だけでは生活出来ないので大学、短大、専門学校の非常勤講師を最大で週に13コマをこなしながら、それでも生活出来ず家庭教師もしていたのは既に話しましたが、44歳で施設を建てるまでの6年間はいわゆる無納税者だった時に、私は無謀にも施設が建つ前の2年間、PTA会長を勤めたのです。

1年目は地元小学校の会長と共に関ヶ原町連合長を引き受け、2年目は何と無謀にも(1年で懲りないのが私の・・・。)岐阜県連副会長を引き受け、西濃地区連合会長まで引き受けたのです。確かに、その頃の私はバタバタの毎日(今もそうですが)でしたが、時間調整をして対応してました。但し、無納税者の私でしたが全国大会が大分県であり行かして貰いました。その頃の私はお金がなくても人一倍夢を語っていました。私の父進は教員を40年実直に勤めた聖人君主と言っても過言でない人物だったので、財産をたくさん残してくれたわけではありませんが、時代背景としては補助金に恵まれた時だったので夢を実現出来たのだと思います。

但し、たくさんの補助金を頂くわけですから、提出する書類は半はなく多かったですが、睡眠時間を節約して頑張りました。確かに紆余曲折がなかったとは申しませんし、その当時年に一回開催されていた海外研修団ボストン会のメンバーからは「若山は死んじゃうんではないか」と真剣に話していたとの話を後から聞いた事もありました。

平成9年7月にその当時の岐阜県知事から法人認可を頂き翌年5月には事業開始に漕ぎ着け、1年目は職員と私との考え方に大きな開きがあり、崩壊寸前までの危機もありましたが、2年目から職員との解離がないような運営にして、職員の提案に耳を傾け少しずつ組織が強固になってきたと思います。但し、事業開始3年目に介護保険が導入され、特別養護老人ホームへの参入に拍車がかかり、現在、一部の法人の中には社会福祉法人の大切な使命を蔑ろにしている所があるためか『社会福祉法人の非課税に否定的』な方が出ているのも事実です。

当法人は地域のニーズに応えながらの展開をしてきたと自負しています。その流れのなかで令和2年度の事業で盲養護老人ホームと養護老人ホームの建設を計画することにしました。これは文字通り『セーフティネット』としての役割を担いたいと考えたからです。その理由は盲養護老人ホームが岐阜県に無いことによる不安を岐阜県視覚障害者協会の会長からお聞きして、その不安を払拭することが法人としての役割と考えたのと養護老人ホーム静風園が老朽化していて入居される方がいないとの話を聞いたのと『8050』による問題には養護老人ホームの必要性を感じたからです。

今は養護老人ホームは全国的に稼働率が悪くて経営を控える傾向にある事は理解していますが、西濃一円に養護施設がなくなる事は最後のセーフティネットがない状況を作ってしまうと考えたからです。経営については本部施設と和合の施設と垂井に予定している3施設のトータルで考えて行き、西濃一円と岐阜県一円のセーフティネットになることが大切だと考えたからです。リピーターの皆さん。

お陰さまで『コロナ』から『セーフティネット』に思いを馳せたお陰で元気になってきました。明日からの元気を取り戻した(多分)コラムをまたまた宜しくお願いします。

日本中新型コロナウイルス一色なのです

令和2年3月10日

本日は10時30分から岐阜県老施協正副委員長会議があり、最初に会長としての挨拶も新型コロナウイルスに対する話からさせて貰い、議題に入ってからも今月25日に予定していた午前中の役員会は場所を変えて実施することにして、総会については書面承諾を頂く事にして、総会後の全国老施協桝田委員長の講演は介護保険制度や書類の簡略化についてのものなので、コロナウイルスの終息に合わせて実施する事に決めました。その後来年度の事業計画、予算計画について検討して、その後はまたまた、コロナウイルスに対する対応と午後に予定している岐阜県高齢福祉課へ持っていく古田知事宛の要望書についての打ち合わせをしました。午後1時30分からの予定で県庁に陳情に行くので昼食の弁当を頂きながら陳情の流れを打ち合わせしました。

