2026年01月の記事一覧

正直色んな意味で嬉しかったです

昨夜、本部施設がある地区の新年会に、私の他に五次副施設長と吉田副施設長と共に参加させて頂きました。18時からと言う事で、17時40分に3人揃って新明公民館に行くと役員の方を中心に会場で迎えて下さり、1999年に初めて地区の新年会に参加させて頂いた時の雰囲気との違いを、しみじみと感じました。

と言うのは、施設を建設するに当たって何度か話し合いや説明会をさせて頂き了解は得たものの、中には納得されていなかった方もみえたのだと思います。と言うより27年前には『介護』『認知症』に対する理解が乏しかった時代的背景があり、地域の中での『貢献度』はまだまだだった事もあり、飲み会になって話をしている時に「立派な建物が出来たからと言って偉そうにしたらあかんで。所詮あんたもよそ者だから」と、辛辣な事を言われる方もあり、地域と施設の間に大きな開きを感じたものでした。

しかしながら、27年の積み重ねと介護や認知症に対する理解が広まってきた事と、地域での関りが積み重なってきた事により、昨夜は玄関先から親しみを持ったお出向いを受けました。私がたまたま座った席の隣には、正直面識の無い方だったのですが「理事長さんの所の職員さんは、良く気が付いて良く動かれるな」と声を掛けられた時には「この方の視点は生かしている」と思って話をさせてもらうと、「長くJRに勤めていたので地域とのかかわりは2年前からなので、施設の事は良く分からないけど、理事長さんは多くの職員も抱えてしっかりとした運営をされているので、大したものですね」と言って頂いたので、その様に言って頂いた事を本当に嬉しく思いました。

その方と色々なお話をさせて頂いている中で「高校を卒業してJRに就職して、三重県伊勢駅の駅長にまでなって、伊勢志摩サミットの頃で今となっては良く頑張ったと思っている。」とのお話に「この方も大変を大変と思われない方だ」と思うと同時に、これからはしっかりと関りが持って貰える様にしたいと思った次第です。

また、年の暮れに職員が施設の手前の道路で事故を起こした時に、施設の公用車の後ろを走っていた方が救急車の手配等をして頂いたと言う事で、その日の内にお礼に行った時にはおみえにならなかったので改めてお礼の挨拶をすると、「車の状態を見ると大変な怪我をしたかと心配したが、大したことがなかったのは良かった。」と言って頂けたので、改めて地域の方々のご理解ご協力が頂けていることに感謝と言う事で、地域の新年会に参加させて頂き、地域の中でより一層の貢献をしなければいけないと改めて思った次第です。

3連休に大寒波が来るとの報道がされています

日本海側を中心に大寒波があるとの事なのですが、昨日のコラムで書きましたが、12日には『京都三弘法のお参り』があるので「大寒波に見舞われたら大変だ」と言う事で『京都の天気予報』をインターネット情報で確認すると、明日(11日)も明後日(12日)も晴れマークがついていましたので、「ほっ」としながらも最高気温が6.7℃と言う事なので「寒さ対策だけはしっかりしなければいけない。」と思った次第です。最高気温が6.7℃と言う事ですから、風の向きが少し変わっただけで雪になるかも知れないし、「流石に京都は盆地だから夏は暑くて、冬は寒いんだ」とも思いました。

大寒波が想定されている時の実施ですから、滋賀信行会の内藤会長は実施責任者としての心情は計り知れないものがあるのではないかと思うのですが、内藤会長は常にポーカーフェイスで動揺した顔を見せた記憶が私には無いので、ある意味『立派』と思う反面「ここまでの鈍感力での対応を商売の方でしているとしたら、大切なお客さんを逃がしてしまうのではないか」と要らぬ心配をしている私がいます。と言うのは、施設から依頼した仏具の修理があまりに遅くて確認すると「ごめんごめん、忘れていたので、出来るだけ早くします。」と言って修理出来たものを宅配で送ってきたりした時に「どれだけ忙しいの。遅れた事のお詫びも含めて、直接届けるのが本来の商売の鉄則ではないのか」と思ってしまう私がいます。

