令和5年6月2日
一昨日の東京出張から昨日はコラムに書いた様にバタバタで正直4時25分のアラームでの行動がきつかったのですが、寝ながら肩をグルグル回してゴキゴキ音を立てている内に段々目が覚めてきたので次にいつものベット上での寝ながら体操をしてから「エイヤー」でベットから跳ね起き(とはいえ重い体ですから「跳ね起きのつもり」にしか見えないかも知れませんが・・・。)1階に行きいつもの様にお賽銭の準備をするのですが、いつもだと幸福地蔵菩薩様に10円、妙応寺の本堂で1円、5円、10円(いいですか、ご縁を充分に頂けますように)、今須稲荷で1円、5円、10円、50円(いいですか、ご縁を充分に頂き、五重の幸せを頂けますように)、六地蔵様に10円を準備するのですが10円玉が1個も無かったので「どうしたら良いのか」とぼーっとしながら考えているとなかなか持って行くお賽銭が決まらず時間ばかりが経ってしまいましたが仏壇で正信偈と般若心経を唱えだしてからはシャキッとしてお墓参りに行く頃には元気そのものになりました。
但し、家を出ると結構な雨が降っていましたので背中にリュックサック、右手の金剛杖、左手に傘をさして出発しました。雨脚はますます強くなってきましたが頑張りました。但し、家に着いた時にはウォーキングシューズの中はしっかり水が入っていました。午前中に岐阜市内の弁護士事務所での打ち合わせがあり、岐阜に向かっている運転中、所によっては強く降ってくる事があったのですが、帰りの運転では前が見にくいような降り方の所もありましたが無事に本部施設なで帰ってくることが出来ました。
ホッとして昼食を頂きました。(本日は厨房の食事がなかったのでお餅とパンを食べました。)昼食を頂いてからふと思ったのは本日が6月2日だと言う事です。「何を急に言い出すのか」とリピーターの皆さんの中には思われた方もあろうかと思います。種明かしをします。実は昨年の6月3日から若山家のお墓参りが始まったのです。と言う事は本日で丁度1年間毎日それこそ「雨の日も、雪の日も、まだ夜が明けていない暗い時も歩いた記念すべき日」と言う事です。
正確に言うとコロナワクチン接種で熱を出し行けなかった日が3日と、東京出張で宿泊を伴った日の3日は歩けてないので完全にはまるまる365日ではありませんが「意志が弱く歩けなかった日は一日も無し。」私としても自画自賛です。そう言えば、風邪一つひかずに1年続けれたのは「ひ弱だったひろし君」では考えられなかった事。13歳で他界した母秋江さんが生きていたらお赤飯でお祝いものだなと思っています。健康でいられるのは神仏と先祖のお陰と真に思っている私なのであります、