その後県庁への移動をしたのですが、駐車場が一杯で車を停めるのに一苦労しましたが、時間通りに私を含めて役員4人で高齢福祉課に行き、話し合いをして最後に要請文を課長さんに渡して無事に終了して本部施設に帰る前に和合の施設に寄り人事の内示の話をしてから佐藤施設長と打ち合わせをして本部施設に帰り書類の整理と決済をしていると薬師寺執事長の大谷徹奘師(私が初めてお会いした時は副執事長さんでしたが)とソフトバンク元社長室長の嶋聡氏からのメールがきていて、大谷徹奘師の内容は新型コロナウイルス感染拡大防止の為に公開講座等々が中止になった連絡と共に最後に『日々の勤行で、皆様方が感染しないこと、そして早く感染拡大が治まることをお薬師様にお願いさせて頂いておりますが、今は一人一人の心がけが大事な時です。どうぞご自重の上、ご活躍頂くようお願い申し上げます。お薬師様のご守護がありますようご祈念申し上げます。合唱』この終わり方でつくづく思いました。単に祈るだけでなく、正しい生活こそ平穏への道と。(少し格好良すぎかな)

もう一方の嶋さんの内容な新型コロナウイルスについて縷々書いてありましたが最後に嶋さんらしい提言があったので書き写します。『「大風呂敷」と言われた明治の政治家、後藤新平は関東大震災の後の帝都復興計画で有名ですが、元々は医者でした。西南戦争の時は、大阪でコレラ対策を行い、日清戦争後は当時中国で流行していたコレラの蔓延を防ぐために、陸軍検疫部の事務官長として帰還兵の検疫を指揮しました。下関、広島、大阪の沿岸の島に検疫所を設け687隻、23万3千人の検疫を2ヶ月で済ませ、「世界に誇りうる成果であった」とされています。時の陸軍次官は後に日露戦争の参謀長となる児玉源太郎。「で、経費はどれくらいかかりますかな」と聞く児玉に対し「まあ、ざっと百万円」同席した人達は大風呂敷なとてつもない金額にハラハラしたそうです。児玉はしばらく考えて言いました。「後藤さん、百五十万用意しましょう。完全な検査をやってください」日本政府も明治の先人を学び、大風呂敷な政策を断行していただきたいと思います』は故事に習った大胆な提言だと思いました。

もう一つ『湘南通信』のコーナーにも面白いと言うか納得の記事が載っていましたので書きます。『「四耐」という言葉があります。「冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、閑(はまの意味)に耐う」というものです。この中で一番難しいのが閑(ひま)に耐えることとされます。多くの皆様は、多分出席予定の会合が次々にキャンセルされ、時間が出来ていると思います。私もお願いされていた講演がすべて中止になり、湘南の海を見ながらゆったり過ごす時間が出来ました。この機会を活かそうと帝王学の古典「貞観政要」新釈漢文大系を買い求め、読み進んでおります。守屋洋先生の要約本は40代の時に読んだのですが、原点は圧倒的な面白さです。さらには5月から仕事で必要なので、挨拶が出来るように韓国語の勉強も始めました。大変な事態でありますが、伝染病の蔓延とそれを克服してきたのが人類の歴史。コロナもいつか克服されます。その時にそなえた「閑」を活かしたいと思います。』には、『出来る人は常にピンチをチャンスにされる』と思うと共に私も明日から余裕が出来た時間をより充実させていきたいと考えています。つまり、「忙しくなるまでの前にやるべき事を今から準備すべし」で頑張りますのでリピーターの皆さん私の動きにも留意していただければ嬉しいです。

反実仮想(薩摩の教え)

