2020年11月の記事一覧

午前中に岐阜県社協の理事会がありました。

本来理事会は岐阜県福祉会館で開催されるのですが、このコロナ禍で会議会場での参加とウェブでの参加のどちらを選択しても良いとの連絡を頂いていたので、車で往復2時間の節約にもなると考えウェブ会議での参加にして、岐阜県社協の理事会での試みとしては初めてと言う事もあり。10時30分からの会議開始にも関わらず、10時に接続が上手くいくかの確認があると言う事で10時前に画面を開くと既にパソコンの画面に多くの理事さんの顔が映っていて少し慌ててしまったのですが、無事に操作の確認を終えて私は一旦画面を消したのですが、パソコンの画面を見続けている方もみえたり、音声がオンになったまま話をされている方もみえたので、その時私はつくづく思ったのは「私も最初にウェブ会議に参加した時は同じようにしていたな」と。私は3月以降、月に5~6回程はウェブ会議をこなしているので、今でこそ余裕を持って会議に挑めているけど最初はドキドキしながら画面に食い入っていたなと思いました。と言う事は何事も『習うより慣れよと言う事か』と感じた次第です。午前中はウェブ会議で、午後は飛騨産業の元常務の田頭さん(役員は降りられたとの事ですが毎日お忙しいとの事です。)岐阜広告の棚橋社長さん、岐建の営業の寺戸さんと途切れる事なく打ち合わせにみえて、ずっと会議室にいたのですが(勿論、それぞれに玄関先までお見送りはしましたよ)段々と気温が下がってくるのがわかり、途中で背中にカイロを貼りました。北海道の雪だよりを聞いていて思ったのは現在目一杯のペースで新規事業の『優・悠・邑 和(なごみ)』(正式には13日の理事会で決定しますが)の工事をして頂いていて、建て方(『棟上げ』とか『建前』と言った方がわかりやすいかも)が12月1日の予定で翌年3月28日に引き渡しをして頂けるとの事ですが、雪の降り方によっては延びる可能性もあるので、雪が昨年のように殆ど降らなくて順調に無事完成する事をリピーターの皆さんと共に祈りたいと思います。一昨日の芋煮会のように皆さん宜しくお願いします。そう言えば『照る照る坊主』はどんだけ作って頂いたかはわかりませんが多分作って頂いた方があったればこその『芋煮会日和』だったと思いますので、今回は5ヶ月に渡るお願いなので、さてさてどの位の照る照る坊主を作って頂いたら良いのか想像も出来ませんが、きっとリピーターさんの祈りが通じて、無事に完成する事を信じています。私が出来るのは12月1日に般若心経をあげつつお酒を振るまうしかないので、リピーターの皆様『ずいずいず~いと宜しくあい奉りまする』

先を見る事の大切さ

令和2年11月9日

全国老施協の業務効率化を図る為の準備は昨年度から着実に水面下で行われていました。その最たるものがテレビ会議の実施です。今年に入ってから新型コロナウイルスの影響により、会社に行かずに自宅等で仕事をする『テレワーク』なるものが奨励されていますが、それと同じように『テレビ会議』も重宝されるようになりました。東京一極集中をなくす手立てとしても有効な手段だと思います。

会議をすると言うと一ヶ所に集まり話し合うのが会議だと思い込んでいたアナログ人間の私にとっては、大いなる抵抗感がありましたが、東京への出張が3月になり、パタッとなくなった中においても、昨年度からの水面下の準備が効を奏し、スムーズにテレビ会議を行う事が出来ました。とは言うものの、会議に参加している方の中でマイクを通して話をする方以外にもスイッチが入っていて、声が割れてしまういわゆるハモリング現象が起きる事も最初の内は度々起きましたが、回数を重ねて行く中でそのような事もなくなりスムーズに出来るようになってきました。

