2023年09月の記事一覧

4時20分に目覚めました。

昨日は石川県小松市で全国老人福祉施設協議会東海北陸ブロックの役員としてお世話になった方のお通夜があり、急遽吉澤施設長にボディーガード兼運転手をして貰って行かせて頂きました。家に帰って来たのは21時30分過ぎで、それからお風呂に入り寝る体制になったのが22時を遥かに回っていたのでいつもの4時25分のアラームのセットを敢えてオフにして寝る事にしました。と言うのは「睡眠が6時間を切るのはしんどいので」と考えたからです。

ところが習慣とは凄いものです。

タイトルの通り4時20分には目が覚めたのです。4時過ぎに目が覚める様に体が覚えてしまっているようです。目が覚めて一瞬「無理をしない方が良いのでは」とも思ったのですが「えいやー」で起きました。そしていつもの様に仏間でのお参りとお墓参りに行く事が出来ました。行った結果は大変ラッキーな事がありました。と言うのは我が家の2階の廊下の窓から実に素晴らしい中秋の名月を見る事が出来て、尚且つ、お墓参りの為に妙応寺に向かって歩く間、ずっとお月様を仰ぐ事が出来ました。

そう言えば昨夜のお通夜の帰りの車の中でも私が運転しているのでは無くて吉澤施設長が運転してくれていたので助手席の窓越しに(左手)東の空にずっと出ているのを楽しむことが出来ました。お月様を見て「幸せだ」と思える自分がいるのを嬉しく思っています。

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本日も和合の施設の2階のフロアで14時からカラオケをさせて頂きました。お陰様で会を重ねる中でしっかりと聞いて頂ける様になってきているのは本当に幸せに思います。勿論私のワンマンライブにしないで入居者さんにも歌って頂きながらの和気あいあいの企画になりつつあると思っています。と言う事はこれからはもっともっと入居者さんの笑顔を一杯頂けるものと思っています。カラオケタイムを終えて17時30分から3人の面接希望者にリモート行う事になっていたので本部施設に向かいました。久しぶりに本部施設の自分のデスクに納まると私を待っていた様に、余暇の責任者の伊藤主任が昨年好評だった手作り神輿で地域を練り歩く起案の打ち合わせに来ました。私は事前に地元の区長さんにはお願いに行くフォローはしておいたのですが、その後の事は私が和合中心の生活をしているのですがしっかりとした計画が出来ていたことに安堵しています。

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明日も和合の1階のカラオケが14時からあります。喉が丈夫である為に明日の朝食では生卵でも飲んで頑張りますか・・・。

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リピーターの皆さん、小さい頃の私だったら間違いなく高熱を出している状況なのでしょうが『お腹パワー』で、熱も出ない私になっています。勿論過信は禁物ですが。

六地蔵さんがしっかり立ってみえました

いつも6時前に台車を引きながら椎茸工場に向けて歩かれていて、お互いに元気に挨拶を交わしている方がいつもの様に挨拶をすると、一生懸命に指を指しながら話し掛けて下さるのですが、声が小さくて聞き取りにくかったので手をさされている方向を見て納得しました。それは、昨日まで寝てみえた六地蔵さんががしっかり立ってみえたので「そう言う事か。」と思った次第です。寝てみえた時も律儀に一つひとつ手を合わせていたのですが立たれていたのでいつも以上に気合いが入りました。

気合いが入ったと言えば本日の和合の3階で14時30分からのカラオケのオファーでは事前に職員から「理事長がカラオケに来るのを皆さん楽しみにされていますよ。」との事前告知と共に5人の入居者さんが歌いたい曲のメモが事務所の私の机に置いて あったのでますます気合いが入りました。13時30分から第三者委員の方に意見を聞く会議があり、第三者委員の二人の方は和合の立ち上げ前からお世話になっていた方だったので私にとっては初めての参加でしたが色んな話を取り纏めてしっかりと話ができ話をして頂けたので30分の予定が50分かかり、2人の第三者委員の方をお送りしてから急いで3階に階段で行くと少し息が切れていましたが懐かしい曲を中心に歌い、5人の入居者さんにも順次歌って頂き最後の締めは「帰ってこいよ」の替え歌でしたが沢山の方が口ずさんで下さり、「また呼んで下さい。」と言ってまたまた急いで事務所に戻り、これまた急いで車に乗り本部施設に向けて走りました。