「もし〇〇ならば」「どう対応したら良いか」を考える思考の仕方で、薩摩(今の鹿児島県)ではこの考え方で幕末に薩長同盟によって、日本の新しい歴史が出来たと言っても過言ではないと朝のテレビを見た時に教えて貰いました。その時に閃きました。それは、当法人の顧問である烏野猛先生(びわこ学院大学教授)がよく言われている災害に備える為の準備で「例えば東南海沖地震等の大きな地震が起きた時の備えをすべき」との言葉が私の頭をよぎりました。烏野先生によると「インフラが回復するには最低3日間はかかるので少なくても3日間の備えは必要だ。(3日間の籠城と言う表現をされていました。)」と力説されます。

昔から『備えあって憂いなし。』地震など来ないに越したことはありませんが、絶対に来ないと言う事を断言出来る根拠はないし、最近良く耳にする『想定外』と言われる事態が多くあるのも事実です。今回の新型コロナウイルスにしても中国武漢で発症したと報道されて2ヶ月もたたないにも関わらず日本でいやいや世界で大変な事になってます。岐阜県老施協としては早々にマスク及び消毒液等の在庫状況や入居者さんへの面会やボランティア対応の考え方をアンケートを作成して調査した集計結果は、マスクや消毒液の在庫をそれほど抱えていない施設もあることや、治療薬がいまだ見つかっていない現状での不安を訴える記述が多くありました。

名古屋市内2つの区でデイサービスの営業自粛での対応への不安も増幅してます。明日は午前中に岐阜県老施協正副会長委員長会議があり年度末にすべき内容もたくさんあるのですが、今会員施設に対して応えていかなければいけないのは、新型コロナウイルスに対する色々な不安を払拭することが大切だとの思いから午後から岐阜県庁高齢福祉課に陳情に行くためのアポイントメントをとったので依頼すべき内容を取りまとめ県庁に行きたいと考えています。お陰さまで私のネットワークの中で、他県の情報を色々頂いているので、その情報も明日の陳情では活かしていきたいと思います。具体的には施設に対して、1万枚のマスクの提供を提案してきた県があったり、県と市の両方から提供に対する言質を貰ったとの事であったり、ある市では3万枚のマスクの提供を獲得した等々です。冒頭のテーマに戻りますが、目に見えないものを想定しての布石は打てませんがだからこそ色々な事を想定してのハード面ソフト面の備えは必要だと感じています。

本日夕方に地元の新聞社に各市町村のマスク及び消毒液の備蓄数量の調査は可能かどうかを聞いてみました。即答は得られませんでしたが、視点は悪くなかったと思うので何らかの答えを頂けるものだと思っています。このような思考が出来るのも色々な経験をさせと貰ったからと思うと改めて『何事も無駄なし』と思うのですがリピーターの皆さんはどのような考えられますか。

