2021年09月の記事一覧

盲養護老人ホーム和(なごみ)の施設長の声がいつも以上に弾んでいました

令和3年9月10日

和(なごみ)の吉澤施設長から昨日の夕方に施設へ電話がありました。その声はいつになく弾んでいるように思えたので「どうしたのか」と思って話を聞く事にしました。すると「二人の方の入居が決まりました。」と言うものでした。一人は東京からの措置依頼で前から打診があったのが正式に決まったとの事。(✳措置と言うのは行政が施設長に対して入居を依頼してくる制度で、状況に応じてどこの市区町村からの依頼であっても受ける事が出来る制度です。)もう一人の方は大垣市の方で(西濃地域で一番人口の多い大垣市からの依頼は初めてなので、とても嬉しいです。)行政の方が措置を検討して頂いていたのですが、財産があると言うので措置ではなくて契約の形での入居になると言う事を報告してきました。

かつては、養護老人ホームは措置以外の入居は出来なかったのですが、定員の20%は契約での入居が可能になっての入居です。私は視覚障害者の施設を建設するに当たって「視覚障害と言う大きなハンディキャップが有ることによって仕事に就く事が難しかった事により厳しい生活を余儀無くされていたのであれば、施設に入居されてからの生活はゆったりとしたものにならなければいけない。であれば居室は個室にすべきだ。」との考えに至りました。結果的には契約入居においても個室にしたことはよかったと思います。5月21日に新設施設が事業開始をして80床の定員に対して現在は12人の入居しかなくて吉澤施設長の「何とかしなければいけない。」との思いが、弾んだ声として表れたのだと思います。入居者がなかなか入らないのは制度的な問題も多くあると思いますので、(この問題は和:なごみのみの問題ではありません。)一筋縄に解決はしませんので、辛抱強くやりきるしかないと考えています。

和:なごみの事を書いていると、本部施設本館の事を思い出しました。つまり、平成10年5月18日に入居の受け入れを開始して5月末で入居者は5人、6月末で15人、8月末で25人になり10月3日にようやく50床が満床になった事を思い出しました。そんな状況の中で、措置依頼の連絡を事務所にいた職員が受けると目を輝かして「〇〇市から措置依頼がありました。」と報告があると事務所内に自然と拍手がわき、「よっしゃ」と声を出す者がいたのを思い出しました。措置施設の経営が厳しい事は百も承知していましたが、ここまで厳しいとは思いませんでしたが、だからこそ一人の入居者にも思い入れがわき、しっかりとした御世話が出来るのだと思います。リピーターの皆さん。垂井町に出来た盲養護老人ホーム和のこれからの展開をしっかりと見ていて下さい。

風水害の対応についての検討会議がありました

岐阜県高齢福祉課が主管での、風水害対応の検討会議がリモートで午後1時30分から行われました。この会議は高齢者の事業者団体の代表者と市町の行政担当者と学識経験者が参加して岐阜県高齢福祉課が取りまとめをする形で開催されました。

最初に岐阜県福祉政策部次長さんのご挨拶があり、引き続いて担当責任者から第1回での発言のまとめられたものの説明があり、その後は各事業者団体の代表者からの質問や意見を言う時間になり、最初に私が岐阜県老人福祉施設協議会の代表者として意見を言わせて頂きました。

私は冒頭「50年に1回と言われるような災害が日本の各地で毎年起きている状況があるので、お互いに知恵をだしあいより具体的な実践ができるようにしていきたいと思っています。」と話をしました。また、「国の指導のもと『事業継続化計画』(BCP)の作成が義務付けられたわけですがまだまだ、施設間の連携も行政との連携も具体的には取れていない現状があるので、岐阜県老人福祉施設協議会としても研修や協定作成に力を入れていきたい。」とも話をしました。

