理事長コラム

「当たり前は当たり前ではない」と言う事

朝の番組で豊橋の春キャベツを作っている農家の方に「大変な事は何ですか」との投げかけに、「誰でも作れますよ」と言われている事に対して物申すコラムにします。

私は「当たり前が出来る」と言うのは「基本的な事がしっかり出来ている事」と「大変な事が大変で無くなっているからだ」と思っています。以前にもこのコラムで私が児童養護施設の指導員として岐阜県児童養護施設協議会の調査広報委員会の一員として、先進的に『自立援助ホーム』を立ち上げられたご夫婦の取材に石川県まで言った時に、私が単刀直入に「大変な事は何ですか」とお聞きした時に5分程の沈黙のあとポツリと、「大変な事って何だろうな」と言われた時に「めっちゃ稀有な方だ」と思ったのを今でも鮮明に覚えています。

「だって一杯あるでしょ。」でも、大変だと思わないから続ける事が出来るのだと言う事は、私も最近になって理解できる様になってきました。私の好きな地元の歌手で砂田おさむの曲に『人生夢の途中駅』と言うのがあり、その中の言葉の中に「夢中で駆けた時代もあった 振り向けば、雨や嵐の時代もあった」と言うのがあり、好んで歌う事があるのですが、その歌の通りで一生懸命に目的に向かっている時は『苦労』等と言う言葉は無縁なのだと思います。

私も何もない中から3つの拠点を作ったので「立ち上げは大変だったでしょう」と言われる事がよくありますが「大変だと思ってやったことはないな」と思っています。つまり、夢中で頑張っている時は「雨だとか嵐だとかと思っていたら、何も出来ないから」と言う事なのだと思います。インタビューに答えられていた農家の方も今は楽しく仕事をされて天職だと思われているのかも知れませんが、間違いなく大変だったり、農家を辞めたいと思われた時もあったのでは無いでしょうか。キャベツを育てるのに畝をきって種を撒いたらひとりでに成長するなんて事は無いと思うので。インタビューに答えられた方も苦労を苦労とは思わない稀有な方だったのだと思っています。ひょっとすると私も『稀有な人』なのかなと思っているのですがリピーターの皆さんはどう思われますか。