そんな中で、本日も全国老施協主催で関東ブロック役員懇談会をテレビ会議で行い約40人の参加でしたが、多少の混乱はありましたが大方順調に会議を行う事が出来ました。昔から『食べず嫌い』と言う諺がありますが、実施しないで「テレビ会議では会話が煮詰まらないからダメだ」と言っていた私でしたが、今では「移動する時間も必要ないので交通費は必要ないし余裕の時間がでてくる」と考えるようになったし、現に総務・組織委員会が作成した新規会員促進パンフレットには思いっきり時間をかけて、満足がいくものになったと自負してます。

例えば私が東京へ出張に行くとすると、施設から名神高速道路を利用して岐阜羽島駅の駐車場までに要する時間が約40分。その後、ひかりに乗って東京駅までに2時間。改札を出て丸の内のタクシー乗り場までに約10分。そして本部がある平河町までに15分。と言う事は順調に言っても優に3時間はかかり、往復では6時間はかかります。もしも、この移動時間を会議に費やしていたら、ものすごい時間を話し合いに費やす事が出来るのです。勿論、膝詰めでしなければいけない時や、感情移入をしながら話をしなければいけない時も有るので、全てがテレビ会議で大丈夫だとは考えていません。

しかしながら、全てを集めてしなくても良いと言う事です。現に、全国老施協の会議もコロナの影響を別にしてもテレビ会議の活用を実施していく事によっての試算によって経費の10パーセント削減が来年度から出来る事になり会費を10パーセント下げる事が決まりました。効率化は経費も時間も削減出来る事が形になったと言う事です。リピーターの皆さん、ちょっぴり寂しいような、でも活気的な事だと思いませんか。『無駄も大事だ』と言う事も沢山あると思いますが、効率化出来る事はこれからも形にしていきたいと思っています。

芋煮会日和で~す

 

令和2年11月8日

夜中には雨が降っていたのが、夜明けには雨が上がり、明るくなってきた時に我が家の私の部屋(南側)から外を見ると天気になる証の水蒸気が一杯立ち込めていて『天気が良くなる』と確信しました。これはきっと私が入居者さん利用者さんの芋煮会の開催で笑顔を引き出したいとの思いとその思いを形にしたいと思って頑張ってくれている職員と昨日このコラムを見て頂いたリピーターの皆さんの中で『照る照る坊主』を作って飾って下さった方があったればこその『芋煮会日和』と言う事ではないかと思っています。『思いは通ずる』が現実になったのだと言う事です。

9時ジャストに寸胴の四隅に塩盛りを水野相談員にして貰い(「お腹がつかえて出来んのでしょう。」ってか。「ほっといて下さい。」下らん事書いての自虐ギャグが言えるのも天気が良くなったからかな)塩とお酒を寸胴回りにしっかり振る舞い、薪をくべる所は既に火が燃え易いように薪が組んであり、家族会の吉田会長から頂いた材木もしっかり乾いていたので順調に燃え上がり30分で20リットルの水は釜茹で状態。

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里芋、大根、蓮根などの野菜をどんどんと大胆に入れながら私は「男の料理」等と雄叫びをあげながら火の番をしていると、先ずは本館の入居者さんが見学にやってきました。「寒い」と言われる方には火の前の椅子に腰かけて貰い、「火の側でも寒い方はこの釜茹での中に入ってもらおかな」等と言って笑いを引き出しました。「火の側は暖かいね」等と話されている時に、まだ味噌を入れてない野菜や本だしだけのスープをお椀に入れて「熱いで気を付けてね」と言いながら飲んで頂きました。「あまり味がないな」と言われる方には「昼御飯の時に八丁味噌を入れた味噌汁にして食べて貰いますから楽しみにしていて下さい。」と話をしました。本館に続いて新館の入居者さんは外を散歩しながら来て頂き、またまた大盛り上がりでした。11時からはお風呂に入られたデイサービスの利用者さんがおみえになり、またまたわいわいガヤガヤと楽しんで貰いながら「昼ご飯が楽しみや」と言いながら帰られ、その後の各エリアへの鍋に小分けする作業は職員に委ね、来春卒業の高校生の面接会場に移動しました。

