2020年11月の記事一覧

会議、会議の一日でした。

令和2年11月20日

最初の会議は岐阜市にあるワークプラザ岐阜で行われれる介護労働安定センターで行われる『介護事業者懇談会』で労働局、ハローワーク、岐阜県の所管課、岐阜県社協の所管課を初め児童・障害・高齢の事業者団体の代表等による懇談会で私は岐阜県老人福祉協議会会長として参加させて頂きました。

各種行政機関の説明の後、事業者としての意見交流になり、最初に介護職員の確保の厳しさと、このコロナ禍での現状について話をさせて頂きました。午前中の会議は本来12時までの予定だったのですが、施設において、12時30分から全国老人福祉施設協議会組織内議員である園田参議院議員と東海北陸ブロック会長との意見交換会がウェブ会議で予定されていたので、11時10分に途中休憩になった段階で中座して急ぎ施設に帰る事にしました。(途中休憩については、私が昨日連絡をさせて頂いた事による配慮でした。)どれだけ急いでも12時30分ぎりぎりになると判断して「少しでも時間を稼ごう」と言う事で『大野神戸インターチェンジ』で東海環状道西回りに乗りました。

まだ、完全開通していない為か殆ど車に会う事無く養老ジャンクションから名神高速道路に入り順調に走れたので施設に12時10分にに着くことが出来、急いでではありますが昼食ににゅう麺を食べて12時30分からの意見交換会に参加出来ました。園田参議院議員との意見交換会では、園田参議院議員が菅総理とは、園田参議院議員が一期だけではありますが衆議院議員に当選された時の同期で親しくされていた関係もあり、今のコロナ禍での対応や、来年度の介護報酬改定についても色々な配慮をして頂いているお話を聞いて、改めて我々の業界も政治抜きには事業展開出来ないのだから、園田参議院議員を精一杯支えていかなければと思いましたので、ここは一つ大きな声で発言できる私の出番としっかり発言させてもらいました。13時30分に終了して14時からは全国老人福祉施設協議会九州ブロック会長との懇談会に総務・組織委員会委員長としてのぞみました。

九州ブロックの会長さんたちは、論客揃いで全国老人福祉施設協議会平石会長や北條専務にお答えして貰いながらしっかり2時間の懇親会で最後に総務・組織委員会委員長として閉会の挨拶と共に総括と今後の展開につてお話をさせて頂き無事に終了してほっとした瞬間に携帯がなり、「何事だ」と思ったら今迄一緒に懇談会に参加していた総務・組織委員会副委員長から、次絵のステップについての連絡で私はつくづく思ったのは「一生懸命に支えてくれてありがたいな」と言う事でした。副委員長が熱く語ってくれたので16時30分に業者との打ち合わせの予定に10分待って頂き会議室に行き、新規事業の打ち合わせをしました。よーく考えてみると、車の運転と4つの会議も含めて殆ど座りっぱなしでした。リピーターの皆さん。こんな私の生活ですが運動不足解消の為に何か良い方法があれば教えて下さい。

楽しみです

本日10時からの予定で新規事業の第2回目の定例打ち合わせ会があるのです。この1週間は天候に恵まれ馬力のある監督さんのもとどれだけ形が変わったかを見ることが楽しみです。建方が(一般的には『棟上げ』とか『建前』と言うのかな)12月1日の予定なので今日を入れて尚且つ土日をカウントしても12日しかないのだから。

本日の会議には岐建さんからは常務さんも飛び入り参加の形で参加して下さっての4人とデザインボックスから2人、三城コンサル、電気設備、一般設備、セコムから2人と当法人関係者が5人のメンバーで行いました。恒例になった岐建の課長さんが撮影されたドローンによる映像を見て、その後はより具体的な検討を行い最終的には理事長である私が判断を下すのですが、基本的には設計士と監督の意見を聞いた上で判断してます。だって、建築資材についてはサンプルを見るだけでは判断出来ないし、室内での判断では外に使うものの判断は難しいからです。とにかく、来年3月末には町営住宅の解体から始まった盲養護老人ホームの完成を見る事が出来るのはワクワク感で一杯です。このコラム禍で住民説明会がなかなか出来なかった事を考えると感無量です。