その後、岐阜県老健協とグループホーム協会の代表の方も話され、引き続いて市町の担当者からの状況説明があり、取りまとめの意味も含めて岐阜大学の先生二人からの話を聞きました。岐阜大学の先生方の話を聞いて、より具体的な検討に入りました。昔から『備え有れば憂いなし』の言葉通りにより具体的に進めていきたいとは思うのですが、それぞれの事業所がその気になって取り組まないと難しいと思うので岐阜県老人福祉施設協議会の会長として、必要性を理解して貰えるように汗をかきたいし、より具体的な方向性を岐阜大学の先生方の協力や岐阜県の支援も頂きながら進めていきたいと思っています。

リモート会議が終了してメールが何件か送信されていたので確認しているなかで、全国老人福祉施設協議会デイサービス部会長(北海道)からのものがあり確認すると『北海道の特養とデイサービスのエアコン設置状況のアンケート調査結果』の報告書だったのです。このアンケートについては、最近の夏の暑さは北海道でも例外なく暑いのですが、かなりの確率でエアコンが設置されていないことがわかる資料でした。これは本日の風水害の話同様、気候変動による変化によってであることは当然の事ですが、そう言う意味では、気候環境についていけてない状況があると思うのですが、対応の遅れによって大変な事にならないように対応をしていかなければと考えています。この問題については、副会長として国の予算を引き出す為に頑張りたいとも考えています。

リピーターの皆さん。お互いに『備え有れば憂いなし』の為に出来る事を頑張りましょう。

本日、日本弁護士会との懇談会があります。

2021.9.8

日本弁護士会の提案によって本日、『コロナ禍における家族等との面会の対応について』との懇談会が午後にリモートで開催されるので、私は全国老人福祉施設協議会副会長の立場で参加させて頂きます。日本弁護士会からの開催文を読ませて頂き、『面会の禁止は生存権の著しい侵害』と言う事が唱われていました。私も同感です。と言うのも私は法人を設立するに当たって最も大切にしてきたのは『家族力』『地域力』の協力無くしては施設は成り立たない。との考え方を強く持っていたからです。その原点となったのは児童養護施設の指導員になった当時(26歳)施設が地域との隔絶のようなものを痛切に感じて『地域を取り込み子ども達が地域に受け入れて貰える環境を整える事が大切だ。』と考えました。当初は施設の子が一般家庭に招待されてトラブルがあったりしましたが誠意を持って話をさせて貰う中から段々と打ち解けて、施設に地域の子が当たり前のように来てくれるようになり、施設の良さを理解して貰えるようになり『地域と共に歩む施設作り』が少しずつ出来てきた経験があるからです。

生まれ育った『今須の地』で施設の事業開始をした当時、考えてみたら私は地元での貢献度はゼロに等しく『特養』自体の理解もされていない時代背景があり、色々と辛辣な思いもしましたが、そんな時に考えた事は『地域と共に歩むを一歩ずつ実践して行くと言う事が大切だ』と考えました。そんな中で施設開設時から施設見学については丁寧に対応して、お困りの相談には真摯に考え応えていき、ボランティアさんへの対応についても継続出来るようにしていく中から必然的に『家族会』が設立されたり、『認知症カフェ』や『介護者教室』が運営されるようになりました。今では施設行事を地域の方や家族の方と共に展開出来るようにもなりました。

しかしながら、昨年の2月からのコロナ感染症対策の一貫により『家族等の面会』や『ボランティアの導入』『地域を取り込んだ大きなイベント』等が今までのように出来ない現状に忸怩たる思いを抱いているのは事実です。しかしながら、コロナ感染症のリスクを考えた時に今まで通りに実施出来ないのが現実なのです。私自身も岐阜県視覚障害者福祉協議会前会長の清水会長が少し体調を崩されケアハウスに入居されて盲養護老人ホームの建設が具体的になった事の報告が出来なまま亡くなられた事を今でも残念に思っています。ただし、コロナがどのようなものであるかがわからなかった時だったのでやむを得なかったので。と言う事は面会が出来ない辛さは身を持って理解していると言う事です。だから、可能な限り入居者さんと家族等の関係を保てる手立ては講じてきた事も含めて日弁連の役員の方々に誠意を持って話させて頂きました。また、施設によっての温度差が有ることも話をしました。つまり、リスクがあるから何もかもシャットアウトする事をよしとしない事を徹底させていく事と有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅においても理解をして貰える事もしていかなければいけないと言う事を日弁連との会議で感じました。リピーターの皆さん。何でもそうですが気が付いた者が先頭に立って頑張る事が大切だと思うのですが如何思われますか。