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面接を受ける女子生徒は3年間クラブ活動で柔道をしていたとの事で、しっかりとした考え方が面接前に書いて貰った作文に書いてあり、「介護を頑張りたい」とはっきりと言って頂いたので、「3年の実務経験と450時間の勉強をして貰って介護福祉士が合格するようにしっかり援助する体制を取りますすし、頑張った者が頑張った評価を受ける体制を持っていますので、当法人の職員として頑張って下さい。本日内定の書類に理事長として決済をして、明日には学校長宛に内定通知を郵送します。」と話をすると目を輝かしてくれたのは印象的でした。面接を受けた子をご両親の方が迎えにみえたのでご挨拶をしてお見送りをしてから、『男の料理』の芋煮を外のテーブルで頂きました。自分で言うのもどうかと思いますが「めっちゃ旨かったです。」芋煮会はもう一回再来週の日曜日にも開催します。その時は月一のバイキングとのダブルですが、バイキングに勝るとも劣らない芋煮にするぞと今からてぐすね引いてます。

リピーターの皆さん。優・悠・邑はそんな所です。チャンスがあったら是非来て頂きたいのですが『憎っくきコロナ』で制限をしていますので、しばらくお待ち下さい。

 

朝一で健康チェックです

おおよそ2ヶ月毎に血液採取検査をして頂いています。本日がその予約日で先程、血液を採取して頂き、その結果を待って(約40分)かかりつけ医の指導を受けます。

最近は新型コロナによる自粛で全く大勢の方と飲む機会はなくなり、家で0、7合位しか入らないグラスで飲んでいて、気持ち良くなるので、『一杯が丁度だと言う事は、このコロナ禍でめっきりお酒が弱くなったのか』と思っていたのですが、一昨日本部職員3人で個室を提供して頂いての飲み会をして、私と吉田部長の二人で4合瓶の冷酒(ちなみに立山)二本を飲んで流石に「もう一本」と言う事にならず(当たり前か)「でも、もう少し飲みたい。」と言う事でウィスキーのロックをダブルで頼みました。(それで打ち止め・・・。当たり前か)あっ、最初の乾杯で3人共に生中一杯も飲んだんだ。「心配ない。酒は弱くなってない。」と変な安心をしている私がいます。だって、お酒を飲んで仕事をしてきた人生だから・・・。でも、お医者さんには怒られるのかなあ。ガンマ何とかの数字が高いとか何とか言われて・・・。でも、そんなことでめげる今の私ではありませんし。やるべき役割があるから頑張れるんだと診療所の待ち合いで居直った事をコラムに書いています。

本日はかつての入居者さんの葬儀が大垣であり、お参りの後フォーラムホテルに麻生副総裁兼財務大臣がおみえになるのですが、このコロナ禍で人数制限されての会に招待を受けたので参加させて頂く予定です。麻生副総裁に直接お会いさせて頂いたのは(もっとも、名刺交換をしながらご挨拶をした程度ですが)中村会長の2回目の選挙前の総決起集会が東京のホテルで3千人の参加者と、2百人以上の国会議員が応援に来て下さっての出来事で、その時に議員受付の総責任者だったので(めちゃくちゃ大変でした。)議員受け付けと会場を行ったり来たりしていた時に(その日は万歩計の数値は2万歩は越えておったのを記憶してます。)その時カッコ良く帽子(『ハット』と言った方が良いのかな)をかぶってにこにこしながら颯爽と登場した麻生副総理を確認した当時の全国老施協の女子職員がきゃーきゃーと騒いでいるのを横目にしたのを思い出しました。(ここからは、お医者さんに診て頂いてから)血圧は大丈夫でガンマ何とかは前回より悪いと言われ自分で納得したのは「一昨日にめちゃくちゃ飲んだから血液が悪くて当たり前や。」と全く反省をしないのが『ひろし君流』と言う生き方です。