確かに内藤会長は、真言宗の総本山である高野山においても影響力がある事は理解しています。私もそのルートにお願いして、静慈圓前官大僧正との交流が始まったのですから。でもね、仏壇店の経営者としての仕事は別物と考えるべきだと思います。祖父に当たるおじい様の初代のご苦労があっての今だと言う事を、決して忘れてはいけないとも思っています。勿論3代目だからこその苦労もあるとは思いますが、しっかりやるべきことはやって欲しいです。他人の事を評価出来るほど私も人間が出来ているとは思いませんが、『京都三弘法』のお参りが無事に終わるために、滋賀信行会の会長としてしっかりとした判断をして欲しくて、口幅ったい事をコラムで書いてしまいました。

勿論、法人設立時にも立派な仏壇を製造して貰った恩もあり、大学生だった時に四国八十か所の団参の先達(責任者)を2人に任された時の同志としての話として、リピーターの皆さんに理解して貰えたら嬉しいです。

何度も失敗しても後悔しても変わらない

昨日昼頃からお腹が腫れてきて(最も、もともとお腹は反りあがっているのですが・・・)痛いわけでは無いのですが『ど~ん』とした状態なのです。

私にとってこの状態は非常なる危険信号なのです。

と言うのも21歳、22歳の時に腸閉塞で手術をしているので神経質になるのです。

この現象は風邪気味であったり疲れていたりと体調が良くない時になる現象で本来、その様な時には絶食をして水のみの生活をしていると収まる事を理解していたのです。

ところが、最近は50年も前の事なので絶食をしないで「このくらいは食べても大丈夫だろう」と言う事で絶食をしないたびに大変な思いをしていたのです。

昨日も夕食は和合からの帰り道でコンビニに寄り「パンと牛乳くらいは大丈夫だろう」と夕食と翌朝の分として2個のパンを購入して夕食を食べる時に「少し収まってきたし温かいうどんも美味しそうだ」と言う事でパンから食べだしたところ「しっかり収まっていくし、パンが美味しい」と言う事でパンを2個共に食べてしまい、尚且つうどんも完食してしまいました。

食べ終わった時は「美味しかった。これでお腹に収まったら完治だ」と思いながら休む事にして21時過ぎになったら思いっきりお腹が『ど~ん』としてきて眠りに入ろうとしても羊を食べたオオカミの如く、しんどい思いをして朝まで『うつらうつら』としていてしっかり目が覚めた時に「何度同じことを繰り返すのか」と思うと同時に「私は山姥の血を引いているのか」とも思った次第です。

小さい頃は虚弱だったので母秋江さんが「宏に如何に食べさせるか」と苦心していた後遺症なのでしょうか。

「病気であればとにかく栄養を付けるべき」と言うのが通常なのでしょうが、「お腹が豊満な時は別だ」と言う事を再認識すべきだと今は思っています。

と言う事で朝は絶食をして、水のみ飲みながら8時30分に本部施設に行きコラムを打っています。

と言うのは10時から本部施設においてフロア責任者会議があり、午後は義兄が大腿部頚部骨折で手術をしての入院後の対応について、養老町役場と徳洲会病院に行かなければいけないので𠮟咤激励で頑張りますが、相からわず自分の事は最後になる生き方ですが、自分で決めた生き方ですから、今年も目一杯頑張りますので宜しくお願い致します。

1月12日に京都三弘法詣りに参加するのですが

令和8年1月8日

毎年この時期に滋賀信行会企画のバスによるお参りに参加させて貰っているのですが、最初に参加さえて貰った20年程前には1グループ4台で3班に分かれてのお参りだったと記憶しているのですが今ではバス2台が2班に分かれての企画になっています。この現象は何なのかと私なりに考えてみるに、基本的にお参りをするにしても家族単位が殆どになってしまっているように思います。

つまり、『集団行動が鬱陶しい』と言う事なのでしょうか。確かに家族水入らずの企画は気兼ねなく楽しめる気軽さがあると思います。例えば目的地のお寺の駐車場に着いた時には必ず出発時間をバスガイドさんから伝えられ「時間厳守を守らないと他の参加者に迷惑がかかる」とのプレッシャーがかかります。また、「お土産をもう少しゆっくり見たいな」と思っていても、「時間が無いしこのくらいで良いか」と妥協する事もあるかも知れません。