打ち合わせは12時過ぎに終了して本部施設に帰り昼食を頂いてから13時30分からの全国老施協東海北陸ブロック会長会議に挑みました。会議では未だ終息をみない新型コロナウィルスにより、東海北陸ブロック研究大会のズームによる開催について先ずは話し合いました。私は意見の中で『災い転じて福と成す』事を展開するチャンスだとの意見を述べさせて頂きました。次にこのコロナ禍での支援体制について各県の現状報告を聞き、岐阜県の支援体制と今後の方向性について述べさせて頂きました。次に全国老施協のブロック別懇談会について東海北陸ブロックとして、正副会長も含んで参加する方向で決まりました。

その後石川県の久藤会長(全国介護福祉政治連盟会長)と福井県の皆川会長(全国老施協副会長)から園田参議院議員(全国老施協組織内)を中心とした政治に対する重要性について話をして頂いたので私からも東海北陸ブロックでの磐石な体制をとる必要性について熱く語らせて頂きました。

本日は2本の会議だったので、少し余裕のある時間が流れましたが、明日は10時から岐阜市で 会議が行われ12時30分から2本の会議があるので10時からの会議は中座しなければいけないことについて先程連絡すると「若山会長に話し合いの口火を切って貰わないと盛り上がりませんので、時間的配慮をしますので必ず来て下さい。」と言われてしまいましたので、少し早めに着くように明日は出掛けたいと考えています。

新規事業の事が少しづつ口コミで伝わっていて、就職希望の連絡が来たり、視覚障害者福祉協会からは来年早々に説明会を開いて欲しいとの連絡があったりでリピーターの皆さん。私は嬉しい悲鳴と共に分身の術を習ってこなかった事を後悔してます。(いくらお腹が出ていても半分には分けられませ~~ん。)

昨夜はコップ2杯の冷酒で酔ってしまいました

令和2年11月18日

昨日は火曜日と言う事で、デイサービスの帰りの送迎車が出発したのを確認して(施設の大駐車場で待機して貰って)玄関先に移動販売の『ダルマヤ』さんが来て下さる日で、私はいつも昼食のプラスアルファーの食材とその日の夕食のつまみと宿直者用のパンを買うのですが、昨日はやたらとつまみになるものを多く買ってしまい、尚且つ夕食の食卓に赤ウィンナーがあり、いつもだったらコップ1杯で終わる冷酒が2杯(しかもなみなみと)飲んでしまい、多分良い気分になってしまったんだと思うのです。何故ならお腹いっぱいだとの制御機能が利かなくていつもなら1枚しか食べない大きなあられを2枚でも駄目なのに3枚も食べてしまい、尚且つ朝食時にしか食べない事にしている果物まで(みかん3個)食べてしまいました。

その後いつもならば、夕食後はすんなりと2階の部屋に行くのに昨日は我が家の年寄り猫(今月23日に満19歳)リットがソファでどてっと寝ていたので(いつもの事ですが)しつこくしつこくかわいがってしまいました。老猫リットにとっては大変迷惑だったと思いますが、飼い猫である以上は我慢するしかないのです。その後ベットに入ってからも酔っぱらっている為か、すんなりと寝なくてビデオをみたりしてウダウダ・・・。正直コップ2杯でこの体たらくです。

 

 本日は会議三昧でした

 午前10時から12時までは全国老施協『2035の会』と言って各委員会の若手である幹事の方々にしっかりとした意見を話して貰う会議で、その仕切りは総務・組織委員会委員長である私がしなくてはいけなくて(若手の指導係りと言う事になります。)5人いる副会長は全員参加してくれたので、今回は各委員会の報告を4分以内での発表をしてもらった後で話をして貰いしたが、副会長の話を聞いていて、「このままだと幹事が萎縮してしまうな。次回からは副会長の参加は遠慮して頂こう。」と思った次第てした。