一旦施設に帰り、大垣フォーラムホテルに開催される15時には30分早い14時30分に着いたのですが「駐車場に空きがない」と一瞬頭が真っ白になりながら玄関前の駐車場に回るとタイミング良く一台の車が出たのでホテルの方が立っていてたまたま私の事を知ってみえる方で「若山会長大丈夫です。」と言って誘導までして下さり『この偶然に感謝』。会場は3階だったのですがエスカレーターで2階まで行き3階に接続するエレベーターに行く前に手の消毒と検温のチェック。流石にコロナ対策はバッチリでした。3階に行き、受け付けで名刺を渡し係りの方に案内して頂き会場に入ると既に一杯の参加者。15時の定刻に自民党岐阜県連幹事長の進行で始まりました。先ずはこの会の発起人代表の猫田県議の開会挨拶で麻生副総理とのなりそめを含めた話しと共に環状線への国の配慮についても話をされ流石だなと改めて思いました。引き続き地元衆議院議員であり麻生派の事務総長の棚橋先生の来賓挨拶があり、その後麻生副総裁の講演。中身は多彩でマンガについてもさりげなく入っていて、80歳には絶対見えない活力を感じました。閉会の挨拶をやはり麻生派の武藤衆議院議員がされて終了。

その後は明日一回目の『芋煮会』の材料を業務用スーパーの『アミカ』で購入して施設で冷凍庫に品物を搬入して本日の役割終了。明日は9時に芋煮会の寸胴への火入れから入居者さん利用者さんの嬉しそうな顔と話題を作り出す為にリピーターの皆さん「明日天気にな~れ」をお願いします。私は作りませんが照る照る坊主も作ってくれると嬉しいな・・・。

視覚障害者福祉協会の役員の方に本部施設に来て頂きました

令和2年11月6日

14時30分から視覚障害者福祉協会の4人の役員さんと、設計をお願いしたデザインボックスの社長さんを含めて3人と施工をお願いした岐建の監督さんと法人側から私を含めて6人の総勢14人でハード面の検討をさせて貰いました。そして具体的には手すりの高さを通常より少し高くした方が良いのではとの話が出て、本部施設の手すりは80㎝なのですが5㎝位高くしたらとの結論になりました。その理由は手すりが低いと背筋を伸ばして歩けないので猫背になるからとの事でした。2つ目には「あまり至れり尽くせりにするといつまでも自分で出来る事がいつまでも出来ないのでルールを決めて頑張って生活出来るような考え方で良いのではないか」との力強いご意見を頂き、「当法人の考え方はそのような考え方です。」とお答えすると会長さんから「その考え方で良いと思います。」と言って頂きました。その後デザインボックスからの資料提供を受けて入居された方の動線を考えると手洗いをする所が効率性に欠けるとの事で各棟の食堂にそれぞれ2箇所づつ設置することになったので、設計変更を監督さんに直ぐに連絡して貰うと「後2日遅かったら対応出来なかった」と言われ私は思わず「滑り込みセーフ」。意見交流が一段落して、『優・悠・邑』に続く名称について多くの応募があった中で参加者全員で検討した結果『優・悠・邑    和』(ゆう・ゆう・ゆう   なごみ)に決定しました。『和』の字をつけられた方は盲学校の先生で尚且つ視覚障害者福祉協会副会長の方で、前会長さんの名前にちなんでつけられたとの事。名付け親の方は当法人『杉和会』にま『和』が有ることを意図されたかは定かでありませんが『なごむ』は今回の施設のイメージにぴったりだとの思いを皆さんが持って頂き全員一致で決めさせて頂きました。名称も決まり視覚障害者福祉協会の方を車までお見送りをして、デザインボックスさんと岐建の監督さんと法人で進捗状況についての話し合いをした後、現場事務所に移動して話し合いがしたいと岐建の監督さんからの提案があり、現場事務所に移動して監督さんが現場に設置してあるカメラを駆使しての説明とドローンの映像も見せて頂きより具体的に説明を聞いていて、建て方は12月1日の友引にする予定で急ピッチで作業が進んでいるとの説明に頭が下がる思いでした。リピーターの皆さん。今年は昨年とは違い雪が降るとの予想がなされていますが、良い天気に恵まれて来春には立派に完成することを祈って下さい。

