2022年09月の記事一覧

『堂々と生きる 自分に嘘をつかぬこと』

令和4年9月10日

朝の妙応寺の本堂の大谷徹弉師の日めくりカレンダーの言葉です。その言葉を見た瞬間に自分の生き方は家族や回りの方々に迷惑や心配をかけながらも、自分のしたいことをさせて頂く幸福に恵まれている事に改めて感謝です。

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確かに自分のやりたいことを貫き通す為に胃に穴が開くのでは無いかと思うような状況は何度かあったはずなのに、その都度大変さを切り抜けて今があるとしみじみ思っています。確かに今も昨年4月に事業開始した盲養護老人ホーム優・悠・邑    和(なごみ)の稼動が思うに任せず大変な状況はあるものの、職員さん達はその事をよく理解してくれているので、入居者さんの笑顔にはいつも救われながら今に至っています。勿論、最近にも帯状疱疹で痛い思いをしたり、無呼吸症候群でシーパッブと言う機械を夜は装着しなければいけなかったり、ステージ2の癌が見つかり12月から放射線治療をしなければいけないと言う事で考え方によっては『悲惨な状況』と言う事になるのかも知れませんが、お酒も食事も美味しいし、朝のお墓参りとウォーキングも元気に行けているのだから自分としては現代の医療を信じながらではありますが、健康な毎日だと思っているのです。

さて、本日は仲秋の名月の日だとの事です。午前中は関ヶ原診療所で血液検査をしていただいての健康管理をしっかりとして、昼からは仲秋の名月を入居者さんに楽しんで頂く為にすすきと萩を取りに行き、里芋と団子を手配して皆さんと楽しみたいと考えています。毎日毎日与えられる使命があるのは本当に有り難い事だと思っています。(受診を終えて帰って来てからの報告です。)

血液検査の結果はお酒もこのコロナ禍でここ2年は飲みに行ってなくて、せいぜい我が家で週に2回程度缶ビール500ミリリットルを1缶あける程度で、我が家の食事を頂いているだけなんで当然ながら血液検査は良い数字が出ると思っていたのですが、肝臓の数値が悪いので主治医の先生から「家で美味しいものばかり食べているのと違うの」と言われたので「若山家の食事は決して贅沢なものではありません。」と言うと「どうして悪いのかなあ」と言われたので「考えられるとすると、先般患った帯状疱疹の治療として1週間飲み切りの薬を飲んでいた時にきつかったんで、そのせいかも知れません。」と言うと「様子をみましょう。」と言われて次回の予約をして清算を終えてから施設に行き事務所に入るなり開口一番「今日は中秋の名月だからすすきと萩を確保しに午後に行くぞ」と言うと、副施設長が私を交流スペースまで案内してくれて「吉田部長がこの様に飾ってくれたのを各フロアにしてあります。」との報告に「先を越された。」と思うと共に『日本の情緒や風流がわかる職員がいてくれた。』と本当に嬉しくなりました。

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先程も、本日からショートステイを開始された帰宅願望のある利用者さんが事務所に入ってみえたので「今日は中秋の名月で天気も良さそうなので、一緒にお月さんをみましょ。そう言えば職員が飾りをしてくれているので一緒に見に行きましょう。」と言って案内すると非常に喜ばれ、飾ってあった造花の葉っぱが落ちていたのを直して頂いたので、お月さんより先に お供えをしたお餅の様な小さなお菓子をお渡しして食べて頂くと帰宅願望は消えて「いつも迷惑かけてすいません。」と言われて居室の方に行かれました。

リピーターの皆さん。私の出来る事はこんな事なのですがこれも多職種連携の一つだと思っています。当施設では急変時で無い限り「ゆったりと時間が流れています。だから一度施設にお立ち寄り下さい。」と言いたいところですがコロナ禍ですので今はその様には言えませんが、コロナが普通の風邪の様になったら是非お立ち寄り下さい。

 