朝の日課をこなしながら中1の時の事を何故か思い出してます

令和3年9月7日

中1の6月に不破郡中学体育大会を友達何人かで見に行く約束をして、多分親に内緒で行ったんだと思います。「部活動に行く」とか何とか言って夕方には帰れるから大丈夫と考えて行ったんだと思うのですが、何らかのトラブルがあり遅くなってしまい、我が家では母親秋江さんが大騒ぎをしたのだと思います。結局中体連の応援に行った事がわかり、その当時バスもなくなった時間で近所で仲良くしている方に車を出して貰い迎えに来て頂いたのです。

迎えに来て下さったおばさんが車の中で「お母ちゃんが心配していたのでしっかり謝らなあかんよ」と言われて家に着くなり母親秋江さんから怒られたのですが、多分母親の思考能力は心配が安堵感に変わり完璧におかしくなっていたんだと思うのです。(今だからそのように言えるのですがその当時は当然ながらそんな風には考えられなかったと思いますが)だから、心にもない言葉を言ったのだと思います。

その言葉とは「勝手に出掛ける子はご飯なんか食べんでもいい。」と言ったのです。私はなすすべもなく泣いていたと思うのですが、その時に私にとっての救世主となってくれたのが姉光子さんでした。光子さんは、それまで黙って側にいてくれていたのですが、母親秋江さんのこの言葉には凄い勢いで反発してくれたのです。

その言葉とは「宏が黙って出掛けたのは宏が絶対に悪い。その事は謝ったのに、ご飯なんか食べんでよいと言うのとは関係ない事と違うの」と毅然と言ってくれたのです。姉光子さんはその時18歳で高校を卒業して役場に勤めたばかりの頃です。今考えても凄く逞しい18歳の姉だったと思います。もし、あそこで姉光子さんの発言がなかったら母親秋江さんも父親進さんも落としどころのない状況に結果的に陥ってしまったのではないかと思います。

話を戻しますが私がどうして中体連の応援にバスや電車に乗って行けたのかと言うと学校へお金を持って行った事が発端なのです。と言うのも私は中学に入学して卓球部に入部したのですが、お古のラケットを貰って使っていたのですが自分的には手を握るいわゆるグリップの所が低くて気に入らなかったので友達が新しいのを購入したので譲っても良いと言われていたのでお小遣いを持って学校に行って、ここからの記憶は定かでないのですが何故かそのお金を交通費にしてでかけたのです。結局は「そんなに新しいラケットが欲しがったのなら気に入ったのを買いに連れて行ったる」と言う事でアマアマの結論なのですが、私にとっては滅茶苦茶有り難い存在の姉光子さんだったわけです。因みに本日姉春子さんにその当時の話を覚えているのかを聞いてみたのですが「全く記憶にない。」と言われて、改めて理解したのは、その頃の姉春子さんは私にとっては便りにならない、恐い恐い存在だった事を改めて理解しました。もちろん今はかけ換えのない弟思いの姉春子さんなんですが。

リピーターの皆さん。本日のコラムの私が言いたかった事を理解していただけましたか。

和(なごみ)のお地蔵様の所に賽銭箱が

令和3年9月6日

本日午前中に吉澤施設長との打ち合わせに和(なごみ)に行き、打ち合わせが終わってから、お地蔵様に手を合わせに行くとお地蔵様の傍らに賽銭箱が設置されていたので吃驚しました。尚且つ、お花も綺麗に供えてありました。太陽の光が眩しい中で「多分この位置で良いだろう」位の所でガラケーの携帯で撮ったのですが、それなりに写っていたので掲載させて貰いました。その後、地蔵菩薩のご真言である「おん かーか さん まえい そわか」を3回唱えてからお賽銭箱にお賽銭を入れました。このお賽銭箱に入れて頂いたご厚意については毎年8月23日の地蔵尊祭り(地蔵盆)の時の原資に使わせて頂ければと思っています。