わくわくでバタバタの日々に感謝

令和2年11月5日

平成18年の約半年はゴルフの真似事をしていて、何事も手抜きが出来ない私は「このままでは楽し過ぎてはまってまう。だけれどゴルフは打ちっぱなしだけなら一人でも出来るけどコースに出るならグループを作り日程を決めてやる競技だから、もし約束をしても、私の場合は仕事を優先するからゴルフは無理だ。」と思いその年の8月8日に初めて全国老施協の役員(その当時出来たばかりの総務委員会幹事)で参画する事になり、短いゴルフ人生は終わりにしました。

でも、その決断は正しかったと思っています。何故ならば全国老施協の役員になる前には「一年に3回程度本部がある東京へ出て来てくれればいいから」との話しだったのに、実際に一生懸命に役割を担って行くには『年に3回』ではなくて『月に3回』だったのです。本当の事を言うと自分で役割を作っていったと言うのが正しいかも知れません。勿論、そこまで全国老施協に打ち込めたのは本部施設の運営もかなり職員が育ち施設を任せれるタイミングとも重なったので出来た事なのですが。そして、今は、本館(平成9年で事業)新館(平成15年度事業)和合(平成25年度事業)に引き続き今年度は垂井町梅谷地区に盲養護老人ホーム80床の建設が行われていて、本日は岐阜県庁高齢福祉課に新規事業の会計処理の仕方についてと経過報告について行く事になっています。

明日は視覚障害者福祉協会の幹部4人の方が本部でハード面への配慮やソフト面への留意点や今後の協力体制についての話し合いに来て頂き、尚且つ施設の名称について視覚障害者福祉協会で公募していただき多くのエントリーがあった中から施設名を決めて、その情報を世間に周知する手はずになっています。また、今月中に『軽乗用車2台』『事務用品』『電化製品』『厨房機器』『特浴機』『大型ランドリー』の入札や厨房業者のプレゼンテーションについての方法等について検討する為に11月13日には理事会を開催しなければいけないし、勿論来年春の開設に向け優秀なスタッフの採用と教育をしていく為の体制作りもしていかなければいけないので、文字通りバタバタの毎日を過ごさせて頂いています。つまり、朝起きて「今日は何をしようかな」の生活ではなくて、毎日毎日が日程をやりきるので精一杯の状態ですが健康で飛び回れる毎日に感謝です。

リピーターの皆さん。時には胃が痛くなるような事もありますが、下腹に力を入れて頑張っていると、救世主が現れてまた、元気な日々を送らせて頂いている私は本当に幸せ者だと思っています。

 

朝の嵐・・・。

令和2年11月4日

朝食を頂き外出着に着替えている時に、本部施設の家族会の会長さんから怒ったような声で電話が入り「何かあったか」と内心ドキドキして会長さんの話を聞くと「今須の介護職員が飲酒運転をして逮捕されたと新聞に載っているが若山さんの施設の職員か」と決めつけたような一方的な話に名前を聞くと、当然のことながら当施設の職員ではないし聞けば地元の方だとはわかったのですが、『今須の介護職員』と書いてあれば、今須には介護事業を展開しているのは当施設だけだから大いなる勘違いをされても致し方ないか。しかしながら、新聞を見て慌てて連絡して頂けたのには感謝でしかありません。

家族会の会長さんは当法人の設立準備の頃には『設立準備後援会』の代表を務めて頂き、尚且つ設立認可が厳しかった時に岐阜県庁の議会棟の議長さんの応接室での話し合いにも同席して頂いたあいだ柄なので心から心配して頂いたのだと思うと『感謝』の二文字しか浮かんできません。しかしながら、訳の分からない『朝の嵐』は体に良くないですが、本当に当施設の事を考えて頂いていると思うと目頭が熱くなります。