中学一年の時の大ピンチについてお話します

令和2年3月8日

突然全く前後の脈絡無しに中学一年の時の大ピンチだったお話をするのは毎日のように新型コロナウイルスの話をしていてもあまり前向きな話が出来ないし実際に私の頭の中はコロナウイルスの影響を受けない事しかないのでコラムの題材が全く浮かばない中で、ふっと「私自身のピンチは何だったかな」と思考回路を変えた時に、第一のピンチは生まれて半年目に心臓が5分程度止まってから虚弱児の毎日だった事だけれども、この事は多分両親にとっては大変だっただろうとは想像出来るのですが、私の中では、ただただ甘えてただけでビンチだった思いはないのです。勿論両親に対する感謝の念はありますが。さて、私自身に自我が芽生えてからの大ピンチはと言うと小学時代の私はそれほど勉強をしないで、飛び抜けて悪くも良くもなかったと思うのですが、中学に入学して5月のゴールデンウィークが終わり学校の学習にもギアが入る頃に腸捻転で手術の為に長期入院をして久しぶりに学校に行き英語の授業を受けた時に頭が真っ白になった事です。どうしてかと言うと英語の先生が言われる話に全くついていけなくて・・・。他の教科も遅れたものを取り返す為に父進の計らいで(多分母秋江さんの意向)英語は春子さんに数学は光子さんに教えて貰う事になったのですが春子さんの教え方は「何でこんなことがすぐに理解できんの」的な教え方で、私は否応なく涙が溢れてますます春子さんに怒られたのを今でも悪夢のように思い出されます。(こう言う事を書くと後日春子さんから怒られるだろうな。でも今は怒られても泣かんだろうな)そう言う意味では数学を教えてくれた光子さんは優しかったし頭にすすっと入ったな。(これは完全に春子さんが怒り心頭だぞ)この時期の出来事によって英語は全く嫌いになったし、全く努力もしない人生に(そんな大袈裟な言い方をしなくても・・・。)数学はその後挽回して好きな教科になりました。ここでお断りをしておきますが英語が嫌いになったのは決して春子さんの責任ではありませんから。その当時の英語の先生が勉強が出来る子中心の教え方だったし、私が努力をしなかったのがいけないのであり、決してけっしてケッシテ春子さんが悪くはありませんので。(この書き振りは無駄なあがきかな)今の私ならばピンチをチャンスにする術をそれなりに持っていると自負していますが残念ながらその当時には出来なかったから今の私があるのか。でも、英語が出来なくても35歳の時にアメリカ研修に参加させて貰った時もさほど不便を感じなかったし、今は英語が必要な時には英語が得意な職員に頼れば良いし。私は私がやらなければいけない事をしっかりすれば大丈夫だと考えて頑張っています。しかし、中学時代には英語の先生に指名されないようにおどおどしていたのを50年以上前の事なのにしっかり覚えています。今、社会福祉法人杉和会は150人のスタッフと色々な関わりの方々を含めると多種多様なメンバーがいて、私自身本当に恵まれた環境にいる事に感謝して、ますます地域の為に福祉の為に頑張っていきますのでリピーターの皆さんこれからも応援宜しくお願い致します。

大相撲協会の対応にびっくり

朝7時からのNHKのニュースを見ていてびっくりしました。それは『大相撲協会が37.5度以上が2日続いた力士は休場にする』と言うものです。今更ながら大相撲の世界は厳しいものがあるなと思ったのと相撲取りの方は自分の体は自己責任と言う厳しい世界だと思いました。37.5度の熱があってもその事を意に介せず真剣勝負をされていたのは改めて驚きですし、熱があっても取り組みをする『厳しい世界』と思った次第です。

但し、大相撲の本場所は年に6場所で1場所は15日。つまり真剣勝負をするのは年間90日に勝負をかけるのだから当然と言えば当然なのかも知れません。そんな厳しい大相撲の世界に対してストップをかけてしまうコロナウイルスの存在はあまりに恐ろしい。

いやいや、大相撲は一つの現象でしかありません。例えば渡航制限がかかった事によって国家間の関係にも大きく影響しているし、観光立国日本の観光として日本に来る方が激減で至る所の観光地や繁華街に人が来ないし、3月は送別会での会食が多い時期で飲食関係はかき入れ時の時期なのに閑古鳥状態。部品の調達が出来ない為に製造をストップしている会社も多くあり、出張が控えられて列車の乗客も激減しているのは調べてはいませんが簡単に想像がつきます。

現に私も3月に予定していた東京、広島、草津(滋賀県)の出張が取り止めになり、県内の会議も軒並み文書による書面承認になっています。今日も垂井町の新規事業でお世話になっている方が施設にみえてコロナウイルスの話になったら岐阜では二人の感染者に留まっているのですが、大型バスの観光客の対応が出来る所に全くと言って良い程にバスも来ない状況だとの事。と言う事は食事提供の食材は当然いらないし、仕事がなければパートの方の仕事もないので色々な所に影響を与えている事は少し考えればわかります。

いみじくも地元紙である岐阜新聞ではかつては賑わった岐阜の柳ヶ瀬から若者が中心にしたお客が駅前の繁華街の玉宮に移っている現象がある玉宮の客足が激減している閑散とした写真が掲載されていました。実際の感染者は大垣で報告されていたにもかかわらず岐阜市でもそのような現象であればましてや大垣はもっと悲惨な状況になっているのではないでしょうか。2月初旬におそばせながらの新年会を大垣で開催した時はそれなりの賑わいをしていたと思うのですが。