会議の閉会挨拶と総括を兼ねて私が話をして終了したのが12時少し前。私は慌てて昼食である味噌ラーメンを流し込み13時30分からの全国老施協正副委員長会議の前に会議中に沢山の電話を頂いているのに対応すると共に次回からの進行の仕方について総務・組織委員会担当副会長に私の考え方を伝え了解を得ました。

そんな事をしていると13時20分になったのでウェブ会議のセットをして、会議に挑みました。会議は会長の話の後は口腔ケアの大切な事の講演があり、その後、介護報酬改正に向けた方向性の報告があり、最後に各委員会の委員長から委員会報告を行い終了したのが16時5分前。

本日は16時から関ヶ原町地域ケア会議が『やすらぎ』であるのですが「とても間に合わない」と思い、五次部長に少し遅れる連絡を頼み車で急ぎました。(制限速度を守って)結局10分遅れで「遅くなりました。」と会場に入り、私なりの意見も話しして予定時間を若干延びた17時20分に終了。

本日は3本の会議の『はしご』明日は午前中は新規事業の打ち合わせが10時からで、14時からは全国老施協東海北陸会長会議の2本があります。リピーターの皆さん、明日も頭を切り替えて頑張りますので見守っていて下さい。

 

岐阜新聞大垣支局の記者が取材に来て頂きました

令和2年11月17日

岐阜県初の新規事業の盲養護老人ホームの名称が、岐阜視覚障害者福祉協会の公募により11月6日に内定して、11月13日の当法人理事会で『優・悠・邑 和(なごみ)』と正式承認されたのを受け、本日10時30分に関ケ原の本部施設に岐阜新聞大垣支局の記者さんが取材に来て頂き、岐阜県初の盲養護老人ホーム設立の意義を熱く語りました。その中では『8050問題』が近い将来切実なものになる事や、『家族関係の希薄化』果ては『晩婚化』や『少子化』についても熱く語りました。多分30分位の取材のつもりだったのでしょうが12時過ぎまでしっかり話し続けました。勿論、その話題は新規事業に留まらず『外国介護人材のマッチング』や『新型コロナウイルスによるクラスターへの支援体制』や『杉和会の理念』や『杉和会の23年の経過』についても熱く語らせて頂きました。今回の取材への協力依頼はかつて岐阜県庁担当の記者をされていて岐阜県の会議で名刺交換をして親しくなり、何度も本部施設まで足を運んで下さり、意見交換や情報提供をしたりして、そのご縁で岐阜新聞の『素描』の欄に8回シリーズで毎回660字を書かせて頂いた思い出深い記者に情報提供させて頂いた結果の大垣支局の記者による取材になったわけです。

私は多くのご縁を頂いて色んな方のご支援を頂き今があるのですが、その中で社会福祉法人杉和会の理事長として、岐阜県老人福祉施設協議会会長として、今最も大切にしている事は、過去の蓄積を大切にしながらも今の状況を理解して将来への展望を示して実践していく事だと考えています。平成8年に老人施設を設立しようと考えていた時に世間一般では「介護は家でするもの」との意識が強く、施設に対する見方も厳しいものがありました。しかしながら、急激な少子高齢化と凄まじい勢いで認知症(その頃は『痴呆』と言っていました。)の方が増加し続けていく中で、関ケ原町での特別養護老人ホームの存在価値は上がっていきました。勿論、国の方でも制度の充実を図るべく、『介護保険制度』が導入されたわけです。

その後、大垣市における特別養護老人ホームの建設は個室オンリーの考え方に疑問を持ち、和合の施設は敢えて『従来型特養』の建設を成し遂げました。今回の盲養護老人ホームの建設に対しては、養護老人ホームが全国的に赤字施設が多い中での計画に疑問を投げかけられる方も多く見えましたが、何年か先に岐阜県に盲養護老人ホームが無い状態は岐阜県の視覚障害者の方に不安を与えてしまうのではないかとの考えから生まれたものです。私は社会福祉法人とは地域の方々に安心安全を持った生活をして頂く為に存在していると考えていますので、例え赤字施設であっても存在意義があればやり続けていくことに必然を感じています。リピーターの皆さん。私はこんな生き方しか出来ませんが今後ともよろしくお願いいたします。

