理事長コラム

幸福地蔵菩薩様の帽子が・・・。

いつものお墓参りの時に一番最初にお参りをする幸福地蔵菩薩様が帽子をかぶられていないのです。昨日はモダンなヒラヒラのフリルの付いた前掛けに変わっていたので「粋なお地蔵さまになったな。」と思っていたのですが、本日は「帽子がない。」と言う事で暗がりの中を少しは明るいライトを利用して(吉澤施設長、もう少し明るいのをプレゼントして欲しかったな。)周りを探したのですがありません。「う~ん。この現象はどの様に理解したら良いのかな。」と朝から悩んでいました。

午前中は放射線治療があり、(毎日の事ですが)午後は大垣の和合の施設で幹部会に引き続きお参りがあります。ちなみに明日は和(なごみ)において全体会に引き続きのお参りがあります。どちらも今年初めての事ですのでしっかりと行いたいと思います。本日の和合における幹部会では今回コロナのクラスターもあり、色んな提案が提出されましたが究極のところは①困った事が起きた時に決めた事を如何に継続していくか。②情報の伝達をしっかり行い「何故その様にするのかをしっかり理解させる。③気が付いた事に対して間髪を入れずに指摘して出来ていない事に対しての修正をしていく。結局は難しい事を実践するより、基本に忠実でなければいけないとの方向が示されました。

話題はガラッと変わりますが28年前の本日1月17日は『阪神淡路大震災』により大きな被害があり、ご遺体が見つかってない方も多くみえるとの報道に心を痛めています。5時46分に災害が起きた時は建て替え前の家の2階で次男と一緒に寝ていたのですが当時次男は3歳であり、私が次男に出来たのは家具が倒れて来てはいけないと次男に頭から布団を掛けたのを今でも覚えています。揺れが落ち着いてから1階に降りていきテレビを点けるとあちこちで火災が起きている画面が映っていたのをしっかりと覚えています。大震災と言えば3月11日の『東日本大震災』、9月1日の『関東大震災』と地震大国の日本では大きな震災が数えきれないほど起きていて記念日になる度に「しっかりとした供えをしなければいけない。」とは思っても「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の様な状況にある事も否定できない事実です。私の持論(とは言えびわこ学院大学教授の烏野先生の受け売りですが)は「東南海地震が起きた時には海なし県の岐阜県は援助の手をしっかりと差し伸べなければいけない。その為には『D-WAT(ディワット)』の組織が間違いなく活動できる仕組みを災害が起きる前に構築しなければいけない。」と言ってはいるもののなかなか進まない苛立ちを覚えています。1月17日と言う事で私なりの考え方を述べさせて頂きましたがリピーターの皆さんはどの様に思われますか。