賽銭箱

本日の吉澤施設長との打ち合わせの中でも月1回実施される和(なごみ)の全体会の前に祈りの場である仏間で入居者さんと一緒にお参りをさせて頂く事にして、早速今月は17日に実施する事になりました。今月は敬老週間の一貫で925日には毎年恒例になっている『千巻経』もあります。但し昨年の仏間でのお参りは滋賀信行会の内藤会長と理事長である私の2人のみで入居者さん、利用者さんはリモートでの参加だったのですが今年は滋賀信行会青年会の方にも何人かに参加して頂く予定です。元々私の福祉の原点は四国八十八ヵ所歩き団参なので『祈り』が大きな柱の一つである事は間違いないのです。

具体的に書くと、毎月本部施設がデイサービス、本館1階、本館2階、新館1階、新館2階の5会場で和合と和(なごみ)を入れて7会場で実施されますし、本部施設が6月に和合の施設が7月に供養祭を和(なごみ)では8月に地蔵盆、本部施設では9月に千巻経と皆さんで仏様に手を合わせる企画は沢山あります。これは、『継続は力なり』の証しだと思いますし、色んな方がご理解ご協力をして頂いているからの事と改めて感謝です。

和(なごみ)の施設から帰って来ると本部施設に消防設備の点検の為に業者さんがみえていて、私の顔を見つけると業者さんの責任者の方が「理事長さん、本部施設の次に和合の施設、そして今回和(なごみ)の施設と全部の工事に関わらせて頂いていて、段々と事務所も厨房もゆったりしてきて素晴らしいですね。」と言われたので私は「24年前の設備からかかっているのですか。」と聞くと「お互いに歳を取りましたね。」と言われたので私は「お互いに健康だったから今でも元気に頑張れているのですよ。」と話が盛り上がりました。よ~く考えてみるに今でも本部施設の建物は素晴らしいとは思うのですが面積が落とせる所は落としているし、新館の増築がされても事務所も厨房もそのままだから手狭だと言われればその通りで、和合の理事長室は広いし、和(なごみ)の施設会議室はめっちゃ広いし。でも、その広さを有効活用出来る展開にしていきたいとも考えています。リピーターの皆さん、今後の社会福祉法人『杉和会』の展開にも目を注いでいて下さい。

 

 

我が家の老猫『リッド』は幸せ者だと思います。

何故かわかりませんが、夜は一階で寝ている我が家の老猫リッドが必ず午前4時に(今朝もそうでした。)私が寝ている2階の部屋に来て「にゃーにゃー」と鳴いて食事を要求するのです。私が思うのは「この11月23日に満20歳の誕生日を迎えるのにめっちゃ元気だ。私は後一時間寝たいのに」と思っています。

その後私は再び眠りにつき、5時のアラームの音でぱっちり目覚めてベットを軋ませながら寝ながら体操をしてから一階に降りて行くと階段を降りた所でリッドが「にゃーにゃー」と鳴きながら尻尾をビンと立てて私が歩くのを邪魔をしながら先導してくれて自分の食器が置いてある所にちょこんと座り私の方を見て「にゃー」と啼くので私は椅子に腰かけてリッド専用の『餌』の袋を開けて中に入っている入れ物に7分ほどにして入れると4時に食べたばかりなのに一生懸命に食べているので、私は「そんなに美味しいのか」と言って袋に書いてある文章をしみじみと読むことにして、私は衝撃を受けました。

(そんなに大袈裟な事ではないのですが)袋の表には『15歳以上     5種のブレンド    チキン・ポーク・お米・大豆・小魚    味』と書いてあり、袋の裏には『「モンプチ」(✳商品名です。)で美味しい毎日を。良質で適切な原材料は、毎日の食事を特別なものにしてくれます。「モンプチ」は愛猫へ、どんな日もどんな時も、ワクワクするような食事を提供するため、味、栄養、そして品質面において強いこだわりを持って調理されています。』と書いてあり、尚且つ『香ばしい風味、カリッとした食感、そして一口ごとに食材の美味しさが広がります。』とまで袋に書いてあるのには思わず脱帽です。

