令和3年7月10日
昨日のコラムで四国団参での出来事を書きましたが、考えてみたら、小学生から70代の方までが一団となって歩きながら色んな話を色んな方としながら金剛杖をつきながら歩くのです。確かに金剛杖は『お大師様と共に』と言うように教えられました。つまり、『目に見えない力を頂く』と言う事だと理解してます。ただし、それだけではなく私は、団体の皆さんの力も頂いていたと思いますし、遮二無二歩くだけではしんどいので、歩きながら色んな話題を周りの変化から貰っていたと思います。あの時に『気付く』事に対する鍛練が出来たようにも思います。
さて、昨日のコラムで『軽やかに』と言う表現をしましたが、よーく考えるにあの頃と身長は変わらず体重は54キログラムだったのが84キログラムになり(今は若干減る傾向にありますが)30キログラム増えているのです。つまり、私は歩く度に30キログラムの俵を持って(いやいやお腹に抱えて)歩いているのと同じだと思うのです。と言う事は今は同じように歩いたとしても、決して『軽やかに』とはならないと思います。(トホホと言う思いです。)みんなで歩くと頑張れるのと、かなり意味合いは違いますがお酒を飲むのも気の知れた者同士で飲むと楽しくたくさん飲めると言う事に最近気が付きました。
と言うのも、昨年の3月からはコロナ感染症対策の為に県外への出張は一切無くなり、必然的に酒席の場もなくなり、「お付きあいで飲む以外は飲まないので家での晩酌は余程の事がない限りしない。」と言っていたので、必然的に『禁酒』状態が続いていたのですが根っからの『飲み助』ですので、夕食のメニューによっては、熱燗、冷酒、ビールを飲むようになったのですが、熱燗だと1合、冷酒だと7尺、ビールだと350ミリリットル缶1本で十分になってしまい「お酒の量がめっちゃ落ちたな」と思っていたのですが、今週の火曜日にお寿司屋さんで熱燗をしたたか飲んだときは2合徳利があっと言う間に空になり何回おかわりをしたかな。ひょっとして5本飲んだとしたら一升ではありませんか。勿論私一人で飲んだのではないにしろ、殆ど私が飲んだと思うので。
そこで、改めて思うのは人と言うのは、一人では楽しくないと言う事でしょうか。そして、もう1つ。良かったまだまだお酒をたくさん飲めるのだ、と言う事です。お酒は私の起爆剤の1つだし。早くコロナが終息して、起爆剤のお酒を楽しく飲んでますます頑張りますか。
と言う事で午前中に関ヶ原診療所で血液検査をして頂き、かかりつけ医の先生に結果を教えて頂いたら肝臓の数値はかなり良くなっている(とは言え正常値からは程遠いのですが)との事でしたので、かなり嬉しい気分なので今夜は我が家で一人祝杯をあげようかと夕食前のお風呂に入りながら考えています。そんな事を考えていて、歌が浮かんできました。『飲める飲める飲めるぞ』やっばり私は飲んべえなのでしょうか。リピーターの皆さん。どう思われますか。