『人間は一生 難しい年頃』

令和4年9月9日

大谷徹弉師の日めくりカレンダーの本日の言葉です。この言葉からは「生まれてから死ぬまで試練があると言う事。」だと思いました。

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確かに私の人生は正にその通りだと思っています。小さい時は病弱で大変だったし、高校時代は生徒会活動の火中の栗を拾いながら必死だったし、大学時代は学生会活動で退学寸前までの状況があったり、教員時代は自分が学生時代に勉強をしてこなかった為に大変な思いをしたし、児童養護施設では世間知らずの私に徹底的に世間の常識を厳しく教えて頂きながら(時には理不尽に思った事もありましたが)子ども達の低学力との戦いを・・・。(充実した日々に今では感謝していますが)38歳で無鉄砲にも「在宅の子ども達の個別指導がしたい。」と言う事で生活基盤の確証も無い中で児童養護施設を退職したのも、尚且つその流れの中で、40歳を過ぎてから何の知識も資産も無い中で社会福祉法人の設立と特別養護老人ホームの建設を成し遂げ、必死に特別養護老人ホームの運営を25年してきたのも試練の連続で正に『難しい年頃』の日々だったと思います。

勿論今も盲養護老人ホームの経営に厳しさを感じながらの毎日ですが、だからこそ「生きてる」と言う感じです。と言う事は静慈圓前官大僧正の言葉『平安之福』とは真逆の生き方の様にも思えますが、何とか頑張れているので『平安之福』だと思っています。本日は9時30分から全国老人福祉施設協議会のデイサービス部会の会議が12時まで行われました。デイサービス事業の中で今最も大切な話題は総合支援事業に要介護1・2が組み入れられる事が財政審議会の中で検討されていると言う事です。既に財政審議会では4年越しに検討されてきた事でいよいよ、介護給付費部会の中でも検討される流れがあり、仮に要介護1・2が総合支援事業に組み込まれる事になるとデイサービスの事業経営が益々厳しくなる状況があり、デイサービス事業を廃業するところが多く出て来た時に利用者に迷惑を掛ける懸念がある事のないような状況を作って行かなければいけないので部会のメンバーからは熱気ある意見が多く出てきました。

私もデイサービス部会担当副会長として、常任理事会や制度政策検討会議で状況をしっかり説明させて貰い、介護給付費会議委員の担当副会長とも連携を取り会員施設にとってメリットとなる流れを示していきたいと意を強くした次第です。その為には私自身だしっかりと制度を理解して行かなければならないと思っています。話はガラッと変わって、朝のお参り兼ウォーキングは家を出た時は雨は降っていなかったのですが、幸福地蔵菩薩様のでお参りしている頃から降り出して本堂でお経を唱えている時にはからり降って来たので、本堂前の傘立てにあったビニール傘を借りて今須稲荷様、3仏様、関ケ原与一の墓、六地蔵様と若山家他4軒のお墓にお参りして(その途中で関ケ原与一の墓、と若山家のお墓でカエルの写真を撮りましたが)本堂に戻りビニール傘をお返しして家に帰ったのですが、小降りになっていて直ぐにシャワーを浴びたので大丈夫でした。リピーターの皆さん「宏くんも丈夫くなった」と自画自賛です。