「 冬が来たーーー! 」

本日、岐阜県自民党本部で友好団体連絡協議会が10時からあり、駐車場が遠くなると大変だと8時過ぎに家を出発する為に家を出るとどんより曇った空から冷たい雨が降ってきており、思わずぶるぶる振るいながら車に乗り、運転して行き大垣まで移動して行くと『青空』何です・・・。私は「天気が良くなって良かった。」と思ったのですが、会議が終わり本部施設に向かって走らせていく大垣が過ぎ、垂井に入ると曇ってきて、関ケ原に入るとまたまた冷たい雨が降っている状態で、私はつくづく実感しました。

「冬が来たーーー!。これが正しく関ケ原が関ケ原の所以か。」と・・・。昨年は全くと言って良い程に雪が降らなかったのですが、今年は殊の外夏が暑かっただけに寒さが身に染みる。肉がたくさん付いていても寒いものは寒いわい。昨年と違って冬の到来も早そうだからスタットレスの準備も早くしなければと考えています。冬の到来が訪れると私はいつも、小さい頃の『霜焼け』の事を思いだします。甘えん坊だった私は夜になり布団に入ると霜焼けがむずがゆいし痛くて「しくしく」と泣いていて母秋江さんを困らせて尚且つ母秋江さんの睡眠時間を減らしていたことについて今になって申し訳なく思つています。私は本日2編について書きましたが、私は本当に人に恵まれているとリピーターの皆さんも思われませんか。つまり、めっちゃ幸せな人生だと。思わず『合掌』です。

 

 

本日は祭日ですが新規事業は急ピッチで進んでいます

令和2年11月3日

本日は朝から快晴だったので垂井町梅谷地区での新規事業の進捗状況を確認に行ってきました。広い土地の至る所で重機が活動しているのを見ていて、改めて「大変な事業をしているんだ」と思いました。それぞれの場所でそれぞれの作業がされているのを眺めていると、目ざとく施主である私を見つけてくれた監督補助の役割を担っている今年度施行業者の新入社員として入社した女性が近寄って来て、(岐建さん初の女監督)「監督がいますから現場をご一緒にご案内します。」と現場事務所に戻り、監督と共に長靴とヘルメットを持って来てくれて現場のそれぞれの作業について説明して頂きました。

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既に基礎コンクリートが打たれている所もあり、大きなクレーン車が鉄筋を降ろしているのを見ていて、「重機で運んでいるから効率よく作業が出来るし、作業をされている方達の動きも素晴らしい。」と思いました。図面だけで確認していた時には「いっぱいいっぱいの敷地でぎりぎりに建てるんだ。」位にしか思っていなかったのですが、改めて実際の土地を眺めていると「めっちゃ広い。この敷地でいっぱいいっぱいと言う事は、平屋の木造建築と言うのは滅茶苦茶贅沢な事なんだ。」と思いました。監督さんの話を聞いていてつくづく実感したのは、「監督さんは私には優しく接して頂いているけど、時間がない工程の中で職人さんにかなり無理な作業をお願いされているんだろうな。」と思うと職人の皆さんに思わず手を合わせてしまいました。

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大型ダンプが現場から出られる時には高圧洗浄機でタイヤを一本一本洗ってから出て行くのを見ていて「しっかりとした体制を整えてみえるな。」と安心もしました。この作業は一番手抜きしたい工程だけれどもリスクマネジメントの観点からは一番大切な事だと思いました。そう言う意味では建設も福祉や介護も相通ずるものがあると思いました。

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先程『贅沢な建物』と述べましたが『盲養護老人ホーム』と言う観点からは平屋がベストと言う考え方は決して間違っていないと考えていますし、30床、30床、20床のグループケアを展開していく事は正しい選択だと考えています。今週の金曜日(116日)には『社団法人岐阜県視覚障害者福祉協会』の役員の皆さんが本部施設がある関ケ原に来て頂き、ハード面及びソフト面のレクチャーに来て頂く事になっているので、設計監理をお願いしているデザインボックスさん、施工をお願いしている岐建さんの担当者の方にも参加して貰い、より良い居住空間造りの話し合いもさせて頂きます。また、その打ち合わせの後で、社団法人岐阜障害者福祉協会さんが『優・悠・邑』に続く名称を公募して頂いていて多くの応募があったと言う事なので、正式名称もその日に決定出来ればと考えています。