しかしながら考え方をかえたら、車を運転すると言う緊張感はなくて安心して目的地に連れて行って下さるし、食事場所も優先的に確保されていて、何か困った時にはガイドさんや添乗者の方に聞くことも出来ます。参拝者h減るところか増えているので間違いなく家族でのお参りが殆どなのだと思います。そう言えば昨年のお参りの時にいつもの様に嵐山の大きな食事場所に連れて行ってもらった時にずらっと観光バスは並んでいたのですがバスガイドさんの情報として、「滋賀信行会さんのばす以外は外国人のかたばかりだと言う事です。」との話を聞いた事を思い出しました。

小中学校等の修学旅行にしても布団を並べて寝ると言う状況ではなくて個室、或いは2人部屋だと言う事を聞いた時に『時代』を感じました。少子高齢化によって兄弟がいない所謂『一人っ子』が多い状況の中で『協調性を学ぶ場』がどんどんなくなっている現代社会は社会を形成する事も難しくなっていると思います。確かに『プライバシー』を守る事は大切な事ですが、それが行き過ぎるとバラバラの社会になってしまうのではと危惧している私がいます。こんな調子の考え方なので文字通り『昭和おじさん』と言われるのだと思いますが私にいわせたら「昭和おじさんで何が悪い」と思っています。

年末年始の休みが終わり公的な活動が今日からスタートです

本日10時から岐阜県庁に年始の挨拶に行くのですが道路が混んでいて受付前に9時45分の集合時間に間に合わないと年明け早々に皆さんに迷惑を掛ける事になるといけないと言う事で我が家を8時30分前に出ました。 道路は比較的空いていたので9時30分には駐車場に着き受付前の椅子に腰かけようと移動したら結果的に一番乗りだったです。

暫くして岐阜県老施協の理事兼事務局長が申し訳なさそうに挨拶されたので「一番遠い所から来るので道が混んで遅くなったら申し訳ないと思い時間に余裕を持って出発したら以外にスムーズに来れたので早く着いたのは私の話しですから気にする事はありませんよ」と話をしてから局長と今後の日程等の打ち合わせをしていると,

中西副会長、林副会長が順次来たので年始の挨拶を済ませてから事務局長が受付で健康福祉部次長へのアポを取ってくれて15階まで上がっていくと高齢福祉課の指導官が待っていて下さったので次長室に入って次長さん、健康福祉政策課長さん、高齢福祉課長さんらに年始の挨拶をしてから、今後へのお願いごとをさせて頂き、その後は介護事業の厳しい状況についての意見交換をして約1時間で終了して、本部施設に戻り、午後からは3施設合同幹部会を実施しました。

3施設合同会議では、令和8年度が始まる4月までに今体制上整え切れていない事を指摘して3月までに体制が整う様にする事を理事長として話をさせて貰いました。社会福祉法人杉和会としても人材確保と人材育成は待ったなしで対応しなければいけないことであり、その中で業務の省力化をした分を寄り添いケアに時間が割ける様にしていく事も大切だと熱く語りました。

令和8年度からは本部施設のデイサービスを関ケ原町に特化した『地域密着型デイサービス』に変更したり、盲養護老人ホーム『優・悠・邑 和(なごみ)の施設を30床定員から40床定員にして経営の安定化を図り、より健全な経営に努め杉和会の入居者さんにとっても、職員にとっても、地域の方々にとってもより良い『今日一日楽しかったよ』が実現出来るように頑張っていきますのでリピーターの皆さんもしっかり見守っていて下さい。

少し恩返しが出来たかな

土地も無くお金も無い私が、法人を設立して関ヶ原に特別養護老人ホームの事業展開をさせて頂く様になったことは、何度もこのコラムで紹介していますが、当然全くの自己資金が無くて出来るものではありません。その資金の半分以上を提供して下さったのが、私の奥様のかをりさんの父親、つまり私にとっては義理の父に当たる伊藤憲治さんです。

