土地も無くお金も無い私が、法人を設立して関ヶ原に特別養護老人ホームの事業展開をさせて頂く様になったことは、何度もこのコラムで紹介していますが、当然全くの自己資金が無くて出来るものではありません。その資金の半分以上を提供して下さったのが、私の奥様のかをりさんの父親、つまり私にとっては義理の父に当たる伊藤憲治さんです。
義父は法務局に40年勤務して、定年時は富山法務局の総務課長だったと記憶しています。その義父の退職金や預貯金を、躊躇することなく提供して貰って今があると言っても過言ではありません。義父と生前しみじみとお酒を酌み交わした時に私が「多くの資金を提供して頂いて、申し訳ありませんでした。」と言うと、義父は「あんな立派な施設が出来たのだから良かったし、私が竣工式典の時に、理事長として挨拶させて貰っただけで充分だ」と言われた時には「若山家、伊藤家の為にも頑張ろう。」と誓い義父、義母のお葬式では、恩返しのつもりでそれなりの葬儀もさせては貰いましたが「それだけではまだまだ恩返しをしたとは言えない」と思っていたのですが、昨日、一人暮らしをしている私より1歳年上の義兄が、「家の玄関先で転倒していて動けない」と言う連絡を私の奥さんから貰ったので、和合の施設でカラオケを楽しんでいたのですが、急遽養老に駆けつけました。
駆けつけると玄関先で毛布を被って横になっていて、とても動かせるような状況では無いと判断して「ここは冷静な対応が必要だ」と言う事で救急車を呼びました。救急隊の方とのやり取りは、今までの経験から文字通りスムーズに出来ました。救急隊の基地が直ぐ近くにあるので5分としない内に来てくれましたが、担架に乗せる時に大きな声で痛がるので担架を半分に分けて何とか担架に乗せて対応してくれました。救急車に奥さんが添乗して、私は救急車の後をついて大垣の徳洲会病院に行きましたが、救急の方が多くみえたのと、心臓にも問題があると言う事で検査が長引き、病棟に入ったのは20時過ぎでした。心配していた心臓の結果は、大腿部頸部骨折の手術は本日14時から実施して頂ける事になったので、手術の1時間前にはくるように言われているので、午前中和合3階でのお参りを終えて昼食を頂いたら病院に行きます。
義父、義母には充分な恩返しが出来なかった分、一人暮らしの義兄に対してしっかりとした対応をしていくのが恩返しになると思い、頑張ってフォローをしていきたいと思っています。