 

くたくたですが・・・ガンバリマス

令和2年11月16日

昨日は午前3時からの行動開始で流石に19時からのお通夜については岐阜の帰りに前倒しで行かせて頂きその後施設に帰りコラムを完成させたのが19時で、つくづく「申し訳なかったけど前倒しでお参りさせて貰って良かった。」。と思った次第です。その後家に帰りお風呂にゆっくり入り(コラムが打ててあるので)流石に疲れているのを自覚したので夕食時にコップ1杯だけ冷酒を飲みました。21時には『こてっちゃん』で寝てしまい朝食を7時に頂きお腹は満たされましたが、昨日の疲れは完全にはとれていない事を自覚しましたが、10時出発で福井県越前町にある盲養護老人ホームの施設見学に岐建から2人、デザインボックスから2人、設備関係の下請けの方が2人と法人側から5人が行く事になっていたので本来予定されている10時からの葬儀に出れないので9時にお参りと焼香をさせて貰い棺の中のお顔を見させて頂きながら長男夫婦に思わず「生前のお顔よりも綺麗な顔をされていますね」と言ってしまいました。そうすると長男さんから「最後までお世話になりました。」と言って頂きました。

お参りの 後施設に戻りしばらくすると順次参加される方がお見えになり車2台に分乗して10時前に越前に向け出発。吉田部長の運転だったのでコラムを打ちながら外を見ると北陸路の紅葉を楽しむ事が出来ました。(ここまでが越前へ向かっている車の中です)施設に着く途中で越前そばを食べる為、前回食べて美味しかった店を探していて、2台の車でうろうろして、何とか前回のお店着きゆったりとランチを食べて再び施設見学をさせて頂く施設に向けて車を走らせ13時前に施設の駐車場に着くと荒木常務さんが駐車場に誘導して下さり、私は改めておもてなしの大切さを教えて頂いた思いになりました。

見学者である私達10人を多くの職員さんが出迎えて下さり、会議室への案内をして頂き、先ずは色々な立場で質問をさせて頂き荒木常務さんを始め4人の職員さんから答える形での話し合いを持って頂き、その後施設内を案内して頂き、至るところで質問をさせて頂きここでも丁寧に答えて頂きました。施設内を案内して頂いていて、関心したのは、どの職員さんも丁寧に挨拶をして頂けた事です。

その後再び会議室に案内して貰い最後に理事長である私からお礼の挨拶をさせて貰い、再び駐車場までお見送りして頂き、一路施設へ向け車を走らせ、本日は17時15分から本部施設の幹部会があるので南条サービスエリアによりパンを買い込み再び車を吉田部長の運転で施設へ向け走って貰っています。今、事件が起きました。私達が乗っている車を猛然と抜いていったトラックが覆面パトに捕まりました。これぞ正しく安全運転こそ大切。リピーターの皆さんそう思われませんか。安全運転の為に予定の17時15分の幹部会には若干遅れそうですが無事に施設に着くのを優先します。キツかった一日も無事に終わりそうですので、明日以降は地に足が付いた日々になるようにしたいです。

充実過ぎる一日

本日、午前2時57分に本部施設の管理宿直をしていた伊藤主任から看取り対応をしていた方の連絡で「入居者の方が心停止です。」との連絡を貰い、直ぐに着替えをして施設に向かいました。その後入居者の長男夫婦がお見えになり、お部屋に行って貰うと多賀先生も来て頂けたので(施設側としてはとっても有難い事です。)お部屋で死亡確認をして頂いて多賀先生をお見送りしてから、長男夫婦を会議室にご案内し、葬儀等々の今後の相談に乗らして頂き、6時30分にお寺との調整が出来て長男夫婦には関ケ原町での手続きに行って貰い、10時30分から施設に納棺師の方に来て下さり、15時30分に葬儀場に関ケ原町の車でご移動して頂く手配をして、私も一旦家に帰らせて頂きました。