義父は法務局に40年勤務して、定年時は富山法務局の総務課長だったと記憶しています。その義父の退職金や預貯金を、躊躇することなく提供して貰って今があると言っても過言ではありません。義父と生前しみじみとお酒を酌み交わした時に私が「多くの資金を提供して頂いて、申し訳ありませんでした。」と言うと、義父は「あんな立派な施設が出来たのだから良かったし、私が竣工式典の時に、理事長として挨拶させて貰っただけで充分だ」と言われた時には「若山家、伊藤家の為にも頑張ろう。」と誓い義父、義母のお葬式では、恩返しのつもりでそれなりの葬儀もさせては貰いましたが「それだけではまだまだ恩返しをしたとは言えない」と思っていたのですが、昨日、一人暮らしをしている私より1歳年上の義兄が、「家の玄関先で転倒していて動けない」と言う連絡を私の奥さんから貰ったので、和合の施設でカラオケを楽しんでいたのですが、急遽養老に駆けつけました。

駆けつけると玄関先で毛布を被って横になっていて、とても動かせるような状況では無いと判断して「ここは冷静な対応が必要だ」と言う事で救急車を呼びました。救急隊の方とのやり取りは、今までの経験から文字通りスムーズに出来ました。救急隊の基地が直ぐ近くにあるので5分としない内に来てくれましたが、担架に乗せる時に大きな声で痛がるので担架を半分に分けて何とか担架に乗せて対応してくれました。救急車に奥さんが添乗して、私は救急車の後をついて大垣の徳洲会病院に行きましたが、救急の方が多くみえたのと、心臓にも問題があると言う事で検査が長引き、病棟に入ったのは20時過ぎでした。心配していた心臓の結果は、大腿部頸部骨折の手術は本日14時から実施して頂ける事になったので、手術の1時間前にはくるように言われているので、午前中和合3階でのお参りを終えて昼食を頂いたら病院に行きます。

義父、義母には充分な恩返しが出来なかった分、一人暮らしの義兄に対してしっかりとした対応をしていくのが恩返しになると思い、頑張ってフォローをしていきたいと思っています。

行政も年末年始の休みが終わり稼働している事が良く分かります

和合の施設の事務所に9時に着いたら、伊藤副施設長から「垂井町社協から緊急の依頼が入ったので、本部施設の方に依頼しなおす様に伝えました。」との報告を受けたのを受けて、色んな思いが浮かびました。一番に思ったのは「年末年始の休日が開けて、行政が行わなければいけない事が山積しているのか」と言う事でした。最も当然の事ですが、緊急性が高い事については「休みだから」等と言う事は無く対応されるのですが。二つ目に思ったのは「垂井町の案件なのに、どうして大垣の和合に連絡がいくのか」と言う事です。この一つの現象の中に、本部施設の広報の仕方に問題があるのではと思った次第です。だって、垂井町は関ヶ原町と同じく不破郡内に位置しているのですから。

もう一つ思ったのは、昨年暮れに和合の施設で長期休暇初日に保佐人がついている入居者さんが亡くなられた時に、なかなか行政との連携が出来なかったのですが、結果的には「業者の方がご遺体を引き取りに来ますので、対応を宜しく」との連絡のみで、休み明けの本日も、何のアプローチも無いことに忸怩たる思いを持っている私の考え方がおかしいのでしょうか。私は『入居者さんに寄り添う為に何が出来るか』を常に考えながら行動をしています。勿論、大垣市は16万都市ですから、「一人ひとりに最善を尽くす」等と言う事は出来ない」と言う事も理解できますが「う~ん」と言う気持ちです。

特別養護老人ホームが『最後の砦』と言う事は理解しているつもりです。だからこそ、『年中無休で24時間体制』の中で職員共々頑張っているのです。マスコミの中には長期休暇を鼓舞したり、評価したりする傾向がある様に思いますが『最後のセーフティーネット』である特別養護老人ホームの存在にこそ焦点を当てて頂き、安心安全な存在である事を理解し、評価して貰いたいと思っています。つまり、年末年始もお盆も土日祝日も関係なく、入居者さんの健康と生き甲斐の為に頑張っている職員にスポットを当てて貰えるような年になる様に、私なりに頑張って行きたいと考えています。