  と言うのは、吉澤施設長の運転で石川県小松市で19時からのお通夜に行かなければ行けなかったからです。お通夜は全国老施協と東海北陸ブロックでお世話になった方なので義理欠けは出来ないと考えたからです。今は吉澤施設長の運転で本部施設に向けて帰るのですが、バタバタの中でもしっかりとやるべき事が色んな方の協力で出来ている事に感謝で明日からも頑張ってやらねばと思っている次第です。DSC_0476

金剛杖のルール

令和5年9月28日

以前にもこのコラムで紹介しましたが、橋を渡る時には橋の上では杖をつかないルールがあるのです。その理由は弘法様が修行の旅で橋の下で休んでみえると「申し訳無い」と言う風に聞いています。私が初めて四国が遍路に行ったのは高校2年の夏休みでその頃は参加者も多くて80人位の団体で小学生も中学生も高校生も多く参加していて、お互いに「橋に来たから杖をついたらあかんよ。」等と注意しあっていたものです。

私は高校2年の夏休みから26歳で児童養護施設に就職してからも、四国巡礼だけは優先的に行かせて頂いていたので37歳の時までの丁度20年間は春と夏に参加させて頂いたので、橋の上で杖をつく事は無いのですが、今朝のお墓参りの時にふと橋にかかり自分の姿を確認すると橋の上では自然に杖を抱えているのを確認して「習慣は凄いな。初めて参加した時にはやいのやいのと言いながら歩いていたな。」と思った次第です。

明日は3階でカラオケです。

先般の2階でのカラオケの時にも分厚い歌詞カードの本から選曲して挑んだのですが、2014年11月版の本だったので山崎ていじの曲は「昭和男唄」一曲しか入ってなかったのですが、本日歌手別の本を1ページづつ確認してパソコンで曲目と番号を打ちました。

少し自信の無いのは省いて自信を持って歌えるだろう曲を選んだ結果、140曲をパソコンで打ち込みました。140曲あれば「いつも同じ曲だ」と言うことは無いと思います。まだまだ山崎ていじの曲もたくさん自信があるし、グループサウンズの曲も一杯自信があるので200曲は楽に越えそうです。明日の3階では選曲するのが大変です。でも、前回2階で実施した時は「水戸黄門」の主題歌が一番受けたのでその辺りに気を付けて選曲をして喜んで貰える様にしたいと考えています。

今は(午後8時49分)護摩供養から帰ってきてお風呂でコラムを打っているのですが、明日のカラオケで入居者さんが喜んで頂けるかと思うと今からワクワクしています。実は朝から1日バタバタでしたので正直クタクタなのですが、ワクワク感クタクタの体に勝っているようですが、明日の為に即効で寝て明日の体調を整えたいと考えていますので、コラムはここまでにします。

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和合施設でカラオケの依頼を受けました

令和5年9月27日

依頼を受けたのは2階からでした。本日と30日の2日間の依頼です。朝から気合が入っていたので、和合の施設に行く前に本部施設に先ずは向かい、カラオケの一番分厚い本と(「2013年の本ですが大丈夫ですか」と職員に聞かれたのですが「新しい曲なんか歌えないのだから構わないよ」と言いました・・・。)ステージ衣装の緑色の服を取りに行き、急いで和合の施設に向かいました。朝の申し送りで気が付いた事を話させて貰い、その後は事務所に置いての対応をしつつカラオケの分厚い本のページのあいうえお順にページをめくりつつ私の知っている歌手の所でめくるのを止めて歌えそうな曲をパソコンに入力しました。