本日は岐阜1区選出の野田聖子衆議院議員・自民党幹事長代行のセミナーが岐阜都ホテルであるので、午前中の対応をさせて頂き、残念ながら施設からのお見送りは職員に任せて出掛けます。只し、本日19時から関ケ原町の斎場での通夜式には参列するので、綺麗にお化粧をして頂いたお顔は斎場で見る事が出来るので自分なりに納得しています。(ご縁を頂いた方に対してはご家族様共々最後の最後までお付き合いさせて頂きたいと考えていますので。)

午後からの野田聖子衆議院議員のセミナーも大切にしなければいけないと考えての日程調整です。野田聖子衆議院議員は、9期連続当選の自民党の中でも重鎮としての存在で(まだ60歳になられたばかりですが)、介護保険制度や介護報酬の最終的な決定は政治の場で決まると言っても過言ではないので、野田聖子衆議院議員と親しくお会いできる時間も大切にしたいとの思いからの日程調整です。野田聖子衆議院議員とは個人的に酒席の場を持たして頂いた時に話題は豊富だしお酒はお強いので、私も負けじとお酒も頂きながらお話も沢山させて頂きました。それ時以来、野田聖子衆議院議員は私と話をして頂く時には『老施協の政務調査会長』と言って頂くのを恥ずかしさ半分ではありますが嬉しく思っています。

本日は多くの方が参加されてのセミナーが開かれます。コロナ禍でのセミナーですが三密に留意しての対応にも興味があります。先ずはコロナ禍でのセミナーと言う事で1時間に絞っての会だったのですが、開会の挨拶、来賓挨拶も短く中身の濃いものになっていて挨拶に続き野田聖子衆議院議員のお話でしたが、あいからわず自信に満ちた話の中にも難しい内容を分かり易く話して下さるのは私にとっても大変勉強になりました。

引き続きは、セミナーの講師である、元内閣府次官で現在(一社)経済社会システム総合研究所理事長の『松本健士』さんの話しだったのですが、その中で『危機』とは・・・大きな問題が生じているのは明らかだが、誰もが実態を正確に把握出来ない状況。専門家の見解も分かれる。そこで政府は1つの方針を定め対応する必要があり、修正が必要な場合も。国民への情報提供が不可欠。更に個人や企業は、政府任せにせず、自らアンテナを張り、冷静な判断を保ちながら政府と民間の『緊張関係』が重要との話を聞き、私は改めて杉和会理事長として情報を的確に示していく事の大切さを学びました。もう一つ学んだのは、講師の松本先生は野田聖子衆議院議員ののブレーンとしての関係を築いている事を知り、改めて優秀なブレーンの存在があってこその活躍なんだと思いました。予定より10分の延長こそありましたが、全てが終了して駐車場からなかなか脱出出来ませんでしたが『忍にん』で駐車場から出て、「ついでに明日の福井県越前町の施設見学用の手土産に本巣の柿を買って帰ろう」と少し寄り道を決め込んだところ、日曜日での最盛期と言う事もあり5軒のお店によってようやく満足する物をてに入れ、施設に向け車を走らせている内に午前3時からの疲れが出てきて、あいからわずの『予定は未定であり、決定ではない』をしてしまいました。

と言うのは19時からのお通夜参列の体力が無いとの結論で、関ケ原町斎場へは施設へ帰る途中でお参りをさせて頂き、家に帰ってからではコラムは書けないと考え、施設に帰りパソコンでコラムを打ちました。「どうして家では打てないの」と疑問に思われた方の為に正直に言いますと、家でお風呂に入ってコラムを書いているとお風呂で寝てしまう確率が50%以上だと思うからです。今は心身共にくたくたですが、明日は、10時からの葬儀には施設見学の出発が10時なので叶わないので9時にお参りをさせて頂き施設に帰っての出発ですが、気力、体力を戻す為にお風呂に入ったら即寝ます。