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認定こども園の理事長に怒り

岐阜新聞の記事を読んで怒りは増幅しましたので、具体的に私のコメントを述べて行く事にします。先ずは大きな見出しで『四つのミス重なる』が踊っていたので、私は「四つの内の一つでも出来ていれば尊い3歳の園児は苦しい中で亡くなる事はなかったのに。」と言う事です。四つのミスとは、①『バス運航時』・・・乗降時の不備があった。②『園到着時』・・・取り残された園児がいないか2人以上で社内を確認しなかった。③『園内』・・・規定の時刻より早く登園管理システムの画面を確認した。④『教室』・・・女児の不在を把握していたが、保護者に連絡しなかった。そして法人の責任者である理事長は運転手が欠勤したので急遽理事長本人が運転したが結果として「(車内点検などに)不慣れだった。」との釈明に対して言葉を選ばずに言うならば「理事長自身が運転すると決めた段階で模範的な業務をこなすのは当然なのに不慣れだったと言う言葉が出てくる事自体に違和感を持ちました。」だって当然でしょ。理事長は職員に指示・指導をする立場であるので、理事長自身が運転を担うと決めた段階で日頃の模範となるような対応をしなければいけないと思いますし、もし、分からない事があるのであれば、謙虚に職員に聞いて対応する必要があると考えます。私も時には送迎時の運転をする事がありますが、添乗者は業務の事を良く知っている職員にして貰います。そして自分が出来る事を精一杯行う事に徹します。具体的な状況を記載してある所に『車内から空になった千奈ちゃんの水筒が見つかっており、気温が上がった車中で飲料を飲み干した可能性がある。千奈ちゃんは発見時、上半身に服を着ていなかった。』との記載には胸を掻きむしられるような気持になると共にテレビでの理事長の話の中で何度か「73歳で・・・。」との事だったが、同情を買う様な発言には完全なる違和感を持たざるを得ない。また、辞意を表明されたようだがその前にすべき事が山積していると思うのはリピーターの皆さんは、どの様に思われますか。また、担任の先生は『無断欠席と思い込む』との判断をされたのはどの様な背景があるのだろうかと悩んでしまします。考えられるのは『無断欠席』が常態化していて担任の先生が「いつもの事だから。」と言う判断をしてしまう状況があったのだろうか。それとも、1本の電話をする事も出来ないほど業務に追われていたのだろうか。もしそうだったとしてもクラス補助の職員との連携があれば・・・。「う~ん。どう考えても、この認定こども園の職員の連携不足は目を覆いたくなる。」理事長の「運転の後に病院に行く予定があった。との話にしても「だからどうだと言うのですか。」と言いたくなる。自分を正当化したり、同情を買うような事を言って千奈ちゃんは生き返るのですか。まだまだ何10年と生きれる命を閉ざしてしまったのですよ。千奈ちゃんの恐怖、親の無念さが理解出来ているのですか。本日の大谷徹奘師の日めくりカレンダーには『あなたの笑顔が わたしのしあわせ』とありましたが、千奈ちゃんの笑顔を二度と見る事が出来なくなった親の無念さは計り知れないものがあると思います。思いのままに書きましたがリピーターの皆さんと一緒に千奈ちゃんのご冥福を祈るしかない様に思うと共に私も社会福祉法人杉和会の理事長として更に気を引き締めた対応をしていきますので今後共よろしくお願いいたします。

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静岡県の認定こども園についての私見

令和4年9月7日

昨年に起きた福岡県での痛ましい出来事が生かされなかった事に先ずは腹立たしさを感じました。そして、今回の場合は私と同じように理事長兼施設長の立場の方だけに苛立たしさが増幅しています。私は常日頃職員に対して「失敗とか事故は絶対に起きないとは言いきれない。ただし、同じ間違いを起こさない対応に徹する事で、より良い対応にして欲しい。」と言っています。特に大きな事故が起きた時に、中小の失敗や事故が多く顕在していると考えられるので徹底的な見直しが求められると思います。(お陰さまで、ここ何年かは起きていません。)あのような事件が自分の施設で起きていなくても、『他山の石』としての振り返りは必要だと考えています。

今朝の新聞記事には亡くなった園児の「水筒の中身は空だった。」と書いてあったのを読み、その園児がどんな思いで通園バスの中にいたかと考えると想像を絶する思いになりました。これはテレビ報道での話として「車内の確認は添乗者の仕事なので私は確認していない。」的なニュアンスの事を理事長さんが供述の中での事として報道されていると聞いた時には「運転をされていた理事長さんは何を考えているのか。」と怒りの様なものを覚えました。私は常日頃から『他職種連係の大切さ』を噛んで含んだように職員に話しています。それと共に「マニュアルは基本的にしなければいけない事が書いてあるので、最低限の行為であり、いつもとは違う何かが起きた時にはマニュアルを基本としながらも臨機応変な対応が求められる。ただし、臨機応変な対応をするには色んな経験なしには出来ないので、経験の浅い職員は上席者に確認をとってから行うように。」と言ってます。

新聞報道では『園児が登園した時にパソコンに入力するシステムになっていたが、今回の場合は6人の登園を同時に行って園内にいる形で5時間が経過した。』との記述には、『やればよい的』な対応がなされていた事に怒りを覚えると共に「5時間もの間に園児がいないことに気が付かないのはどんな体制なのか。」と、この事には怒る気力すら無くしてしまいます。このこども園の規模は分かりませんし、1クラス当たりの人数も分かりませんが登園した時、昼食時等々にいない園児がいないかの把握も出来ないほど保育士の方がすべき事は繁雑なのでしょうか。また、理事長さんは運転手の欠勤に対する対応をされたと言う事で一見『同情すべきでは。』と言う考え方があるようですが私はそんな風には決して思いません。理事長であっても、運転業務を担うのであれば、車の中での責任者としての役割を担うべきです。「添乗者がすべき事であってましてや理事長がやるべき事ではない。」と言う事ではないし、ましてや「私は理事長であり、やむ無く運転をしてやってるんだから、あとの事はしっかりやって下さい。」では話にならない。勿論、運転をされた理事長さんもそんな考えではないと思います。ただし、「運転を終えた後に余程の用件があったんだろう。」との事は想像出来るが、だとしても『役割をおろそかにして良い。』と言う事にはならない。その場は「手を抜いて楽が出来たと思える事も、しっかり出来てない事によって余計に時間がかかる事になる。」と言う事を肝に命じている事が大切だと考えています。「あのとき、しっかりとしておいたらこんな結果にはならなかった。」では、済まされない。