何度も書きますが治療の術が解明されていなくて、何処に保菌者がいるかわからない状況では日本全体に元気が無くなってしまい抵抗力がますますなくなりどんどん悪い方向に行っていると思います。保菌者の顔に『菌』とでも書いてあれば・・・。いやいやそれはそれで差別につながるから駄目ですし現実にはありえへん事。ただ今は早く終息して欲しいと願うと共に元気な日本をいや世界を取り戻してと願うばかりです。

名古屋市の2つの区がデイサービスの休業要請を受けました。但し、休業中の利用者さんの食事は、入浴等のフォローはどのようにするのか決まっていたら良いのですが見えない敵との戦いで高齢者の方が犠牲になるのは心痛みます。リピーターの皆さん今日も早くの終息を祈って下さい。

そう言えば先程、どこかの議員さんがマスクをオークションにかけて多額の現金を得たように報道してました。これはモラルの崩壊です。目の前の利益ばかり追求する世の中になったらコロナウイルスの比でないことに気付くべきです。この議員さんがオークションにかけるのでなくマスクがない方への提供をしたなら素晴らしい事なんだけど。もしも、儲けたお金をどこかに寄付したとしても決して美徳にはならないから・・・。

岐阜県老人福祉施設協議会会長として

令和2年3月6日

新聞やテレビでは『新型コロナウイルス』の話題で持ち切りですが、今までに経験した事がない出来事に対する対応なので、国も県も市町村も混乱の中での対処になっている事は否めない所です。そんな中、会員施設からは色々な質問や要望が岐阜県老人福祉施設協議会会長である私の所に来ます。

そこで、会員施設に対して2月25日に、アンケートによって例えば『マスクや消毒液の在庫状況』を確認する項目や『面会の自粛状況』に対する考え方を聞く項目と自由形式で要望等を聞く事にして、通常だと回答機関が最低2週間位はあるのですが、緊急性を考えて1週間の期間でのものでしたが、流石に会員施設施設においても重要性を理解されていたので、締め切りの3月4日には80%の回収が出来、集計結果を見てみてつくづく実感したのは、「目に見えない戦いが突然やってきた事に対する困惑」が理解出来ました。

この結果を3月10日の午前中に開催する正副委員長会議に提出して、午後には岐阜県高齢福祉課に主だった役員と共に行きしっかりとした回答を頂いてこなければいけないと考えています。そこで、先程、岐阜県高齢福祉課長さんにアポイントメントの為の連絡をすると、午後1時30分からお会いできるとの言質を頂けました。

特別養護老人ホームはデイサービス事業のように休止すれば何とかなると言う種別の施設(デイサービスにしたって簡単な事ではありませんが)ではないので『いざ施設でコロナウイルスが出た』と言う現実を考えるとぞっとしてしまうし、そのような不安を訴えられる会員さんが多くみえるのですが、私の答えれるのは「コロナウイルスを出さないように最善の配慮をして、それでも最悪の出来事になった時は、岐阜県老人福祉施設協議会として全国老人福祉施設協議会との連携を密にして、厚生労働省との折衝や園田参議院議員にも頑張って貰うから」と答えました。

実は、今朝も全国老人福祉施設協議会の平石会長に携帯でしっかり私なりの考えと事務局への指示をお願いしました。勿論事務局も精一杯やって頂いている事は分かっているのですが現場からの意見として話をした次第です。

平時ではなく非常時こそ組織力を発揮しなければいけないので岐阜県老人福祉施設協議会会長として、全国老人福祉施設協議会総務・組織委員会委員長としてここは踏ん張り時と思っています。そして最悪のシナリオとしてこんな時に大きな地震がきたら・・・。いやいやとにかく今の現実の中で粛々と出来る事を頑張りますのでリピータの皆さんも早くの終息を願って貰えると嬉しいです。