本日快晴

本日快晴

 

私の唯一の孫が5歳の七五三のお参りを垂井にある南宮大社でご祈祷をするので、大垣の貸衣裳屋さんでの『変身』が出来たら連絡があるとの事で自宅で待機していたら9時14分に息子から連絡があり、南宮大社に向かったのですが、車の窓越しに空を見上げると雲一つ無い青空で、これを『七五三日和』と言うのかと思いつつ南宮大社の境内に入って行くと既に本日の主役の孫翔(かける)と共に息子夫婦もいたので凛々しい孫の姿を見て「これぞ正しく馬子にも衣装」いやいや「孫にも衣装」と言う訳で私は思わず「殿」と話しかけていました。衣装は凛々しいですが、やっているのは、いつものようにひょうきんに動き回る姿に『じいじい』は目を細めるばかり・・・。このコロナ禍で神社も『ソーシャルディスタンス』なのでしょう。祈祷に参加出来るのは孫の他に息子夫婦のみ。そして、神社の境内に入って行ったと思ったら、それほどの時間もたっていないのに外に出てきてびっくり。これぞ正しく『三密』を避けた素晴らしい対応。あまりに早くすんでしまい、昼食の予約時間の11時30分にはあまりにも早すぎると言うことで、新規事業の現場に行く事にしました。車を乗り付けると現場監督が丁度外にみえたので中を案内して貰う事にしました。孫の翔は25トンのクレーン2台が重そうな資材を釣り上げているのを興味深く見ていていたのは印象的でした。その後昼食を予約してあるお店に移動して、申し訳ありませんが昼間から孫をだしにして、息子と二人で冷酒をしっかり頂きました。15時から入居者さんの問題について契約者も交えての話し合いがあるのですが30分だけ横になり眠る事が出来、施設の車で送り迎えをして貰い、話し合いも無事に終わり再びベットで眠りにつき、「何かやるべき事がある」と目を覚ましたのが20時丁度でメロメロの頭で今コラムを書いているところです。しかしながら、めろめろの頭でもコラムを書いているわけですが、「私がこんなに律儀にコラムの更新に向かえれるのは不思議だ」と冴えない頭で考えていて思い浮かんだ結論は「孫の七五三があり、昼間からお酒を飲んだからとは言え、中断すると明日からも書かないだろうな」と言う事。いつも職員達に『継続は力なり』と言っている私が率先垂範しなくて誰が私についてきてくれるんだと、長々とと言うよりぐだぐだと本日のコラムを書いてしまいましたが、リピーターの皆さん何とか継続出来ました。駅伝での見切りスタートで白たすきになる惨めさを味わう危機を逃れた事を評価して頂き、明日は素晴らしいコラムを書く事をお約束して今日のコラムにします。でも、『予定は未定であり決定ではない』ので素晴らしいものになる

律儀

令和2年11月13日

昨日10時からは新規事業の打ち合わせがあり、昼食を挟んで14時から全国老施協の会議が16時20分過ぎまであり、その後18時30分から関ヶ原町公民館で関ヶ原町の主だった方々が集まっての会議があり、終了時間がわからないにも関わらず全くコラムの原稿が書けてなくて「帰宅後に書くのは大変だ。」と考えた私は事務所内のパソコンに向かってコラムを書き出しました。

一生懸命に書こうと必死にパソコンに向かっていたのですが、本館2階の責任者である西村課長が入居者さんの対応について相談に来たのでアドバイスと言うか今後の対応について話をして、その流れの中で入居者さんの契約者の方に電話をしたりの対応をして、その後吉田部長が新規事業の入札の事で何度か相談に来たり、ショートステイ利用者の方が「今日は泊まりでないので帰らなあかん」と言って来て事務所内の職員が困っていたので対応したりと。