リピーターの皆さん、当法人では職場に入ってから職員は緊張感とスキルアップに努め入居者さんの笑顔を醸し出せる様に多職種連携をより密にして頑張って行きますので今後ともよろしくお願いいたします。そして本日の大谷徹奘師の日めくりカレンダーには『いかなる時のも 自分は思う 今が一番 大事な時だ あせるな』を常に大切にした生き方をしていきます。

9月7日

蝋燭の不思議は若山宏家の繁栄

朝の仏間でのお参りで「蝋燭がもう少しで燃え尽きる。」と思って「最後まで見届けてからお墓参り兼ウォーキングに行こう。」と考えて蝋燭を見ながら「諸障退散」「七難消滅」と一生懸命に念じていたのですが、これが予想をはるかに上回る長さでしかも、最後の燃え尽きるところでは凄く高く火が上がり、若宮八幡大神樣から「根性出さんかい」と叱咤激励をされているようで蝋燭の火を見ながら涙が溢れてきました。若宮八幡大神樣の後に仏壇に移ったらこれまた蝋燭の火が終わろうとしているのでこちらでも蝋燭の火が終わるのを見続けました。このような行為は「藁をもすがる」思い中からの行為とリピーターの皆さん笑わないで下さい。私は真剣なんですから。いつもは5時25分には家を出るのが5時40分だったので、金剛杖を殆どつかないで早歩きで歩きました。歩きながら思い出したのは「こう言う歩き方は四国歩き団参の時に何か急いでやらなければいけない時によくしたな。」と思い出しました。ただし、凄く有り難い事がありました。それは、本堂に入らせて頂いた時に線香立てを確認したら「ついさっき点けました。」と言う感じだったのです。まさかとは思いますが方丈樣は私がいつもより15分遅れで来るのを見抜かれていたのか。それとも、2度目を点けて頂いたのか。何れにしても有り難かったです。この様な事を有り難いと思える自分に幸せを感じています。本堂と今須稲荷と3仏堂(観音様をご本尊にして、不動明王様と毘沙門天様を両脇に従えたお堂)でのお参りを終えて、関ケ原与一の墓での祈りをした後で、墓仕舞の所のお墓にカエルが「私の部屋」と言わんばかりに上手にゆったりしていたので思わず写真を撮りました。そして我が家のお墓に行き湯飲みの水を替えてかつての入居者さんのお墓に行くとこれまたカエルが「私の部屋」と言わんばかりに収まっていたのでこれまた写真に収めました。確かにお墓の字の中に入っていれば蛇に襲われる事も無いので「賢い奴だ」と思った次第です。そう言えば本日の大谷徹奘師の日めくりカレンダーの言葉は『どんな 自分 育てて ますか』と書いてありましたので改めて私はどの方向に向かっているのかを考えてみました。私の生き方は常に一生懸命の中から救世主の様な支援をして頂ける強力な方が現れたり、施設事業開始しての2年間は資金に余裕がない中での措置の時代で経営自体が厳しい状況に置かれていた中『介護保険』と言う『神風』が吹き厳しい状況を切り抜けた時代もありました。今回、措置は厳しい事を理解しながらも盲養護老人ホーム優・悠・邑 和(なごみ)を事業開始したのは、「岐阜県の盲養護老人ホーム対象者が他県に行かなければいけない状況をなくしたい。」との思いと「いずれ後天的な対象者が増えてくる。」との思いから建設したものです。今回も『神風』を期待している訳ではなく、『私への試練』を頑張って乗り越えて全ての方々が幸せな暮らし、安心した日々の生活が出来る様にしたい。との思いを大谷徹奘師の言葉によって意を強くした次第です。リピーターの皆さん、まだまだ私は未熟者ですので『ぶれる』事もあると思いますので、これからも咤激励と共にご支援よろしくお願いいたします。

