関ヶ原町の広報が来たので『人口と世帯数』の欄を見ていて不思議な現象に気が付きました。
それは人口総数5963人で前月比24人の減。男性は2905人で前月比8人減。
女性は3058人で16人減と文字通り右肩下がりであり、まだまだ人口減の傾向に歯止めはかからないと思われます。
そんな中での『大いなる疑問』は人口減にも関わらず世帯数は2624世帯で13世帯増えているのです。
「この現象はどういうことだ。」と思った時に一つ思い浮かんだ事があります。
それは、当施設のある本部施設内の敷地内に1Kのアパートが20室あり、外国から特定技能の介護の資格を取得して来てくれた職員がいて「一人で来たが1世帯だ」と言う事で世帯数が増えたことがあったので「このために世帯数が増えたのだろう」とは思いましたが、13世帯も増えたにも関わらず人口が24人も減っていると言う事は『高齢者のみ世帯の夫婦の内の片方が亡くなって単独世帯になったので人口は減ったが世帯数は減らずに外国人が多く関ヶ原に住むようになって世帯数のみ増えた』と言う現象がおきていると思われます。
スマホで関ヶ原町の人口を検索したところ1975年(昭和50年)が10.718人で1985年(昭和60年)が10.147人と10.000人を維持していたのが30年後の2015年(平成27年)には7.419人と言う事で文字通り右肩下がりで、その傾向の歯止めが利かず5年後には2020年(令和2年)には6.610人になり現在はついに6.000人を切ってしまったと言う事です。
私は思っています。
「1970年代に関ヶ原町の将来を担う施策を立てていた方々は何をしていたのかと。将来設計も立てずに補助金が貰える施策のみに走ってしまったのではないか」と穿った思いを持っています。
と言うのは一つの現象でしか無いのですが、今須の宿場町には本陣が現存していたのを惜しげもなく壊してしまい生活改善センターなるものを建設しています。
今となっては再興のしようがないのですが、現存していたら岐阜県内で最も古く建立された曹洞宗別格本山の妙応寺と刀傷のある柱も残っている庄屋の家がジョイントしたら『歴史の街』として観光客も多く押し寄せてきて、ひょっとすると私は我が家は門前にあるので『団子や焼きそば』を売っている人生もあったのでは・・・。