どの対応も大切な事なので、その都度パソコンの手を止めて対応しながら、「正直時間がない。」と内心焦りながらもにこやかに対応しましたが、どんどん予定の時間が迫ってきていたのです。「初めての会合で私は末席の立場だから18時までには行きたいし遅くから家に帰っての夕食は嫌だし」とイライラしながら時計を何度も見てパソコン打ちにその都度集中しました。

結局コラムを打ち終えたのが17時40分で私の奥様かをり様に朝の段階でお願いして作って貰っていたおにぎりを家で味わって食べる余裕がなくて、スーツに着替えて、おにぎりは車で移動中に食べる事にしました。「運転しながらおにぎりを頬張るのは久し振りだな。立ち上げ時の25年位前には度々そうだったけど。」とかつての事を思い出しながら(それ以降も度々ありましたが・・・。)車の中でむしゃむしゃ食べて、関ヶ原町中央公民館に着いたのは予定の時間より5分遅れの18時5分。

楽勝で駐車場に車を停めれたので「参加者の皆さんはこれからだな」と少しほっとして公民館の2階の会場に入って行くと会議を取り仕切られている元自治会連合会長さんが町長さんとお話をされていたのでご挨拶をして回りを見渡すとお世話係りの方以外では一番乗りだったようで、「ここは、何処に座るか難しい。」等と考えながら真ん中位の位置に座りながら頂いた資料を見ていると関ヶ原町で色々な立場で活躍されてみえる方が次々と部屋に入ってみえて、それぞれに挨拶をしていると、申し訳無いことですが、私が誰だかわからない方が「若山さんやね。ご苦労様です。」と声をかけて下さる方が何人かみえたので、ここは反省反省。全てが終了し20時にはて家に帰れたので「こんな事なら会議が終わってからゆっくり家で夕食を味わいながら食べても良かったな。」と思いながら改めて私自身の事を『よっぽどの律儀なお方』と思ってしまったのですが、(あいからわず題名の事は最後に登場しただけでした。つまり、今日のコラムは前置きが95パーセント以上と言うものになりました。)リピーターの皆さんはどう思われますか。

新規事業の打ち合わせに参加しました

令和2年11月12日

11月6日に視覚障害者福祉協会との話し合い後にデザインボックスさんと岐建さんと共に新規事業の建設現場事務所に移動してドローンで空撮した映像を見せて頂いたり、施設の図面を立体化したBIMと言う手法の画面を見せて頂いたりして、映像に対する進化に驚いたり感動したりしたのですが、本日は午前10時から『第一回現場打ち合わせ』があり、第一回の打ち合わせと言う事で垂井駅前の洋菓子店『メルシー』(実は私の従兄弟のお店)で『垂井』と銘打ったお菓子を買って現場事務所に行きました。当法人から5人、岐建から3人、デザインボックス2人、三城コンサル2人、大垣ケーブル、橋本電機、松井工業と総勢15人が一堂に集まり打ち合わせをしました。

基本的には岐建の工事責任者の高橋監督が進行役で進めて頂いたのですが、一番最初に本日上席の課長さんが(本日は参加して頂いてました。)撮影されたドローンの映像に全員が釘付けになるくらい綺麗な映像で尚且つ見一杯の作業が行われていて、高橋監督の「12月1日には建て方(建前とも言います。)が出来る様に頑張るぞ」との気持ちが伝わってきます。その後、それぞれの立場で質問が投げかけられて、その投げかけに理事長である私が答えたり、高橋監督が答えられたり、三城コンサルの社長が答えられたりしながら打ち合わせが進んでいきました。色々な立場からのものだったのと第一回と言う事もあり、12時過ぎまでの打ち合わせとなりました。