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頑張れたのは2時間だけでした・・・。

令和4年9月5日

昨日はお昼を施設で頂いてから、前日は他所の田圃のつるを必死に取り除き我が家の田圃で無いことに気が付きモチベーションを下げたのですが「前日のリベンジ」と言う事で草刈り機と燃料と磨ぎ石でしっかり磨いた鎌とペットボトルのお茶とポカリを車に積んで勇んで田圃に行きました。どうして、田圃の草刈りに拘るかと言うのは、稲刈りが盛んに行われていて、我が家の田圃だけ、全く草を刈ってないとなると迷惑をお掛けする事になると『今須の流儀』で分かっているからです。勇んで我が家の田圃に行くと、我が家の隣の田圃を稲刈りをされているのが分かり「配慮が遅れた。」と思いつつ「謝りに行くにしても、一生懸命に作業をされているのを邪魔するのは得策ではないな。」と考えて我が家の田圃の草刈りから始めました。開始して直ぐに理解したのは「あまりに草が伸びすぎていて、これはとても私の手には負えない。」と言う事でした。

と言うのは田圃の下の方から2メートル位の幅で草刈り機で刈りだしたのですが、東から西に刈って行き、西まで刈ってからよ~く考えたのは、「とても全部刈るのは無理だ。」との結論でした。リピーターの皆さんの中には「結論を出すのが早すぎ」と思われた方が多くみえたと思います。確かにその通りなのですが、最近は殆ど草刈り機を持っての作業をした事が無く、自分の体力と明日からの対応を考えたら最低限すべき事を考えるのは『良き配慮』だと思います。そこで私は『最低限すべき事』を瞬時に考えました。それは、他所の方にご迷惑を掛けない事と作業をされている方への話の持って行き方です。一つ目の課題は「最低限道の所は本日作業をしてしまう。」であり、二つ目の課題は「とにかくご迷惑を掛けている事を謝ると共に週明けには草刈り作業を依頼して綺麗にする。」との結論でした。その結論を得て道の草刈りに専念しつつ隣の田圃の稲刈り作業をされている方に話をするタイミングを計っていました。そして、そのタイミングとなり、勇気を持って話をしに近づき挨拶をすると何のことはありません。

朝のお参りの時に何度か親しく話をさせて頂いていた同級生だったのです。その事が分った瞬間に話す内容を変える事にしました。それは、「今回、道の部分は頑張って刈りますが、迷惑でなかったら草の管理をお願い出来ませんか。」と話をしました。すると「稲刈りが始まって30丁歩を任されているので、その作業が終わってからさせて貰う。」と言って頂けたので地元対策は一件落着。但し、道の草刈りはまだまだなので頑張りました。結局、鹿除けのフェンスのつるまでの作業が終了したのが15時と言う事で「草刈り作業の私の限界は2時間位なのだ。」と自嘲気味に思った次第です。しかしながら、自分の限界と次の日を睨んでの判断は正しかったと思っています。但し、作業を終えて帰る前に再び挨拶に行き話しをしていて「2時間頑張る体力があるのは大したものだ。」と言われたのには複雑な思いになりました。しかしながらリピーターの皆さん、ものは考えようだと思います。彼の仕事は会社勤務を早くに辞めて枝打ちの仕事をしているのですから外仕事はお手の物ですよね。私は一日中話をする仕事があったらきっと出来ますよ・・・。と強がりを言ってます。

 

笑えない話をします

令和4年9月4日

昨日の話です。施設に行く通りでは既に稲刈りを終えている田圃がちらほらあるのですが、我が家の田圃は管理して頂いていた方が亡くなられてから、年に3回草刈りをしていただくのみだったので、「何もしないのは勿体無い。」と草を刈って頂いている方が「実のなる木を植えるのなら大丈夫。」と言って栗や柿の木を植えて頂いていたのですが、その方も「足の手術をして自分の家の持ち物だけで精一杯」と言われて今年は草刈りをして頂いて無いことが気になり、墓参りのついでに我が家の田圃を見に行くと草はさほど伸びてなくて、川縁の鹿よけのフェンスにつるが延び放題になっているのを確認したので、講演資料ができて、コラムも書けた16時過ぎに施設の鎌を借りて勇んで田圃に行き、フェンスにしっかり絡み付いたつるになった草を一生懸命に切り取りました。