本日のお参りの道はバリバリに凍っていました

令和8年1月4日

いつものように5時30分過ぎから朝のお参りで歩いたのですが、寒さに体が慣れたのか寒さはさほど感じなかったのですがお正月に降った雪が解けてから再び凍っていたので本日は特に気をつけて歩きました。橋の所では金剛杖をつけないので(※弘法大師様の修行の旅で橋の下で休まれているとしたら杖で叩くと言う事はとても失礼な事だと言う事です。)歩くスピードを特にゆっくりと歩幅も小さくして歩きました。

最初の難関である幸福地蔵様の階段を確認するとあまりにツルツルなので「転ばぬ先の・・・」と言う事でいつもの抱き付きのお参りは中止して幸福地蔵様にお詫びをしてから一生懸命に祈りました。妙応寺の山門が開いていなかったので本堂裏にあるお墓の方にグルっと回って六地蔵様にお水を手向け蝋燭と線香に火を点けてからお参りをして県道を歩くよりはお墓の中の方が転ぶリスクは少ないだろうと言う事でお墓の中を歩いて若山家のお墓まで行きました。お墓の中の道は昨日私が歩いた限り誰も歩かれていない(多分・・・)為か雪も融けずにあったので『さく、さく』と音がしたので確実に歩くことが出来ました。

お墓の湯呑の水を替えようとすると水が凍っていた為に湯呑の中に水を追加する形で対応しました。その後六地蔵様でのお水換え(六地蔵様は屋根があるので湯呑の水は氷っていませんでした。)お参り後に妙応寺本堂に向かったのですがここからの道は文字通りバリバリのツルツルで一歩一歩慎重にそして歩くコースを考えながら歩きました。特に困ったのは本堂と今須稲荷を繋ぐ廊下のしたに20cm程の段があり段を下すところがツルツルな状況だったので降りようとすると体が上手く動いてくれなくて「これはお不動様が慎重になれ」と言われている様で何度も降りる所を確認してとにかくクリア出来ました。

その時に思い出したのは【私が揖斐高原の麓のの坂内中学校に赴任していた時にその当時の校長先生から「スキー道具一式は揃えておくように」と言わたので当然の様にスキーをしなければいけなかったのですが初めてゲレンデに立って生徒達が上手に滑っているのを見ていたら上席の先生から「若山先生、私について滑りなさい」と言われて「ままよ」と滑りだして怖さが増してくるとお尻が下がっていわゆる屁っ放り腰になってしまい益々スピードが出てしまい結局は転んでしまったことを思い出しました。】(元に戻します)何とか本堂に転ぶこともなく行く事が出来て無事に家に帰れました。

家についていつもの様にぬるくなったお風呂からだんだんお湯が温かくなってきて文字通り極楽湯につかり、朝食を頂いたら「疲れた」と言う事で二度寝をして9時のアラームで飛び起きて今は和合での1階のお参りを終えました。この1年もこんな調子での毎日だと思いますだリピーターの皆さん今年も宜しくお願い致します。

本部施設において4か所の新春お参りをしました

令和8年1月3日

昨年立てた予定では彦根東福寺の正月3が日法要での護摩供養に本日行く予定をしていたのですが、我が家のお仏壇でのお参りが正月三が日の最終日になった事を反省した時に「確かに妙応寺経由の若山家のお墓参りは3日間共に出来たけれども何故か一番大切にすべき仏壇では手を合わせる事は出来ていたけどしっかりとしたお経とお参りが今日になったのは絶対に変だ。これは文字通り本末転倒だ。」との思いが沸き上がり、予定にはなかった本部施設においての正月のお参りを急遽予定させて貰い午前中に本館1階、本館2階を済ませたところです。

急遽の私の我儘な予定変更の企画だったのですが本館1階も2階も皆さんが集まっていて下さって私のお経に合わせてお経をあげて下さいました。改めてお経さんの威力は絶大だと思った次第です。私は確かに『バリバリの昭和おじさん』です。

だから、今でも「家の中心にお仏壇があるのは当然だ」と言ってはばかりません。と言う事で本部施設本館には浜仏壇の三方開きで仏壇の設置スペースは1畳半でしかも両サイドと天井には滋賀県長浜の黒壁のデザイナーに思いを伝え作って頂いたものが入っている念の入れようです。