間違いなく自信を持って選べるのを記録していったのですが、まだ、「た行」までしか出来なかったのですが結構選ぶ事が出来たので、「結構な曲が歌えるもんだ」と自画自賛です。10時20分になっうたので2階に上がって行くと既にカラオケの周りに入居者さんが集まって来て頂けていたし、デンモク操作をしてくれる職員もいてくれたのでスムーズに進んでいきました。

最初の曲は「青い山脈」だったので、曲自体は良く知っていたのですが私自身は歌った事が無い「本邦初公開」だったのですが、自分で言うのも何ですが「透き通った声で上手く歌えた」と思ったら一気に乗る事が出来て、2曲目を歌い終えると「自分が歌いたい」との入居者さんが出て来たので「もう1曲私が歌った後にお願いします。」と言って3曲目を歌った後、「歌うと」と言われた方の所にマイクを持って行き、歌って貰いました。その後も2曲歌わせて貰うと、またまた「歌いたい」と言う入居者さんが見えたので、これまたマイクを手渡し歌って頂きました。

気が付くと既に40分が経過していたので「本日楽しくカラオケをさせて頂きましたが最後の曲になりましたので皆さんが良くご存じの歌を歌いますので皆さんも歌って下さい。曲は水戸黄門の主題歌である「ああ人生に涙あり」です。と言って歌わせて頂いたのですが多くの入居者さんが口ずさんで頂けたのでこれまた楽しく歌う事が出来ました。オファーを頂いての初めてのカラオケでしたが、デンモクの操作を職員がしてくれた事と、入居者さんの対応の合間に職員が入居者さんの輪に入って手拍子等をしてくれたお陰もあり素晴らしい入居者さんの笑顔を頂く事が出来ました。

2階のフロアは30日にも依頼を受けているので今から楽しみにしています。その前の29日には3階でもさせて頂けるのでこれも気合を入れて頑張りたいと思います。(蛇足の話を一つ。折角緑色のステージ衣装を持参したのですが1曲歌った段階で汗が吹き出しぬいてしまいました。でも衣装はともかく楽しく出来たので良かったです。)

居酒屋「一貫」に行って一貫の意味に疑問を持ったので

令和5年9月26日

小さい頃の私は、何か疑問を持っても、その後のアクションを殆んどと言って良い位にアクションを起こせない性格だったのに今は真逆な性格になってしまい何事も調べなければ納得しない、ある意味面倒くさい性格になりました。と言う事で「一貫」の意味をパソコンで調べてみました。「寿司の一貫は1個か2個か」との記事を見つけて興味を持ちました。リピーターの皆さんの中には「そんなことにこだわるか」と思われる方もおありでしょうが私はこだわるのです。私も寿司屋に言って当たり前の様に(1個を頼むのに「1貫下さい。」と言っていたのですが、実は江戸前寿司が最初に提供され始めたころ、1つの寿司はネタを数種類乗せた360gほどの大きなものだったそうです。それを一つのネタにして売る出したお店があり、それでも一口で食べるのは大きかったのでそれを2つに分けたので実は江戸時代の1貫は2つで提供していたので元を正すと「2個で1貫」が正しい様なのですが、時代の変遷に寄って変わってきているので「1貫」は1個でも2個でも正解と言う事なのだそうです。