ここまで書いてあると『餌』と言うのはいけない気がしますし、『良質な原材料』とか『ワクワクするような食事の提供』等と書いてあるのには驚きです。こんなこだわりの食事を食べていたら長生き出来るのは当然でネズミなどはとらなくなるわけだ。だってネズミにチキンやポークの味はしないだろうし、「にゃー」と鳴けば美味しくて栄養価の高いものが与えられるのだからネズミが目の前に来ても遊び道具にはしても食べる事は絶対にないわけだ。

私が朝食を頂いて施設に出掛ける時には既に安眠時間なので『リッド』に声をかけても眠そうに頭を少しあげるだけ。『リッド』が我が家にきた当時は私の車のエンジンの音がしただけで2階の自分の部屋に逃げていってしまったのに、この20年弱の時間で横着くなったものだといまいましく思いながらも『リッド』を可愛く思っている私がいるのはどう言う心理なのかリピーターの皆さん教えて下さいませんか。

ストレスは体調を狂わせる

令和3年9月4日

この2週間は自分の中でモヤモヤする問題が常に頭から離れず苛々しながらの毎日で苛々を抑える術は夕食を一人前に食べた後で『なごやん』(敷島パンのヒット商品)だとか『大きなあられ』(これは正式名称ではありません。)を『シャカシャカ』(正式名称ではありませんがヤクルトに似たような飲物です。)を飲みながらバリバリ、ボリボリと食べてしまうのです。体重をせめて3キロ減らそうと考えていたのに(本当は10キロ減らしたいのですが・・・)逆に2キロ増えてしまい私の体の限界点を越えたのか、寝ていても体が固まった状態で寝ているのに肩がバリバリに凝り固まっていて、頭も重くて痛いです。

2週間の苛々は盲養護老人ホーム優・悠・邑    和(なごみ)入居者がなかなか決まらないと言うのとは違いますよ。この問題は計画段階からわかっていた事で私が理事長として腹を据えて解決に向けて具体的手立てを講じて行く事でウジウジと考える事ではありません。(とは言え、時には正直不安になることはありますが・・・)実は苛々の原因は人間関係です。めちゃめちゃ仲良くしていた友人との仲が悪くなって関係がギクシャクしていて全国の組織にも迷惑をかけているとの指摘を受けたからです。しかしながら、私には不仲にならなければいけない原因など全く思い当たらないのですが、確かに以前のような関係でなくなった事は気にはなっていましたが、取り立てて問題にしなければいけない事でもないし、このコロナ禍で酒を酌み交わしながらの場面も作れないしと思っていたなかで尾ひれはびれがついたような状態になっていて、それがストレスとなっていたのです。

私はストレートに問題解決をしたかったのですが、このコロナ禍で直接話をしたくても出来ないし、携帯にかけても出て貰えないし・・・。一昨日は私の苛立ちも限界点に達して10以上携帯をかけ、時には留守電にも伝言を入れたのですが(私のしたことはストーカー的行動と言われても仕方がない行為だったと思います。)反応無しで、翌朝に当たる昨日失礼の無い時間への配慮をして携帯に連絡したのですが出て貰えなかったのでショートメールを書き送信しました。そして、私は10時30分からの全国老人福祉施設協議会のリモートによる常任理事会に参加していて、それなりの対応をしつつも、頭のどこかで「今日もかかって来ないのか」と思っていて、常任理事会は14時30分に終了して、15時にようやくかかってきました。

相手の声は爽やかで「昨日から今日にかけて次男の引っ越しで連絡が出来なかった。」との話だったので、私は「迷惑な位に何度も連絡をしてごめんなさい。今回連絡したのは、二人の間が上手くいってないと尾ひれはひれがついて語られているのは楽しくないので、以前のように改めてお互いに協力を仕合っていきましょう。」と話をしてお互いに理解仕合ました。昔の諺『案ずるより生むが易し』で一気に苛々は解消しました。ただし、一旦崩れた体調を治すには時間がかかるのか本日は体が重いので午前中の業者さんとの打ち合わせを終えて14時に帰らせて貰い久しぶりにビデオで映画をみたりしてのんびりさせて頂きました。リピーターの皆さん。リフレッシュ出来たので明日からはもっと切れのあるコラムを書きますのでこれからも宜しくお願い致します。