 

変な天気です

令和2年3月5日

朝起きて天気が良かったと思っていたら、急に空が暗くなり、突然に雹(ひょう)がばらばらっと音をたてて降って来てビックリでした。そして、11時頃本館の会議室で話し合いをしていてガラス越しに外を見ると雪が舞っていて吹雪のようでした。岐阜から来たお客様から「流石に山がの天気は凄いですね。」と言われたので、「岐阜市内とは違いますよ。私が学生時代に名古屋の大学から車で家に帰ってくる時に、木曽川、長良川辺りではちらちらとしか降ってなかった雪が、揖斐川を越したら急に雪が積もっていて、相川(垂井町)を超えたら雪が深くなり、藤古川(関ケ原町)を渡ったところからは車が動かない事もありました。」と話をしました。

今、パソコンでコラムを打ちながら雪にまつわる思い出が頭に浮かんだ事を書くことにします。高校時代には滅茶苦茶に降った時に国道は車が全く動いていない状況で同級生3人で車に気を付けながら歩いて関ケ原駅まで行くと改札前の所に「高校は休校です。」の掲示があり、「せっかく歩いて来たのに」等と文句を言いながら再び我が家のある今須に向けて歩いた覚えがあります。今の時代であれば、ラインのやり取りで休校になった事が瞬時に発信されるのでしょうが、古き良き時代の話です。

私が大学時代にも沢山の雪が降り、我が家の大屋根まで登り雪下ろしをして、雪融けしやすい所からどけてしまい、下に下りるのに苦労した事も良い思い出だし、2階の屋根から下にも沢山の雪があるので飛び降りたのも楽しい思い出です。また、檀家寺の屋根の雪下ろしの招集がかかり何とか屋根の上に登ったものの雪を降ろしているうちにお寺の屋根の傾斜が凄い事を理解したら足がすくんでしまいこれまた立ち往生になったのも今となっては楽しい思い出なのか苦い思い出なのか・・・。

車の運転でも怖い思いをした事があります。一つ目の怖い話は、運転免許を取った年の冬の事です。国道21号線から旧道(昔の中山道)に入り、ゆっくりゆっくり走っていたのですが対向車がきて、狭い道路に雪があり、すれ違う車がだんだんと近づいてきて「ブレーキはふみたくなーーーい」とぎりぎりで「ぶつかってしまう。」とブレーキを対向車共々踏んだんでしょう。お互いにくるっと90度近く滑ったのです。ぶつかる事はなかったのですが「簡単にスリップするんや」と理解して、それ以来『雪道はいつでも停まれる運転』を心がけています。

二つ目の怖い話は父進が勤務していた関ケ原歴史民俗資料館に送って行く時に車が雪の為に大渋滞していて近鉄バス路線の『山中』のバス停(いまは廃止されています。)の所で停まっていた時、確かに対向車線は車が全く来ない(どこかで立ち往生している為に)。そんな状況でバックミラーを見ると右側の道路を猛然と走ってくる車を確認して「無茶する車だけど対向車が来なければいいのだが。」と思っていたら案の定対向車が来たのですがお構いなしに走っていて、対向車を交わせないとわかってから事もあろうか私の目の前でブレーキを掛けたので当然の事ながら思いっきりスピンして、しかもそこにはバスを待つ方が立っていて、確かに事故にはなりませんでしたがバス停に立っている方は茫然とされている中、暴走車は再び反対車線を走って行きました。たまたま事故にならなかっただけで、人身事故になる確率はたかかったと思うのですが、40年近く前の話ですから、暴走車の運転手がどうなったかは分かりませんが、リピーターの皆さんお互いに無茶な運転をしないでおきましょうね。

 

 

 