昨日痺れる様な出来事がありました。

本部施設での出来事なのですが、夜勤前だった伊藤係長が私の所に来て「理事長にご無理なお願いに来たのですが」と切り出したので「私に出来る事なら何でもしますよ。」と言うと「看取りで食事もあまり摂れない入居者の方が理事長に会いたいと言われているので部屋まで行って貰えないでしょうか。」と言うので「そんな事なら今すぐ行きます。」と伊藤係長と共に部屋にいきました。」私が声を掛けると本当に嬉しそうな顔をして頂いたので、名前を呼んでから「水でも飲まれますか」と声掛けすると「飲む」と言われたので伊藤係長に持って来て貰うと共にベットをギャジアップして私が介助する形でコップを傾けると一生懸命に3度飲み込んで下さいました。そしてまたまた最高の笑顔を頂きました。傍にいた伊藤係長が「僕が進めてもなかなか飲んで貰えないのに」と言ったら「理事長さんが良いの」と入居者さんが答えられました。私が部屋を出て事務所に戻り伊藤係長がお礼に来た時に笑えるような報告をしてくれました。それは私が部屋を出た後、別の職員が入室して「理事長さんはあんなに怖い顔してるのに良いんですか」と投げかけたそうです。そうした時に入居者さんから「あんたがあかんことするから怖い顔されるんや」と言われたとの事。95歳になり看取りの方なのにこの様な受け答えをして頂けた事に私が勇気を頂きました。

強か飲みました

昨夜は岐阜駅前の旧問屋街の中にある居酒屋で大垣日大高校の社会福祉法人のオーナー会の情報共有の為の会なのですかがコロナ感染症の一貫で実に四年ぶりの開催です。今は便利です。初めて行くお店ですがスマホが案内してくれて無事にお店に着きました。改めて自分の意志の弱さを痛感しました。一人が少し遅れると言う事で3人が揃った段階で料理を出して貰いこの会の長老が私と言う事で(そう言う場面が増えました。)挨拶を兼ねて乾杯をさせて頂きました。

コロナ禍で実に4年振りの会ではありましたが、同窓の絆は強く最高にリラックスな空間の中で美味しいものを食べ飲みました。最初はビールと冷えたコップが出て来たので軽くジャブ程度に1本のビールを飲み「私は今、酒を飲まないので麦焼酎をロックで飲む」とわけの分からない宣言をしたので、2杯目からは麦焼酎を飲んでいたのですが、本来私が冷酒を好きな事を知っているのでさり気無く冷酒のメニュー表を見せて来て進めるので(決して悪気はないのでしょうが・・・。)ついつい「久しぶりに三千盛を飲むかな」とつぶやくと「僕も同じものを飲みます。」との元気な声がしてテンションが上がり美味しく2杯平らげてから「このままではまずい」と酔っぱらいながらも考えて再び麦焼酎ロックに変えました。20時40分にお開きになり、21時過ぎの大垣行きに乗り大垣で乗り換え22時には家に着き、お風呂も入らずに速攻で寝て4時25分のいつものアラームは切っておいたのですが4時40分には目覚めたので「えいやー」で起きて「本日は本部施設でデイサービスと新館でお参りがあるので、神棚と仏壇の水替えだけしたらお墓参りに出て汗をかいてシャワーを浴びてシャキッとしよう」と行動開始をしました。

そしていつもの様に7時40分に家を出て和合に向かい午前中は和合にいて本部施設に移動して13時30分からのお参りに挑みました。先ずはデイサービスでのお経を唱えたのですが「どうも声が枯れるな」と思いつつ「どうして声が枯れるのか」と考えていて2つの理由に至りました。1つは昨日和合の施設で3つあるフロアでそれぞれに40分ずつカラオケで歌を思いっ切り歌って最後のフロアの3階では少し声が枯れていた事と2つ目は強か飲んだ性だと思います。でもどちらも楽しかったし、本日のお参りの後のカラオケでも何とか歌えたのでよしとしなければ。但し、曲目は吉幾三さんの『酒よ』とか『雪国』にして何とか歌えたと言う事ですが。本日は早くに寝て喉も含めて元気に復活しますのでリピーターの皆さん明日も宜しくお願い致します。

福祉を食いものにするのは止めてくれ

何日か前の新聞に「食事材料費の実費を越えた請求」との事で障害者グループホームを13都県で経営している(株)恵の記事を見たら全額返金済との内容の記事を見て私は「障害者のお金に対して平気で違法な事が出来る感覚の会社がこれだけで済むのか」と思っていたのですが、今朝の朝刊を見て「やっぱり」と思うと同時に「福祉を食いものにするのは止めて欲しい」と正直に思いました。