何が言いたいのかと言うと「私が今存在して頑張れるのもご先祖様があってこそ」例えば私の父進は戦争に行って苦労しているのですが父進が生きて帰って来たからこそ私が存在していると言う事なのです。この事だけでは無く「こんな出会いが無ければ」と言う事はいくらでもあります。

その原点に私は仏壇の中にあると思っているのです。但し、かつて今は奈良藥師寺執事長の大谷徹奘師が講演の中で「今は本来仏壇があった所に大きなテレビが置いてある」との話を聞いた時に「手を合わせる機会が無くなった事によって相手を思いやる心が希薄になった。その究極の現象が親子関係の希薄さに繋がっているとしたら憂うべきことだ」と思っています。

入居者さんが元気に生活して頂く為に環境面や健康面に留意しながらも『今日一日楽しかったよ』が出来るのも本来『不思議』な事と思っている私がいるのです。と言う事で午後のデイサービスと新館でのお参りも気合を入れて頑張ります。

本日は和合の施設で獅子舞とお屠蘇の会です

昨日は本部施設で実施した獅子舞とお屠蘇の会を、和合の施設で実施しました。本部施設には『お祭り男』が何人もいるので安心して企画に参加して、本物のお酒を振る舞う事と入居者さんへの新年のご挨拶をする事に徹すれば良いのですが、「果たして和合の施設では、どんな展開になることやら」と予測不能な状況があったのですが『案ずるより産むがやすし』で、入居者さんの喜び方は尋常では無かったです。

10時の開始だったのですが「打ち合わせもしっかり出来ていない」と言う事で、9時には和合の施設に行き、夜勤明けで企画の中心者である北島部長と藤本主任との打ち合わせをすると共に、慣れていない分のフォローを本部施設の水野係長に鐘と太鼓を、獅子舞を伊藤係長に依頼しておいたのですが、水野係長は道具を運んで来てはくれたのですが「北島部長で大丈夫なので道具だけ置いていきます。」と言って帰ったとの事だったので、「その穴埋めをどの様にしたらいいのか」と北島部長に投げかけると、即座にネパールの女子介護職員のアニサを推薦してくれたので、アニサを呼んで話をすると飲み込みよく、しかも興味を持って獅子の中に入ってくれる事になったので、本部施設から助っ人に来てくれた伊藤係長のアドバイスを受けて、獅子舞ペア(伊藤係長とアニサ)が出来ました。

藤本主任が和服を着ての抹茶のお手間をする気合の入れようで、1階から順次2階、3階で獅子舞と共に実施しました。1階のフロアのみ本物のお酒(石川県老施協の南副会長からの頂きもの)を振る舞う事になっていて、私的にはやや不満だったのですが、結果的には2階も3階もノンアルコールの日本酒(月桂冠)で大盛り上がりでした。1階では「とっておきのお酒です。」と言って「お正月だからしっかり飲める方は飲んで下さい。」と言って振る舞うと共に、北島部長の鐘と太鼓で盛り上げると共に、入居者さんの頭を獅子が「ガブっ」と嚙んでもまた大盛り上がり。この勢いの中2階、3階の元酒豪の面々にはノンアルコールと言う事もあり、しっかりと「お正月だし一杯飲んで下さい」と言ってしっかり飲んで頂きました。

男性入居者さんにも酒豪の方が多く見えましたが、女性の入居者さんの中にも何回かおかわりをを要求される方があり、12本用意して貰ったノンアルコールのお酒は全て無くなり、急遽ノンアルコールビールを追加する盛況ぶりに「雰囲気が良くて最高』と言う事で、抹茶を楽しまれる方とお酒を楽しまれる方で盛り上がり、夜勤明けの2人の協力もあり、獅子の中で活躍してくれたアニサに3フロア共終了してから感想を聞くと「楽しかった」との感想と共に「休みの時にも参加して良いですか」との質問に対して「参加を強制する事はないけれども、参加したいのであれば遠慮する事はないです」と話をしました。

入居者さんと共に楽しさを共有出来る職員が増えていく事は、素敵な事だと思っています。しかも、リピーターの皆さん、写真でも理解して貰えると思いますが入居者さんの自然な笑顔は最高だと思いませんか。

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