視覚障害者の方々にとって20年以上前から岐阜の地で造って欲しいとの願いを『社会福祉法人杉和会』として受け止めての計画です。それ程の規模でもない法人なのに形にしていくのには、熱い思いが無ければ出来ないものだったのですが、ここまで頑張ってきた以上しっかりとやり切っていきますのでリピーターの皆さんもこれからの展開を見守っていて下さい。

 

昨日行われた全日本大学駅伝の個人的な裏話し

令和2年11月2日

先月26日に行われた本部施設の全体会の折り、びわこ学院大学教授の烏野先生から「11月1日に行われる全日本大学駅伝にびわこ学院大学が初出場してテレビで放映されるので見て下さい。」と言われていたので、私は正直「3軍の全国大会と違うのか」とうがった気持ちになりながら、インターネットで情報を入れて全国から選出されている大学参加リストを見てびっくりです。だってあの有名な箱根駅伝の常連である大学がシード校として東海大学、青山学院大学、駒沢大学、東京国際大学、東洋大学、早稲田大学、國學院大學、帝京大学(前回大会上位8校をシード権の順番に提示しました。なんじゃこれ、全部関東圏やないか)で各ブロック予選を勝ち抜いた北海道1枠、東北1枠、関東7枠、北信越1枠、東海1枠、関西4枠、中国四国1枠、九州1枠の合計25大学で競技するようで、ちなみに関西4枠の4枠目に滑り込んだのが『びわこ学院大学』だとのことで、テレビで見るまでは「選挙の時の泡沫候補みたいなもんやろ」と思っていました。

※昨日は朝から血圧が高くて家で久しぶりにゆっくりさせて貰っていたので、テレビで全部見る事が出来ました。(これもご縁か)並み居る強豪校を前に委縮してしまうのではないかと見ていて思ったのですが、8区間の間での繰り上げスタートでの白いたすきでのスタートが無かったのは立派だったとおもいました。こも大会のルールは良く知りませんが、トップで入った選手から何分以上差がついたら繰り上げスタートと言う事になると思うのですが。確かに何チームかは、残念ですが、繰り上げスタートの場面を映りだしていましたが、8区でのたすき私も確かにピンクのたすきを渡しているのを(ぎりぎりだったですが)見た時に私も感動して目頭が熱くなったのを覚えています。

私は4区のたすき渡しの時に烏野先生に『全日本大学駅伝初出場おめでとうございます。そうそうたる選ばれし大学の中での健闘は素晴らしい。4区までに白たすきにならずしっかり、びわこ学院大学の名前をアナウンサーが大学の紹介をされたのには感動しました。完走して頑張る事を祈ります。』とショートメールを送信すると、烏野先生から『先生、感謝です。全員が私のゼミの学生なのでまるで親心の心境です。』との返信メールがきたので私は直ぐに『烏野先生が走りのプロとは知りませんでした。親として子どもを信じて見守って下さい。』と送信しました。

それに応える様に『ありがとうございます。代わりに私が走ってテレビ映り用の顔芸で一位になりたいくらいです。応援に感謝です。』との返信メールがきて、8区のたすきもぎりぎりではありましたが白たすきにならなかった時にも私から『初出場ですべてのたすきをつなげてのは素晴らしい。めっちゃ凄いです。』と送信すると『若山先生、感謝です。』と返信メールがきて、8人の選手が立派にゴールされた時にも『そうそうたる大学の中で19位は立派。テレビの画面にもしっかり映っていました。感動でした。先生、ご苦労様でした。』と送信すると烏野先生から『感動で泣いてます。先生ありがとうございました。』との返信メールがきました。

そこでまたまた私から『滋賀県に誇るものがまた一つ出来ました。嬉し泣きは最高だね。』に対して『ありがとうございました。』の短いメールを見て、「烏野先生は涙一杯での返信メールだったな」と思いました。優勝は駒沢大学でしたが、そんなことは論外でびわこ学院大学が凄いと思った事を最後にコメントの様に書きます。一つ目は優勝した駒沢大学のタイムが5時間11分08秒で19位と健闘したびわこ学院大学は5時間29分35秒ですから106.8キロでの時間差は18分27秒です。並み居る強豪の中での差がこれだけであった事に改めて感動です。