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私自身は14時から全国老人福祉施設協議会主催の中国ブロック組織強化懇談会がテレビ会議で予定されているので、急ぎ本部施設に帰り昼食を頂き会議の資料等を確認していると、パソコンの画面に順次参加者の役員さんが入ってこられて画面上でご挨拶をさせて頂いていて、定刻の14時に総務・組織委員会の田中幹事の進行で懇談会が開始されました。最初に全国老人福祉施設協議会平石会長の挨拶があり、それに引き続き中国ブロックの村尾会長(鳥取県会長)の挨拶を頂き、本題に入って行きました。この懇談会は『入会促進』と『全国老人福祉施設協議会の今後のより良い展開』についての話し合いで総勢40人でのものだったのですが、各県を代表した役員さんばかりなので活発な話し合いをしかも建設的な意見をたくさん頂き実りあるものになった事に総務・組織委員会委員長として感謝しています。リピーターの皆さん。私は今後も社会福祉法人杉和会の理事長として、岐阜県老人福祉施設協議会会長として、また、全国老人福祉施設協議会総務・組織委員会委員長として頑張っていきますのでますますのご支援ご協力をお願い致します。

 

悪夢

昨日はこのコラムにも書いたように、午後から断続的にお客様がみえて、それぞれに打ち合わせをしていて、段々と寒さが増してきて、最後のお客さんが終わった段階で私自身に限界を感じて早くに帰らせて頂き、速攻で夜具に着替えて布団に潜り込み、正直最初は体が震えていたので少し熱があったのかも知れませんが体の震えがなくなってから「今寝てしまうと夜中に眠れなくなるといけない。」とテレビをつけるとBSで『必殺仕事人』をやっていたので、「リラックスして時間を潰すには丁度良いかな。でも、本日のコラムが全く書けていないけど・・・。今の状態では書けないし」と・・・。長々と前段を書いてしまいましたが(いつもの事ですみません。)

結局18時からお風呂に入り夕食をとって(軽くうどんだけにしました。)何とかコラムは20時30分にクリアし21時には眠る事が出来、午前2時に目が覚めてからは、本日10時30分から8月以降に入った4人の新人職員(ベトナム2人、ネパール1人なのですが、日本語2級を取得しているので漢字も書けます。)に対する理事長講話(新人研修の一貫です。)を1時間する事になっているので、シュミレーションをしたり、新規事業もあり人事についても考えたりしていたら目が冴えてきたのですが、もう少しは眠らないとと考えて無理矢理眠ろうとすると眠りが浅くて体も本調子でないためか『悪夢』にうなされた事について書きます。(ようやく本題にたどりつきました。)その夢は出張に出掛けた帰りの出来事から始まりました。そして、「まだ時間があるし、せっかく遠くに来たのだし、お土産でも買おう。」と色々と品定をしていて、結局何も買えずに時間を確認すると「あと20分しかない。」と気が付き空港の入り口に急ぐのですが、案内板が全くなくて、それどころか空港内とは思えないようなところを一生懸命に走っていて、会う人会う人に一生懸命に行き方を聞き、言われた通りに走るのですが、一向にたどりつかない。それどころか教えて貰う人によって言われる事が違い、最後には明らかに外国の方に聞いていて、日本語が通じない事にイライラしていると飛行機の予定時間になってしまい「帰る事が出来ん」と思った瞬間に目が覚めました。眠っている時は金縛り状態だったのだと思います。

目覚めが悪かったので、朝食を頂いてから二度寝ではありませんが、着替え前にもたもたしていたら岐阜県庁から私の携帯に連絡。「何事か」と電話にでると、高齢福祉課のコロナ対策の責任者の方から八百津の小規模特養でクラスターが発生したので、いずれ県老施協に支援要請をしなければいけなくなるといけないのでとの事前情報を頂き、「たらたらしている事は許されない。」とシャキッとした状態になり、頭の回転がよくなった為か10時30分からの理事長講話のレジメを一機に仕上げる事が出来ました。講話内容については明日書きますが、朝イチの連絡に対して17時49分に「利用者3名、職員3名でのクラスターで、今のところそれ以外に陽性の方は出ていないので派遣要請は今のところしなくても大丈夫です。」との連絡を頂きました。

 

リピーターの皆さん。コロナは決して終息していません。お互いにマスク、手洗い、うがいと消毒の徹底をしていきましょう。

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