半分くらい出来た時に正直止めたい気分になったのですが、「いやいや頑張ってやらなければ。」と思い最後までやり遂げてからしみじみと我が家の田圃を見るとせっかく植えて頂いた果樹の木が一本もないのに気が付き(もっと早くに気が付けよと言う感じですが)「おかしいな。ひょっとすると我が家の田圃はもう1枚上だったかな」と思い上の田圃を確認に行くと私の背丈ほどの草が生えた中に、それ以上に高く育った果樹の木を見付ける事が出来て私は愕然としました。そりゃそうですよね。珍しく一生懸命に頑張ったのは私の家の田圃でなかったんですから・・・。本当に笑えない話っすよね。しかしながら、1年ぶりくらいに行った田圃を間違えるとは情けない。いかに私が田圃に執着していないかと言う事ですよね。(と言う事は私が大学時代に植林をした私の家の山には本部施設の本館が工事をしている時に持山に電力会社から補償金を頂いて(確か60万円だったと思いますが)施設の建設の為に土地を提供して頂いた方に枝打ちをして頂く為に山へ案内したきり行ってないので、我が家の山もきっとわからないな・・・。)他所の家の田圃を一生懸命に作業していたとわかった瞬間に力が抜けてしまいましたがものは考えようです。

果樹は一本もないと思っていたのが背丈ほどの草よりも高く育っていたので・・・。昔から言うでしょ。「桃栗3年柿8年」と言う事は「そろそろ収穫を楽しめるかも」と言う事で。不思議なもので青果物が採れるとなると嬉しい限りです。草を刈って(背丈ほどもあるので大変ですが)果樹の実がなっていたら嬉しいです。リピーターの皆さん。笑えない話にお付き合い頂きましてありがとうございました。(実は今までに書いたのはあまりに笑えたねただったので、昨日の内に一気に書いたもので、以下からが本日です。)

昨日書いた本日のコラムを(ややこしくてすみません。)読み直していて、私は随分前に見た『猿の惑星』の映画を思い出しました。リピーターの皆さんの中にも多くの方が見られたと思うのですが、猿の惑星は全く違う星にたどり着いたと思っていた宇宙船の乗組員が征服者である猿に追いかけられている時に放置された星条旗を見付けて「この星は地球だった。」と唖然となったジーンを思い出しました。私の体験はそんな大袈裟なものではありませんが。話題を替えます。

お墓参りに行くとき妙応寺の山門を方丈樣が正に開けられるタイミングだったので、私は方丈樣に見付からないように走って山門から離れてお墓に先に行く事にしました。(四国遍路逆打ちの要領です。)一気に我が家のお墓に行くつもりでいたのですが六地蔵様が「先に寄りなさい。」と言われている様に思えたので六地蔵様からのお参りにしました。正直8か所の所に水を手向けなければいけないのに逆打ち出の水の配分が分らなくて、及川さんのお墓の水を節約してスルーをしようとした瞬間にまたまたカエルの様に倒れてしまいました。草に滑ったのかも知れませんが前回とは違いコンクリ―ではなく草の上だったので手足は汚れましたが大した怪我は無かったのですが、及川さんが罰を与えられたとは考えにくいのですが及川さんのお墓にはたっぷりと水を手向けた次第です・・・。逆打ちで歩くと全く違う世界を見る様でした。

最後に本堂のお参りをしたのですが「流石は方丈様」私が逆打ちを理解されたように線香立ての線香は付けて直ぐの様な状態だったのには舌を巻く思いでした。今は12時45分でコラムを打ち終えるのですが、田圃の収穫をあちらこちらでされているので、背丈ほどになっている草の退治をこれから頑張ります。「だって、周りの田圃の所有者に迷惑掛けてはいけないし、人任せでは駄目だから・・・。」と言う事でリピーターの皆さん久しぶりに草刈り機で格闘してきます。