『クラスター』と言う言葉があっという間に浸透してます

令和2年3月4日

「『クラスター』とは、小規模な集団感染や、それによってできた感染者の集団を意味する。新型コロナウイルスによる肺炎は、8割が他の人に感染させないが、一部の人が複数に感染させて拡大している恐れがある。クラスターが次のクラスターを生み出す感染の連鎖が各地で起きると、感染者が爆発的に増えるため、政府はクラスターの発生防止が極めて重要と位置づけている。」と今日の岐阜新聞の1面の『?』のコーナーに載っていました。私は心無い対応をする方がいる事によって感染を拡げる事を意味していると改めて思いました。

例えば、熱が38度あったのに解熱剤等を飲んで熱が下がったからバスツアーにマスクもせずに出掛けられたとの報道があった時には私自身アングリしてしまいました。また、「私は元気で家にばかりいたのでは勿体ない。」と思う中学生や高校生がカラオケやゲームセンターに繰り出していてテレビのインタビューで「家にいても何もすることないから、出掛けたんです。」とわるびれる事なく答えているのは「何故休校になったのか」もしっかり理解出来ないままに突然休校になったからなのか、多くの中学生、高校生のほんの一部の対応を大きく映し出しているのかは、殆ど施設にいる私の生活では知る術もありませんが・・・。(コロナウイルス対策で会議や研修が殆ど無しになっているため)「自分は大丈夫」との決定的根拠はないわけだし、治療方法が未だ分からない状況の中ではそれぞれが自らの健康を守るしかない。

そして我々が出来る事はしっかりとした『うがい』『手洗い』『手指消毒』『睡眠』『食事』等々です。本日、全国老人福祉施設協議会から、アンケートの調査依頼がきました。その内容の中に「マスク、消毒薬等々が十分な備蓄があったら他の施設に提供しますか」との質問がありました。私はその回答に申し訳ありませんが「今のところ充分な備蓄がありますが、いつ終息するか分からない状況と商品がいつ手に入るかも分からない状況では、他の施設への提供は難しい。

また、各都道府県や市区町村には緊急用の備蓄があると思うのでその対応を国の方から働き掛けして貰いたい。」と答えました。お互いに助け合う事は大切な事だと思うのですが、先ずは自分の施設の入居者、利用者の安心と安全を第一義にとの思いからです。『クラスター』と言う言葉はコロナウイルスの流行によって国民が認識するのにそれ程の時間を要しませんでしたが、本当は『クラスター』なる言葉など知識として知らない平穏な生活の中に楽しみのある生活をしたいものです。リピーターの皆さんもそのように思いませんか。

 

雛祭りの日にバイキングです。

令和2年3月3日

今は『コロナウイルス』の話題で持ち切りですが、施設ではコロナウイルスだけではなくて、施設でのリスク軽減の為に『持ち込まない、持ち出さない』事の徹底の為に手洗い、うがい、検温、手指消毒と仕事をする前と後に着替えを常時行っているのですが、より徹底して実施しているのと、入居者の家族の理解を得て面会の自粛を実施しているのですが、入居者、利用者の楽しみをより充実させる事によって『活力の充実を図る』為に『楽しみの充実』の一貫として、本日は『雛祭り』に合わせた形で『バイキング』を本日実施しました。バイキングメニューは主食は春のちらし寿司、ロールパン(ツナ、あんこ)。主菜は刺身(まぐろ、ぶり、サーモン)と鶏の唐揚げ。副菜は高野豆腐の煮物、菜の花の辛し和え、茶わん蒸し。汁物ははまぐりの味噌汁。デザートは果物の盛り合わせ(いちご、オレンジ、りんご)です。