ブレークスルー感染について

令和3年9月3日

インターネットで『ブレークスルー感染』を調べたところ、《ワクチンを接種した後に、新型コロナに感染すること。ブレークスルーは英語で、突破、突破口などの意味。「ワクチン接種と言う防壁を突破して感染する」ことだと書いてありました。また、国立感染症研究所からは「ワクチンの有効性を否定する結果ではないが、接種後も感染対策を続ける事が重要だ。また、医療機関なども、症状などから感染が疑われる場合は積極的に検査を行う必要がある。」とも書いてます。また、国立感染症研究所の4月~6月の3ヶ月に67人の感染が確認されましたが、79%が20代~40代で、重傷者はいなかったと言う事です。

厚生労働省の専門家会議でのデータによると65歳未満の現役世代で「ワクチン未接種」の人は10万人あたり28.7人が感染していて、「ワクチン2回接種」した人は10万人あたり2.4人が感染。この人たちが「ブレークスルー感染」と言う事になりますが、未接種と比べると10分の1以下にとどまっていることが証明されています。また、「ワクチン未接種」で感染した5387人の内、232人が亡くなり死亡率は4.31%。一方「ワクチン2回接種」で感染、つまりブレークスルー感染した人はわかっているだけで112人いましたが亡くなった方は1人。死亡率は0.89%とおよそ5分の1に低下したことかわかります。

このように、インターネットで『ブレークスルー感染』と検索するだけで一杯の記事が掲載されているし、新聞を開いてもテレビでニュースを聞いていても『ブレークスルー感染』との言葉が出てくるので『馴染みの言葉』かと思いきや私自身は本当に最近まで知らなかったと思います。だって『クラスター』と言う言葉にしても、昨年3月位までは殆んどの日本人は知らなかったと言っても過言でなかったと言っても過言ではないと思います。

結局は感染症対策として手洗い、うがいに消毒薬とマスクの着用が大切だと言う事は何事も基本に忠実が最も大切な事だと言う事。コロナから学んだ事は一杯ありますが、コロナが終息をしても基本に忠実は忘れないでいたいと考えていますがリピーターの皆さんはどのようにお考えでしょうか。

 

感染症『コロナ』の事

日本では昨年の始めから発症の話題がぼちぼち出だして、正直私は直ぐに収束をするか、大した事はないとたかをくくっていたのですが、東京への出張は昨年の3月14日から一切なくなりました。最近はリモート会議が板についてきて、リモート会議の良さも理解してきましたので、コロナが収束をしてもリモート会議はなくなる事はないと思います。

もちろん、膝詰めでしなければいけないものも全くなくなると言う事はなくて、必要に応じてしなければいけないし、酒を酌み交わしながらの懇親会も大切にしなければいけないと思っています。

そう言えば、昨年の3月に当法人の杉和会の理事会の折り、一人の理事さんが雑談の中で「今、私は元気ですがコロナにかかっていないとは限らない。」と言われた時は私は正直「何をわけのわからない事を言っとるのか。」位にしか思っていませんでした。

もちろん今は違いますよ。だから、手洗い、うがい、マスクの着用はしっかり行っていますよ。今は季節の変わり目にさしかかろうとしています。だから、風邪をひいて咳をしている方がたくさんいてもおかしくない時節ですが、あまりにいやいや殆んど咳をされている方はいません。これはコロナ感染症を気を付ける産物として風邪などをひく方が少ないのだと思います。こう言うのを『怪我の巧妙』と言うのかな。いやいや少し意味合いが違うように思うのですが広辞苑を引いて確認する元気はありません・・・。

本日も岐阜県庁高齢福祉課のコロナ感染症の責任者の方から岐阜県老人福祉施設協議会会長への連絡を頂きました。それは、岐阜県内がコロナ感染症が厳しさ状況があると言う事で、感染症対策の専門家チームの責任者の岐阜大学名誉教授の研修が来週金曜日にリモートで実施されるのでその周知を会員施設にして欲しいと言うものでした。

