令和5年7月13日
本部施設の西川課長は滋賀信行会(四国遍路の歩き団参を実施している団体)青年部の幹部として(私も40年前は幹部でした。)高野山に行って来たからと高野槙を沢山購入して来て「施設の仏壇にはお供えしたので、残った分を毎日行かれているお墓参りで使って下さい。」と言いう事で、昨日持って帰って家のバケツに水を入れておいたのを、今朝のお墓参りの折り持参して先ずは六地蔵様にお供えしようとして花立てが大きいので少し躊躇しながら少し枝の部分を間引いてお供えして、持参したペットボトルの水はたっぷり入れると1本半入り、6ヵ所のお地蔵さんの湯飲みの1本を入れて2本半を要しました。
その後若山家のお墓に行き「さてさて6ヵ所の花立にはどの様に入れようか。」と考えながら「若山家のお墓にはある程度のものをお供えしよう。」と考えて花立てに入れた後で残りの5ヵ所のお墓の花立に入れて水だけはたっぷり入れると湯飲みの水にも入れたので丁度8本のペットボトルの水が無くなりました。色んなもののお裾分けはあると思いますが高野槙の枝を間引いてお供えをするとは私自身可笑しく思いながらも「気は心ですから」と自分自身で納得してお供えした次第です。
私は子どもの頃長男の末っ子で尚且つ虚弱児だったのと母秋江さんに溺愛されていたので「分け合う」と言う概念は育たなかったのですが、17歳の時に四国遍路の歩き団参を体験してから「分け合う事の大切さ」を教えて頂いた様に思います。例え少ない量でも気持ちがあれば相手に通じると考えています。それはお墓の主でも同じだろうと考えています。どうして6ヵ所のお墓に毎日お水をお供えするようになったかの次期は定かでありませんがいつの間にか6ヵ所になっています。
6か所になった理由は「お隣さんのよしみで」と言う事で6ヵ所になったのですが「これもご縁」と言う事でしょうか。もっとも若山家のお墓は当然の様に我が家で、その隣の吉澤家のお墓は私の姉春子さんの嫁ぎ先のお墓で、その隣の及川さんのお墓はかつての入居者さんのお墓で、その隣は正にお隣さんのよしみのお墓です。そして少し離れたところの柴田家のお墓は私の小さい頃からの同級生で秋江さんが健在の時は家族ぐるみのお付き合いをしていて特におばさんには母秋江が他界してからも大切にして頂きました。
そして柴田家のお墓の隣も「お隣のよしみ」と言う事です。気持ちの話で嫌な事を思い出しました。私が児童養護施設の指導員をしている時にも高野山に行く事があり、施設の経営者の方に高野槙をお土産に買ってきた時に「高野山の販売所で販売されている高野槙は岐阜の各務ヶ原で作ったのを運んでいるんだよ」と言われた時には「私の気持ちがわからない経営者だ。」と思いました。もしそれが事実であったとしても「わざわざ高野山で買ってきてくれてありがとう。」で良かったのではないでしょうか。リピーターの皆さん最後は愚痴の様になってしまいごめんなさい。