月1回のバイキングなのですが、コロナウイルス対策として急ぎ仕事として施設に入った所に手洗い場の設置をして貰っている業者さんにも打ち合わせの時間の節約と気は心と言う事で食べて貰ったのですが「これだけたくさんの物を食べられるのですか」と聞かれたので「月一回だけでも好きなものを満足いくまで食べて頂いているのです。」と答えると「月一回とはいえ喜ばれますよね。」には第三者の意見として嬉しく思いました。実は昼食を頂く前に、我が家に送られてきた取っておきのお酒を持って各フロアを回りました。お酒が元々大好きな方は沢山おみえになるので、私がお酒を持って行くのを楽しみにしてみえる方が多くみえるので、それぞれのフロアでお酒を注いで回り盛り上がりました。(写真に写ってる方々がそれぞれに素敵なお顔をされていると思いませんか。「うん、誰だ一人だけ腹の出たおじさんだ怖そうな顔をしとる」と言っとるのは・・・。)

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本日は『雛祭り』と言う事で、管内放送では『楽しい雛祭り』の歌が一日中流れていて雰囲気最高、料理も最高、お酒も最高でコロナウイルス阻止で頑張っています。リピーターの皆さん生活の場としての使命を持っている特別養護老人ホームとして単なるパフォーマンスだけではなく、介護も含んで『今日一日楽しかったよ』の毎日になるように頑張っている施設にコロナウイルスが落ち着いたら一度足を運んで頂ければとは思っています。

なお、最後の記念写真のような写真は、本館2階がちぎり絵のフィーバーになっているのを写したものです。雛祭りの所には次にどんな作品が掲示されるのか私自身も楽しみにしてま~~~~~~す。勿論本館2階の方たちが決してプレッシャーにならなくて良いですよ。でも楽しみにしてま~~~~~~す。

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コロナウイルスについてです

本日、私にかかってくる連絡は異口同音のように、「コロナウイルスの影響で⚪⚪の会議が中止になりました。」あるいは「文書承認をお願いします。」で私のスケジュールから予定削除の連続です。確かに、未だ治療薬が見つからない状況では致し方がないこと。

但し、私も今週の6日7日に開催予定だった全国老施協中国ブロック役員懇談会が中止になり私と総務・組織委員会担当副会長の福井県皆川会長の分の往復チケット7万7千円余りのキャンセルをした(キャンセル料は0円でした。)のですが、私のように予定していた手配をキャンセルされる方は多くみえると思うのです。チケットをキャンセルすると自ずとホテルも食事もないわけですから多くのお金が動かないわけです。お金を使うのはトイレットペーパーやティッシュペーパーでこれはいずれは買うことになるものの前倒しですからお金の動きは結果的にはないわけです。

スポーツ界では、ゴルフのイベントが中止になったり、プロ野球のオープン戦や競馬の競技が観客無しで行われたり、大相撲も観客無しが決定して相撲茶屋の準備がしてあったのが解体されているのがテレビのニュースで取り上げられたりしています。フランスのルーブル美術館の入り口に列が出来ているのが映りだされたのですが、館内で仕事する方が出社拒否でやむ無く休館になったとの報道。また、換気の悪い所に行くのは控えるようにとの報道もあり、あるいは、福井県の皆川会長情報では福井県内の温泉地はお客が殆どいない状態だとの話もあります。

目に見えないウイルスとの戦いの為に自粛はやむ無しとは思うのですが、経済状態は最悪で、自転車操業のような小さな商売をされている所は倒産の憂き目にもなりかねないのではないかと思います。日本が世界の経済を牽引出来たのは(あまりにでっかい話題をしだしたので自分でもどのように話題を収めたら良いのか正直困っているのですが)子供がどんどん生まれて日本経済の消費を作り高度成長とも重なり豊かな日本を作ってきたわけだと考えています。

国は『観光立国日本』と銘打って、確かに外国人観光客が至る所に来ていて、日本の消費に寄与していたのですが、コロナウイルスの存在によって人の流れが止まってしまい、経済の停滞、物作りの停滞に陥っているわけです。確かに人の流れを止める事によって、ウイルスの蔓延はある程度止めれるとは思うのですが、人間が持っている免疫力の低下になってもいけないので、人の流れをある程度緩やかにして、尚且つ生きる力を産み出す手立てを講じなければいけないと思うのですがリピーターの皆さん妙案があれば教えて下さい。

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