『自分 自分 自分 だよ』に悩んでいます

令和4年9月3日

朝のお墓参り兼ウォーキングで妙応寺の本堂に入りいつものように大谷撤奘師の日めくりカレンダーを3日にすると『自分    自分    自分    だよ』とあり、この言葉の意味をどのように理解して良いのか悩んでいます。「う~ん。悩めば悩むほどわからなくなる。」と言う事で私は居直った考え方をすることにしました。つまり、「これは自由解答で良いんだ。」と。そして私の結論は『自分で決めた事は、自分の意思で、自分で解決する。』との結論に至りました。

今置かれている厳しい状況を作ったのは誰のせいでもない。自分なんだから、自分で刈り取らなければ。自らが選んだ道に対して恨み言を言っても何の解決にもならないし・・・。何で朝からこんな話になるかと言うと、昨夜の私の夢の中に生母秋江さんが出てきたのです。その夢は何の脈絡もなく、私は秋江さんに「頑張っても出来んことがあるんや」と喚きながら泣いていたのです。思い当たる事はありますが、だからと言って私が13歳の時に他界した秋江さんが夢に出て来て私が必死に訴える等と言う事は少なくても、母秋江さんが生きていた時のやり取りでは皆無なので不思議です。

いやいや、私が56年の生き様の中で成長したと言う事でしょうか。夢の中ではわめいていましたが、今はしっかり前を向いてるから大丈夫なのに秋江さんが出てきたのは『あいからわずの、甘やかし』ですかね。実は本日は久しぶりに集中して9月16日に岐阜県商工労働部主催による『障がい者雇用推進セミナー』での講演を依頼されているのでその為のレジメを作成しました。当法人では人材確保と育成に力を入れてきたと自負していますが、今回の様な機会を頂いたのでフィールドバックをしながらまとめて行くと「障害者雇用のみならず色んな事を実践してきたな。と言う事は色んな事に頑張って来たんだ。」と自分を褒めたい気分の中でレジメをまとめました。

具体的に言うならば、『人材確保が厳しくなる。』と言われ出してた2007年には事業所内保育所と1Kのアパートを4部屋つくり、その後も2010年にEPAによるインドネシア介護福祉士候補生が4人来ると言うので8部屋を新築して、アパートへの需要が増えて来たので2015年にも8部屋を新築しました。事業所内保育所を計画したのは結婚や子育ての為に退職するのはいかにも勿体ないとの発想でしたし、外国人介護職員の導入の為にもアパートの新築は必然でした。

しかも、法人の持ち物であるアパートですから敷金・礼金も必要なく働いた給料のなかからの支払いで良いと言う事で派生的に需要が増えた次第です。この事も一生懸命の中から出て来た事なので、今抱えている問題も一生懸命の中から解決すると信じています。リピーターの皆さんの中には「甘い考え方」とのご指摘もあるかも知れませんが私は一生懸命の中で頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします。

夜中の雷は凄かったです。

昨日も岐阜県福祉会館に行く折に車を運転中に雷と共にどしゃ降りの雨が降りましたが、昼間であった為かさほど『凄まじい』との恐怖感は有りませんでしたが、昨夜の雷は長い時間で、しかも深夜の静寂な時間だったので、うつらうつらしながらも「凄まじい雷の音だな。流石の私も目が覚めたわい。」と思った次第です。そんな状況の中でも、いつものように4時25分のアラームで起きて仏間のお参りをした後で玄関を出た時には雨は降ってなくてしっかりと歩く事が出来ました。本日は昨日購入したお花を持って行ったのですが、ペットボトルの水は背中のリュックサックに収まっているので右手に金剛杖、左手に6つの花束を持って歩いたのですが楽勝でした。さて、夜中の雷が凄まじかったので、浅い眠りの中で、「しっかり眠れないなら時間が勿体ないので『障害者雇用推進セミナー』の内容の検討をしよう。」と考えてうつらうつらしながら1時間位考えていました。施設に着いたら一気に資料をまとめたいと考えています。勿論、半分寝ながらの考えなので実際にパソコンの画面を開けると大きく内容が変わる事もあると考えています。半分寝ながら考えていた時は「素晴らしい考えだ。」と思っていたのですが、実際にはなかなか考えがまとまりません。「まとまらないのなら、先ずは資料の整理をしてから流れを作ろう。」と言う事で本日は資料集めをのみにして流れについては明日じっくり考えて作成をして5日の日に岐阜県老人福祉施設協議会の常任理事会の会議終了後に、当法人のパンフレットと共に商工労働部に届けたいと考えています。本日午後からは諸般の事情で本館2階のみ実行されていない『夏祭りイベント』が実施されるので、今は夏祭りイベント参加の為のモチベーションを上げていきたいと考えています。(本館2階の夏祭りイベント情報を以下に報告します。)流石は本館2階は夏祭り男、夏祭り女が多くて始まる前から熱気むんむん。若山宏バージョンのちぎり絵PART2が正面にあったので私も悪乗りをして開会の挨拶から「わっしょいわっしょい」の掛け声だけ元気な歌を職員の踊りの中心で歌わせて頂き、引き続き定番となった北島三郎の『祭り』を歌わせて貰い(繰り返し歌っているから上手くなって当然か)の他に山崎ていじの『おまえしか 愛せない』(入居さんからしっかり「ゴー ゴー ひろし」の掛け声を頂きました。)その後催し物の時間調整の為に鳥羽一郎さんの『兄弟船』も歌わせて貰いました。(時間調整だろうが何だろうが場を盛り上げる為ならやりますよ・・・)と言うわけで頑張りました。職員が手作りで「入居者さんに楽しんで頂きたい。」の気持ちが伝わる良いイベントに感謝です。9月は敬老週間もあるのでますますヒートアップしていきますのでリピーターの皆さん、優・悠・邑の情報には目を離さないで下さい。

