令和3年12月15日
一人がてんのタイトルに私自身「ええ加減にしとけよ」とも思うのですが、このコラムを継続するには、『ありの・・・ままに・・』でないと続きませんので、リピーターの皆さんお許しください。そして、ご理解下さい。(いつもの事ながら前段が長いと自分でも思います。)本題に入ります。
蝋燭の話しは昨日に続いてなのですが、実は昨日は『白い蝋燭でいつものようにウォーキングマシンで30分歩いても白い蝋燭がまだまだ火が点いていたので、お経を2巻唱えた』と書いたのですが、本日は30分を歩き終えたタイミングで蝋燭が消えたのです。だから、仏壇でのお経は無しになったと言う単にこれだけの事で約300文字を費やす私は一体何なのでしょうか。ただし、この現象には深~~い、ふか~い意味が隠されているのです。(そんなに大袈裟に言う事ではないのかも知れませんが)
歩き終えて仏壇の前の椅子に腰かけて手を合わせて蝋燭がどのようになったのかを確認すると、昨日とは違い全部が燃えたのではなくて、まだ残った状態で消えていたのです。これは正に昨日コラムで書いた『リスクマネージメント』につながる話だと思った次第です。つまり、いつもいつも、完全に燃えるとは限らないので「商品に偽り無し」と言う形にするには、『30分』と明記するのであれば、せめて『35分』はあるのがベストだと思うわけです。私は今、こんな事にこだわる私に驚いているのです。と言うのは「こんなに1つの事にこだわる人間だったかと言う事です。聖徳太子は10人の方の訴えを同時に聞いて一人づつの訴えに答えたとの話を聞いた覚えがありますが、私は職員に「1つの現象の中から多くの事を理解して出来る事を実費するように」と話をしている内に私自身もたくさんの気付きが出来るようになったとすると、私自身も色んなアクションを起こしている中から気付きの多い人間になれてきているとすると、健康で走り回れている事に感謝です。
母秋江さんの後ろに隠れるようにしていた小さい頃の私とはえらい違いやと思うと考え深いものがあります。人生に『もしもこうだったら』とか『人生をやり直せるなら』と言う事はかつての映画の『バックツーザフューチャー』のような事が出来ない限りは無理なわけで現実には有り得ないので、自分が出来る事を精一杯やらなければと、改めて思っています。でも、リピーターの皆さん、しつこいようですが、もしも母秋江さんが私が30歳の時まで元気でいたとすると、多分私は母秋江さんの言う事に従うだけの人間になってしまい、母秋江の思いが私の思い的な生き方をしていたように思います。
ここまでコラムを書いていてしっかりと認識したのは私はメッチャマザコンでシスコンになる可能性があったんだと言う事です。そう言う意味では母秋江、姉光子の早くの死は私の生き方を大きく変えたと言う事か。私の生き方は今の生き方しかないのだから、今の立場で精一杯頑張ります。
さて、本日は東京への出張で参議院会館で12時から全国介護福祉政治連盟の代表者会議で15時からは都市センター会館で全国老人福祉施設協議会の代議員総会があります。リピーターの皆さん本日も私の役割をしっかり頑張ってきます。気が付けば富士山が綺麗に新幹線の車窓から見えました。これも、一生懸命に頑張っているご褒美だと思わずガラケーの携帯で撮りました。リピーターの皆さん。上手く撮れているかはわかりませんが『幸せのお裾分け』と思って見て下さると嬉しいです。(本日は東京に着くまでにコラムを書きましたので早くに掲載します。)