具体的な記事に触れていきたいと思います。大きな見出しで『「上場へ」不正横行か』『「恵」経営陣、利益を最優先』『ごまかし担当の社員も』元社員の証言も書いてありました。その内容には目を塞ぎたいものがありました。例えば『施設の不正と言えば、利用者さんの人数に対して職員の配置人数って決まってて、それを満たしてないのに満たしてるように申請してるとかは頻繁にやっていると思います。どこも人が足らないので、ふわふわ(※施設名)全体でやっていると思われますが(中略)最初に実施指導が入った時には、勤務表上で私は「支援員」になっていて、夜勤何て一日も入ってないのに8日くらい入っているように工作していたり、かなり醜い改ざんをしていましたよ』とありました。市なり県の監査が実施されている時に書類上出来ていれば大丈夫との感覚で段々と大胆な不正が行われて行ったのだと思います。

記事の中の情報としては『愛知県出身の中出了輔社長(34歳)と2人の弟、母親が中心になり、2012年に名古屋で設立(中略)18年の売上高は3億円弱だったが、「ふわふわ」という名称で各地にグループホームを次々と展開。22年の売上高は約38億円と、わずか4年で10倍超に増えた。「どんな障害者でも、とにかく受け入れていた。」取材に対し、元社員らはそう口をそろえる。強い行動障害や身体的な疾患があり、対応が難しい知的、精神障害者を積極的に受け入れ、当初は親や行政にありがたがられていたという。だが、ある元幹部社員は「社長や役員はグループホームを『店舗』利用者を『お客さん』と呼び、「上場するにはあとこれだけグループホームが必要だ」「利益は山分けだ。」などとお金の事ばかり話していた。」と証言する。

私は2012年にグループホームの経営を始められた当初は素晴らしい志があったと思います。もしそうでは無くて単に金儲けの手段として始められたとしたらあまりにも『福祉』を蔑ろにしていると言わざるを得ない。私が児童施設にいた頃にスウェーデンのいわゆる『監査』は書類など一切見ないで1週間監査官が泊まり込んで職員の対応を見て行くとの話を聞きました。書類上は完璧でも実態が伴っていなければ意味がない、正にその様な事例だと思います。

困っている人たちを食いものにするのが福祉ではない。「全ての人が幸せになるのが『福祉』だと思います。この様なブラック企業が大手を振って福祉事業が出くる状況にあるのは悲しい現実です。どこかで仕組みがおかしくなっているわけですから抜本的改革が行われ誰もが幸せな安心した生活が出来る様になって欲しい。

自愛の心を持って展開する法人での展開が出来る様になる事を祈っています。

4時25分の目覚め時は真っ暗です

令和5年9月23日

本日は秋分の日です。と言う事は太陽が登るのと沈む時間が基本的には同じと言う事で、場所によっての時間差があるにしても、6時に日が登ると言う事は改めて4時25分では真っ暗なのは当たり前か。4時25分に起きてベッド上での体操(ミシミシいわせながら)や洗面等を済ませて、神棚と仏壇の水かえを終えて、5時前から仏間での祈りを終えて、外に出るのがだいたい5時25分前後で 、今朝は何とか薄明かり状態でした。家に帰り着く6時15分頃には日が上っていて、昨日までは家に帰り着くと日の光もあり暑かったのですが、本日はそれほど暑いとは思わなかったので「ようやく秋だな。そう言えば彼岸花が田圃とあぜ道にもニョキニョキと出ていて、真っ赤な花を咲かせていたな。」と思った次第です。

そう言えば、昨日は夜にエアコンを点ける事無く眠る事が出来たな。「このまま快適な気候が続けば最高なんだけれども、四季があるから日本は最高なんだから贅沢は言えんな。」とも思いました。

