理事長コラム

出会いに感謝PART2

令和5年2月23日

昨日のコラムで生まれてから児童養護施設の指導員時代まで書きましたのでその続きを書きます。児童養護施設の指導員を退職してフリーになった6年間は色んな方との関りを積極的に持つ素敵な時間になりました。但し、フリーの仕事は自分で選べて自由な代わりに収入は激減しました。但し、この6年間の生活によって節約すべきことの大切さを学ぶことが出来ました。(スイカの皮を漬物にするとキュウリよりあっさりした味で美味しく食べる事が出来る事も理解しました。)一生懸命の中で「教育・福祉カウンセラー」の名刺を持って色んな展開している中で場所の提供をして下さる方にも恵まれました。

フリーになり1年が経過した時にしっかりとした拠点を持たないと我が家の家計が何年もしない内に破綻する事を自覚して(非常勤講師の1コマは8000円程度でとても我が家の財政が正常な状態にはならない事を理解しました。人の口には戸が立たないので「若山は霞を食べて生きて行くつもりか」等と揶揄されたものです。)自分がしたい事をしながら頑張る為には拠点を造らなければいけないとの事で『情緒障害児短期治療施設』の計画を考えて愛知県半田市にある『ならわ学園』に行っては色んな事を一生懸命に教えて頂きました。私が一生懸命に情緒障害児短期施設の建設に向け無鉄砲な展開をしているのを聞きつけた遠戚の方が土地の提供の提案があり、パーツまで作成して岐阜県庁の児童家庭課(当時)に持ち込むまでにも多くの方に支援して頂きましたが、当時の岐阜県の意向は「10年間は予算の関係で計画出来ない。」と言うものでした。

あの頃の私は猪突猛進だった様でかなり無鉄砲な動きです。(今も大して変わらないのかな)その後も情緒障害児短期施設の計画からの変更を余儀なくされ色んな方にアドバイスを頂き、特別養護老人ホームの建設に取り組むことにしました。とは言えどこから手をつけて良いのやらも分からない中、講演依頼を受けた時等に飛び込みの形で施設見学をさせて頂いたのですがどの施設でも温かく招き入れて頂き色んなアドバイスを頂いたのは本当にありがたかったです。そんな中で計画が俎上に上がってからは、「お金な無いけど時間はある」と言う事で特殊浴槽・瓦・家具等々を見に行きより良い建物になる様に提案をしましたしアドバイスも一杯頂きました。

本部施設本館では土地探しからだったので地主さん7軒の家には毎日の様に訪問もしました。この時には根気よく粘り強く話をしました。この時の経験は今も生かされていると思います。本部施設本館の建設から25年が経過しましたがその間にも色んな方々との出会いがあり、今考えても色んな体験は一つも無駄な事は無かったと思います。リピーターの皆さん、これからも人との出会いを大切にしながら地域の為に頑張りますので宜しくお願い致します。