二つ目に立派だと思ったのエントリーをされた(16人)出身県の状況です。例えば青山学院大学は兵庫1人、熊本1人、秋田1人、大分1人、静岡1人、広島1人、千葉3人、長野1人、茨木1人、愛知1人、埼玉1人、福島1人、山形1人、鹿児島1人と全国の強者が集まっているのに対して、びわこ学院大学は、大阪3人、和歌山3人、兵庫3人、滋賀1人、奈良2人、京都4人と関西出身者のみなのです。初出場と言う事は、『関西の強豪』という事で憧れてきたわけではない、私の好きなまるで『アパッチ野球軍』のようなチームだと思うと、全てが烏野先生のゼミ生だとはなんと楽しみな事かと思う私はリピーターの皆さん変ですかね・・・。

2日連続でぶきみな女装をしてしまいました

令和2年11月1日

一昨日はハロウィンイブ、昨日ハロウィンと言う事で純白のウェディングドレスを着て施設内を闊歩しました。一昨日は広い施設内を結構に重い衣装で歩くのもしんどかったのですが、各フロアの入居者さんの歓迎ぶりに舞い上がり頑張る事が出来ましたし、昨日はデイサービス北島部長の「ハロウィンに合わせて『若山宏昼のオンステージ』を是非にお願いします。」との呼び掛けに朝の段階で血圧が高くお昼前は余り気分が乘れなくてうだうだした状態だったのですが、13時30分からの開演なのに、13時15分に施設長室から事務所に行くと北島部長の「理事長、衣装替えを手伝います。」で私のスイッチが入り、会議室に既に準備してあったウェディングドレスを手伝って貰いながら急いで着ると、ぴったり13時30分で、昨日と同じ衣装で変化がないのは楽しくないのでかつらをオレンジ色のロングヘアにして、大きな扇子で顔を隠しながら登場。

既にデイサービスの皆さんは私だとバレバレでも、温かく迎えて下さりノリノリで歌い出すことが出来ました。白のウェディングドレスの足元に気を付けながら、デイサービスの利用者さん一人ひとりと記念写真を撮りながら時には握手を、盛り上がってしまった利用者さんとはハグをしながら歌を歌わせて貰いました。最初の2曲は衣装に合わせて小柳ルミ子の『瀬戸の花嫁』とはしだのりひこの『花嫁』を歌いました。私のイメージには合わない選曲なので初めて歌いましたが、若い頃に嫌と言うほど耳にしていた曲なりに、そして花嫁らしく???歌えました。感情移入を直ぐに出来てその気になれる私は自分でも不思議なのですが・・・。「ま、いいか。利用者が喜んで頂ければ」。その後の歌は定番に近い歌でしたが、いつもとは違う雰囲気の中でしっかり歌えました。歌を歌いながら回っていて気が付いたのは、男性の利用者さんより女性の利用者さんによりうけたと思いました。

そんな中で梅沢富美男の『夢芝居』を歌った後で私は「次に女装するときは『花魁』になったら梅沢富美男さんより綺麗になりますので期待していて下さい。」とまたまた自分にプレッシャーをかけてしまいました。いやいや、本当の事を言えば「私は肌が母秋江似ですべすべだし、ポッチャリ顔は花魁衣装では映えるし、大体花魁の時はお腹ぽっこりは気にしなくて良いのでバッチリだ。」とマジで思っている自分がいるのですが、リピーターの皆さんはどう思われますか。このコロナ禍でボランティアの協力を得られない環境にあるならば、職員が『今日一日楽しかったよ』を提案して実践していかなければとの考えからのものだと言う事をご理解下さい。11月には2回『芋煮会』を実施するのもその一貫です。入居者さんや利用者さんが喜んで頂けるなら女装であろうが、火の番だろうが何でもやりますよ。

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