本日午前中は和合で職員の面談を終え、午後からの社会福祉法人杉和会の理事会が有るので本部に向かおうかと思っていると、施設見学におみえになった方があり、伊藤副施設長は別件での面談をしていたので「すこし話を聞いて伊藤副施設長が対応するまでつなごうか」と理事長室で待っていて名刺をお渡しすると、「理事長さんにお会いするのは25年ぶりですね。」と言われたのでお名前を見て思い出しました。それは私が県PTA副会長(西濃会長)の後を引き継いで頂いた方だったからです。ひとしきりPTA活動時代の話をしてから施設入居の話をして、伊藤副施設長に引継ぎ本部施設に移動しました。

14時からなので会場の確認をしてから昼食を頂き、資料の確認をしていると筆頭理事の岩田先生がおみえになったので、打ち合わせをしていると順次理事・監事の方がおみえになり14時の定刻に理事会が始まりました。本来であれば最初に理事長の話をさせて頂くのですが、本日はこの8月に本部施設と和合の施設の体制を変えたので、昇任した施設長並びに副施設長の紹介をしてから挨拶もして貰い、その後理事長としての挨拶をしてから理事長である私が議長を務めて議事進行をしていきました。議事の中で岩田先生から、今年度から借り入れに対する償還を再開しているが順調な経営になっているとの報告を受けましたので、これからも是は是非は非のお金の使い方を徹底して、健全経営をしていきたいと改めて思った次第です。

メンテの部分でいくつかの予算計上も承認頂き、最後に将来への布石の為に岐阜県介護ロボット導入事業補助金を受けて業務の省力化をしていく事も承認頂きました。理事会を終え改めて3施設がしっかりスクラムを組み、頑張って行かなければと思った次第です。

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お食い初めの報告

令和5年9月22日

17時15分に家を出て食事会場に着きました。「夕方から雨が降る」との予報でしたが、雨が落ちてくる事もなく会場に入りました。予約が少なかった為か広い部屋に案内され、5分程待っていると次男夫婦が部屋に入ってきて、本日の主役である孫娘が次男に抱かれて登場。先ずはじいじが孫娘を抱く特権を与えられ私は多分メロメロ、クシャクシャの顔をして抱きました。次男が「7キロを超えた」と言うと我が奥様『かをり様』が「前に飼っていた猫が7キロだった。」と言った時には「おいおい、大切な孫娘を猫と一緒にするなよ」と思いながらも「奥様も舞い上がっているな。」と思った次第です。

しばらくは機嫌よく抱かれていたのですが、抱き方がいつもと違う為か口が「への字」になったので慌てて孫娘を次男に渡してしまいました。その後、食事が出て来たので先ずは主役の孫娘に祝善が来ていたので食べる真似事をする為にじいじである私が箸に食べ物を乗せて孫娘の口元に持っていきました。勿論食べる事は出来ないのですが「元気に食べれる様になりますように」との願いを込めて何種類かの品物を口元に運びました。最後に海老の蒸し物を形のまま口に持っていくと流石にまたまた口を「への字」にして泣く寸前になってしまいました。

「泣く子は代官より怖いとはよく言ったものだ」(そんな諺がありましたっけ・・・)と改めて思った次第です。儀式を終えて改めてそれぞれの椅子に着き孫娘を次男が抱きかかえながら乾杯をしました。私だけが熱燗を頂きあとの参加者は烏龍茶での乾杯をしました。最初は機嫌よく次男の膝に抱かれていたのですが、食事が取れないので布団を用意して貰い寝かせたのですが布団の上で足をバタバタとさせたり、そのうちに寝が入りを打ったのには感動でした。

