平成31年3月4日
昨日のコラムで学習担当指導員になって、福祉の世界にどっぷりつかり今に至っていると書きましたが、あまりに、格好いい書き方だったのでそうでなかった事を告白します。それは、養護施設の指導員になって3日目に小学校・中学校・高校の教員免許資格を持っていると言うだけで採用された私でしたが、中学生の数学の問題も解けない事を暴露されそうな出来事が起きました。それは、その当時の中学1年生の一番ちゃかちゃかな女の子が、数学の計算問題の宿題が分からないので教えて下さいと手を挙げた時に勇んで彼女の所へ行ってパニックになった事から始まりました。だって、私はその問題を見た瞬間に『解けない。私は、中学生の時勉強が苦手だった』と言う事を嫌と言うほどに思い知らされたのです。。その時は急場しのぎとして、大学時代の演劇をかじっていたことが役にたちました。それはオーバーアクションで腕時計をみながら、「こんな時間か、この問題を教えるには今からだと中途半端になるので、明日しっかり教えるから。」と言うと彼女も「明日までの宿題なんで困ります。」と言うので「この時間になって言うあなたが悪い。」なんて理屈にならないことを言って、その場を脱出。但し明日まで何もしなければ暴露されてしまうところだったのですが、そこは粘り腰の私は、かつての同僚の数学の先生(彼の結婚式で司会を引き受けた貸しがあったので厚かましく)に電話して「これから行きます」で新婚生活真っ最中の家に乱入していきなり「恥ずかしながらこの問題を明日指導出来るように教えて下さい。」と言うと元同僚の数学の先生は、半ばあきれ顔で、半ば馬鹿にした顔でしたが、全てを理解して2時間徹底的に教えてくれました。私も必死でしたので、吸収するスピードは速くて、多分通常の10時間分の内容を理解して、次の日には彼女に「昨日はごめんね。今日はしっかり教えるからね」と言って教えました。そしてつくづく思いました。私のレベルは昨日の彼女のレベル。だとすると、私が先生に質問したところは同じように分からない筈だと。教えていると何となく分かった気になるもの。そこで私が昨日先生に質問した所を「ここの所は大丈夫」と聞くと「わかりません」の答えが返ってきました。その日の彼女への指導は無事に終わりました。そして、それからの約半年間は週に2回は先生の家を訪ねて指導を仰ぎました。お陰様でその時の半年があったお陰で、中学での問題は大概解けるようになりました。何故なら、数学と理科は元同僚の先生に、英語は元同僚の奥さんに教えて貰い、国語と社会は独学したからです。そして、何年か学習担当指導員をして、ふと思った事は、エリートできた学校の先生の中には生徒が『分からないと言う事が分からない』方がみえるように思いますが、私の場合は『分からない所が分かる』指導者になれたので、自慢した言い方をするとカリスマ的指導者だった訳です。しみじみ思います。中学校時代勉強が出来なくて良かったと・・・。これは決して負け惜しみでなく、人生に無駄なしと言うことで。