高校2年の時からの四国遍路のご縁で
令和7年8月31日
本部施設の計画をして最初の土地探しは人任せだったこともあり見事に計画を断念した話はこのコラムでさせて頂きましたが2回目の候補地については私自身で汗を搔いたので上手くいったのですが、この時に上手く成立したお話をさせて頂きます。
『今須』と言う地区は大きく『下の谷』『町筋』『上の谷』に分かれていて私が住んでいる所は『町筋』であり、土地取得の候補地は『上の谷』と言う事で私が土地取得で動く時に地主さんの一人が頼りと言う中で一番多く土地を所有されている方の家に私一人で訪問した2度目の時に訪問先のご主人が「若山さんは四国遍路のご縁で滋賀信行会の青年会でも頑張ってみえたね。私も夫婦で四国遍路には何度か参加させて貰っていたけど一緒になった事は無かったけど、滋賀信行会で頑張っていた方の頼みだから断るわけにはいかんな。
だから、出来るだけ他の地主さんにも声を掛けてあげるよ。」と言われた時は「四国遍路のご縁で協力して貰えるのは本当に有難い。」と思ったものです。勿論それだけでとんとん拍子に事が運んだわけではありませんが、大きく前進したのは間違いありません。
また、四国遍路の延長線上本部新館、和合においても高野山前官大僧正静慈圓師の書を沢山書いて頂いていて4年前に実施した盲養護老人ホーム『優・悠・邑 和(なごみ)の竣工式典では皆さんの前で梵字をかいて頂くパフォーマンスまでして頂きました。その様に考えていくと私の人生を大きく変えた出来事としては『四国遍路』は特筆すべき出来事の一つだとしみじみ思います。
人生に『もしも』と言う事は無いのですがこの様なご縁を頂けた事に感謝です。だから私は『出会い』を大切にしていますので本日も東京からお客さんがおみえになるので精一杯のおもてなしをしたいと思っています。