だってまだ生後4か月ですから。今回は孫娘のお食い初めと言う事で主役の孫娘は食べれない中ではありましたが私は一人だけ熱燗を頂きながら「これから孫娘の為に何回食事会を開く事ができるのか」と考えていました。食事中に凄い雷がなり雨脚も強かったのですが20時にお食い初めと言う名の食事会を終了した時には雨も止んでいたので「有難いな」と思いつつ家路に着きました。今は色んな意味で大変な状況はありますが孫娘の顔を見ていると癒されるのでこれからも頑張って仕事をしていきたいと思った次第です。

本日も本部施設に法人顧問の烏野猛先生が来られるとの事だったので6時50分に本部施設に行き、30分程話をしてから和合の施設に行き、11時20分(約束の時間は11時だったのですが)には岩田税理士事務所で明日の法人理事会の打ち合わせをさせて頂き、打ち合わせ終了後はリモート会議ではありましたが岐阜県高齢福祉課主催の「岐阜県外国人介護人材対策協議会」と言う事で本日も会っという間に一日が過ぎてしまいましたが有意義な時間でした。

本日は久しぶりに朝寝をしました。

令和5年9月21日

昨日は19時30分から岐阜県主催の「感染症対策会議」があり、家に帰ったのが遅くていつもとは違う生活の流れになった為か、それとも疲れ過ぎた為なのかはわかりませんが、なかなか寝付けなくて、しかも眠りが浅かったので確かに4時20分には目が覚めたのですが「本日は午後からの本部施設の本館でのお参りがあるし、このまま起きて夕食時の孫娘の「お食い初め」に挑んだら、体調が今一な状態になり楽しめない。」と自分よがりな考えに基づき朝寝を決め込んで、今も(6時30分)ベッドの上なのです。本当に久しぶりの朝寝でしたが(6時30分の段階で朝寝と言うのかどうかわかりませんが)、4時20分の時の体の怠さは消えています。

だから、7時に朝食を頂き、7時30分に家を出て和合に行き、朝の申し送りとフロアで入居者さんにご挨拶をしてから、和(なごみ)に移動して、10時からの入居者さんとご一緒のお参りと、職員との全体会議に参加して、昼食を取りつつ吉澤施設長との打ち合わせをして、本部施設に移動してのお参りで、導師を勤めさせて頂く事になっています。その後は昨日の本部施設の事業戦略会議に諸般の事情で出席出来なかったのでその報告を聞きながら打ち合わせをして、本日はブライベートな事ですが夕食時に孫娘の「お食い初め」をする事になっています。お食い初めとは言え、孫娘がムシャムシャと料理を食べるわけでは無くて、孫娘が元気な食生活が出来る事を祈って大人が食事をすると言うイベントなのですが、そんなことより、久しぶりに成長した孫娘に会えるのが嬉しいだけです。「じいじ」である私は何もしてあげれ無いのですが、嬉しい限りです。(ここまでは朝寝を決め込んで打ちました。)

朝食時の事です。いつもは朝ごはんが美味しくて美味しくて「今日も一日絶好調」」とばかりの毎日でしたが、本日は朝食のご飯の進みがいつもの様ではないのです。「今日はいつもの様な食欲がないな」と独り言の様につぶやいたら、私の奥様「かをりさん」がさり気無くシビアに「朝のお墓参りがなかったから」と言われて一瞬「イラッ」としたのですが、変に説得力のある言葉だったので納得してしまい、「明日から再び頑張るぞ」と思った次第です。

7時30分に家を出て和合に行き、10時からの和(なごみ)の施設でのお経とカラオケをさせて頂いてからの全体会を終え、昼食を頂きながらの打ち合わせをして本部施設に行き、13時30分からの本館1階でお経とカラオケをして2階に上がり、お経を終えカラオケタイムになって歌いだすと、文字通りの看取りの入居者さんが私の歌が聞こえたら「最後になるかもしれんので聞きに行きたい。」と言われてカラオケ会場にみえて、素晴らしい笑顔を頂いたので私はヒートアップして歌いました。正直こんな嬉しい事はないです。リピーターの皆さん私の気持ちを理解して頂けますか。勿論ツーショット写真を撮って頂きました。

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