理事長コラム

児童養護施設に対する一考察

私が児童養護施設の指導員時代と言うのはほぼ30年前なので「時代が違う」と言われかねませんが、敢えて本日は要らぬお節介のコラムにします。

それは、本日高校を辞めての就職面接を行う事になっているので、私の考え方が今の考え方にそぐわないものだと、その子の人生にとって迷惑を掛ける事になってはいけないとの思いが強くなり朝一で児童養護施設の世界でのプリンス(65歳になっているからキングかな)であり、最も信頼している友でもある愛知県の一平先生に連絡して私の思いをぶつけると共にアドバイスを頂きました。

先ずは高校中退者が多い現状の中、私が岐阜県において最初に私立高校への入学を実現させ、その後制度として入学が出来るようになった事のジレンマについて話をします。それは当時の私立の高校への入学が叶わなかったのは、いわゆる私立の入学金を措置費の中で認められていなくて、その当時の先々代の理事長に私費を投じて頂いて入学させた経過がありました。

その時の理事長のお言葉は「点数が足らなくて公立高校に行けないのは努力が足らなかったからだ。しかしながら、若山さんが毎晩遅くまで勉強を教えている姿を知っているのに免じて私が入学金をだす。但し、3年間頑張るんだぞ」と言う事で、無事に私立に入学した経過がありました。その事を知った当時の岐阜県児童家庭課の理解を得て門戸が開いたわけです。

しかし今の私は何の努力もしないで高校へ入学していく流れに対して怒りすら覚えています。何故なら、中学時代に大した努力もしないで、施設の指導者の方から「今の成績ならこの高校へ行きなさい。」と言われて、高校生にはなったけど努力なしの感激なしで入学して、ちょっとしたきっかけで高校を辞めてしまうと言うのは如何なものか。確かに何となく入学してから頑張れる子もいるのでしょうが、努力なしと言うのは『自己決定の原理』からは程遠いからです。

児童養護施設は最大でも20歳までには社会の荒波に出ていかなければなりません。だから、どのタイミングで施設からの生活にピリオドを打つのが正解なのかと言うのはケースバイケースですし、わかりません。言える事は自分を強く持ち一人でも生きていける裁量を身に付ける事です。児童養護施設の子は殆どの子が親の支援など望めません。だからと言ってその事を嘆いていても何の解決にもなりません。だったら自分に鎧を纏う事をして、自立をする準備をする必要があります。もちろん、そんな事は簡単な事ではないので社会資源を活用していかなければなりません。

例えば『職親制度』を活用するのも一つですし、当法人のように敷地内にアパートを持ち、少々の指導する体制を持っている事業所で仕事をするのも良いかも知れません。但し、どんな形を利用するにしてもその子自身の覚悟が必要です。それは、『自立する』覚悟です。その為には『自律』が肝要だと思います。私は父進さんの限りない愛の中での支援を受けて今が有るのですが、今の事業を推し進める為に『自律』は限り無く経験してきましたが・・・。

少し話題がそれてしまいましたがリピーターの皆さん。本日はかなりバテ気味で面接を終えてボーッとした頭での原稿なのでお許しを。でも、言いたかった事をを理解して頂ければ嬉しいです。