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『日々決心』の言葉を頂きました。

いつものように歩いていて、幸福地蔵菩薩樣の前掛けは後ろに向いていたので、「ラッキー。今日もしっかり密着しながらの会話が出来る。」と、恐れ多い事ですが思った次第です。(勿論、当然の事ながら密着して会話をさせて頂きました。)本堂に入らせて頂くと線香はしっかり立てて頂いていました。ただし、心なしかいつもより短くなっていましたので、「昨日は点いてなかったので、方丈樣が早くに点けて頂いたのだな。」と思い、改めて深々と方丈樣がおみえになる方向に向かって頭を下げました。そして、本尊樣に手を合わせてから大谷撤奘師の言葉が『日々決心』とあり、「そうなんだ。毎日毎日目標を決めて実践する充実した日々を送らなければいけない。」と思った次第です。そして本日は月始めと言う事もあり、護摩木に願い事を書かせて頂いたのですが、本日の願い事は大谷徹奘師の日めくりカレンダーのお言葉を頂いて『日々決心成就』にしました。その後六地蔵様では、しきび以外の花が枯れていて入れておくのも申し訳がないと考えてリュックサックの中から新聞紙(その為に入れておいたのです。)を取り出し、しきび以外の枯れた花を新聞紙に包んで持って帰る事にしました。そして、六地蔵様に手を合わせながら「本日午後から岐阜県福祉会館で岐阜県高齢福祉課長以下の係長さんと岐阜県老人福祉施設協議会の理事との懇談会があるので、帰りにコメリに行って菊を買って帰り、明日にはお供えさせて頂きます。」とお約束をさせて頂きました。午前中は、ベトナムの女性の方が縫製の技能実習生としての3年を終えて日本に留まる為に特定技能の介護の資格を取得してハローワークを通じて面接を希望してきたので登録支援機関としてお付き合いしている方にベトナム語の通訳が出来る職員にもきて貰い面接をしました。「一生懸命に頑張りたい。」との気持ちが前面に出ていて入国時の借り入れも返済できているとの事だったので採用を前提に健康診断の用紙を渡すと共に登録支援機関の方に手続きの依頼をしました。介護人材については色んなツールに基づいて確保して育てていかなければいけないので、当法人として挑戦する事にしました。面接を終えて、急いで昼食を取り、午後からの会議に出掛けました。午後の懇談会は会長としての挨拶でもさせて頂いたのですが「会長として10年目を迎えて今回初めての懇談会を実施出来たのは本当にありがたい。」と。そして、理事の10人の方それぞれに提案をしてもらい、県高齢福祉課長を中心に答えを頂く形で雰囲気の良い懇談会になりました。懇談会終了後は5日の常任理事会の事前打ち合わせがあり、16時30分に全てを終えて施設に帰る途中にコメリに行ってお花を買い、今は施設で必死にコラムを打ちました。18時30分に地元の方が亡くなられたお悔やみに行かなければいけないのでリピーターの皆さんまだまだ書きたいことが有りますが以上で・・・。

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