理事長コラム

一瞬ですが心地よい夢を見ました。

令和4年5月22日

昨日はバテ気味だったこともあり、17時には家に帰らせて頂きました。18時30分までは寝室で横になる事にして「今寝ると夕食の時間が遅くなり下手をすると夕食が食べる事が出来なくなって痩せてしまうがね。」(※ 決して1食抜くだけで痩せる事はありません。それどころか次の食事で多く食べるとかえって体重は増えるのです。)と言う事で18時30分まである意味、無理矢理テレビで録画したのを見ていました。【ちなみに、『今日から俺は』です。この物語は私の青春とマッチしているので好んで見ます。制服にバッチが付いていたり、女子の髪型に懐かしいものであったり、男子はツッパリリーゼントであったり、学生服は短ランと長ランであったり、女子のスカートの丈がくるぶしまであったり(全員がそうだったわけではありませんが何故か私の周りにはいっぱいいました)「う~ん。心躍る青春時代じゃ」】

とにかく何とか寝る事無く18時30分になって1階に下りて行き先ずはお風呂に入り、ゆったりした後夕食を頂く事にしたのですが、5月16日の私の誕生日に幹部職員から椅子と共にプレゼントして貰った北島部長特製の日本酒で造った梅酒をロックで頂きました。前にもコラムで書きましたがお酒を飲むと『食い意地』が張ってしまい昨夜も結局最終的にはアイスクリーム(爽)を食べて2階に上がってベットに横になったのは20時20分で、20時30分には爆睡して目が覚めたのは午前1時30分で5時間は熟睡しました。いくら何でも1時30分に起きるわけにはいかないし翌日の事を考えると「もう少し寝なければ」と言う事で、目をつむりうつらうつらしている時に一瞬だと思うのですが夢を見たのです。

その夢は生母秋江さん(私が中学1年である13歳の時に逝去)が登場しました。何度か生母秋江さんの事は登場させているのでリピーターの皆さんはご理解されていると思うのですが、私は生母秋江さんからは目の中に入れても痛く無い様な育て方をして貰っていました。でも、それは小学3年生まで。と言うのは生母秋江さんの体に子宮癌がみつかり入退院を繰り返していたからです。でも小学3年までの息子である育て方は半端でなかったと思います。そんな生母秋江さんに夢の中でめっちゃ甘えていたのです。

一瞬だったので目が覚めてから「夢なら覚めないで。」と言う思いになりました。この様な夢は久方ぶりというより記憶にありません。この夢の意味を一生懸命に考えました。そして私の結論は私が厳しい状況にある為に「少しはゆっくりお母さんに甘えなさい。」と言う事だと思いました。甘える事が出来なくなった私は自分を律する事を常としてきましたが、今の私は少し弱音が吐きたくてあのような夢を見たとすると決して良い方向では無いので、リピーターの皆さんはもっと過激に頑張りますので今後の展開を見ていて下さい。但し、私には多くのネットワークと多くの協力者がいますので、甘えるのではなく多くの方の知恵を頂きながら良い方向に持って行きますので今後共宜しくお願いします。