その中で予防接種を2回受けた方でもコロナに罹患した方が多くある現象があるけれども、2回の接種をしている方は比較的軽い症状で収まっていると言う現実があり、村上先生からも予防接種の必要性を話をしていくとの事だったので、連絡を受けた後直ぐに岐阜県老人福祉施設協議会事務局に研修受講の周知徹底を指示した次第です。今はコロナ対策の一貫として狭いエリアでの行動をと周知をしているので、次回の岐阜県老人福祉施設協議会正副委員長会議はリモート会議とすることも指示を出しました。

明日は10時30分から16時までの予定で全国老人福祉施設協議会の常任理事会が当然の事ながらリモートで実施されるのですが、今年の6月に副会長に就任してから一度も直接お顔を見ての会議をしていません。もちろんリモート会議であってもしっかりと討議はしていますが、少しはため口で話ができる時間も欲しいしそれぞれの方の武勇伝も聞きたいなとも思っているのですが、残念ながらリモート会議故に叶っていません。

リピーターの皆さん、武勇伝も話をしたいので早くコロナが終息をするように祈って下さいませんか。

朝の日課を実施しながら思った事

毎朝5時に起きてウォーキングマシンに乗って歩きながらのお経さんについては何度もこのコラムで書いているのですが、同じことを一人で毎日繰り返していても感じる事、思う事が違うのには自分ながらも驚きです。そして今朝思ったのは、30分の半分を終えていつものように機械を止めてタオルで汗を拭い準備しておいたペットボトルの水を飲んでいるときに感じた事なのですが、1口目は至福の喜びで、2口目を飲んで満足をして、3口目が欲しいとは思わなかったのです。そして改めて思ったのは『過ぎたるは及ばざるが如し』と言う事でした。そしてその中で思ったのは、当施設においての水分の摂取についてです。いつも職員に言っている事なのですが、水分摂取の量も大事だけれども『質』も大事だと。ここで言う『質』とは『回数』と『中身』と言う事になります。職員の中には「もう少し飲んで欲しい」との思いから「もう少し頑張って飲んで下さい。」との声かけも時には大切な事なのですが、そこで、「後からもう少し飲んで下さいね」と言って時間を置いて飲んで頂くのが理想的なのですが多くの方のお世話の中ではなかなか難しいとは思うのですが、その思いだけは常に職員には持っていて欲しいと思ってます。少なくとも入居者さんが目を白黒されながら飲んでいる事はないようにして貰いたいと思っています。

 

仏壇のお灯明

ウォーキングマシンに乗って歩きながらお経をあげていて、いつもお仏壇を見たり、父進さん、母秋江さん、姉光子さん、養母英子さんの写真を見たりしているのですが、毎日同じ箱の中の赤の和蝋燭に火を点けているし、電気の灯りも同じように点けているのに、いつも光る勢いが違ったり光る場所が違ったりするのです。そこにどんな意味があるのかはわかりませんが仏様が或いはご先祖様が何かを訴えようとしていると、一生懸命に考えるのですが正直わかりません。そこで私は居直った考え方で「今日は灯りに勢いがあるので何か良いことがあるかな」とか、「今日は少し勢いがないので気を付けた対応をしよう。」と考えるようにしてます。そうした思いで四人の写真を見ていたりするとそれぞれに色んなことを語ってくれます。時には激を飛ばしてくれたり、慰めてくれたりと色々ですが結局は心の鏡なのかも知れませんが、「私は決して一人でないし、多くの方々に力を頂いている。」と思えてきます。そして、何かをして貰いたいのなら、自分が先に何かをさせて貰わなければいけないと思っています。今は正直何が言いたいのかが分からずにガラケーの画面に向かっていますが、リピーターの皆さん、こんな日もあるのが人生だと思っていますのでお許し下さい。最後まで何の事かわからない絶不調ですが明日はもう少しましなコラムにしますのでお許し下さい。

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