2020年11月の記事一覧

午前2時10分に施設から連絡がありました。

ここ1週間経口摂取が難しく点滴を行いつつ、調子が良い得意には大好物の梅干しやお酒を飲んで頂いたりして頑張ってこられた入居者の昨夜の報告で「体温39.5,最終排尿が10時30分」との事だったので、今迄の経験から「今夜にも夜間対応があるかもしれない」と思い、早い時間の21時過ぎに寝る事にしました。とても疲れていたこともあり、直ぐに眠る事が出来たのですが、午前2時過ぎに宿直者の坪井部長から第一報で「下顎呼吸になっており、厳しい状況です。」とのメール報告を受けてから、10分後に「心停止の状態です。」との連絡がきたのでお医者さんとご家族に連絡をして、幹部職員にはメールで知らせる様にと話をしてお医者さんが6時までには来て下さるのに合わせて家族もおみえになるとの連絡が再び来たので5時にアラームをセットして、うとうととしていると、アラームが鳴ったのでベットから起きて着替えをして施設に向かいました。

お医者さんは既に来て見えたのでお礼の挨拶をして、その後家族の方と葬儀等の話をして、ご自宅へのお迎えが8時と言う事で一旦家に帰り(帰る前にローソンに寄り早く来てくれた職員の朝食を購入)家で急いで朝食を食べ外出着に着替え再び施設へ。亡くなられた方のお見送りをして、事務所で銀行の決済や書類の整理をしていると、9時になったので10時からの和合の全体会に間に合うように出掛けました。

10時から2グループに分けての全体会が12時まであり、終了次第理事長室で職員採用の面接をしてから和合で準備して頂いた昼食(焼きそばを中心にした食事を完食)を食べて、13時までには30分程時間があったので14時から行われる『岐阜県高齢者安心計画推進会議』の書類の見直しをしていて時間になったので、岐阜県老人福祉協議会事務局に行き、来年度の打ち合わせをして14時からの会場である全建総連厚生会館に13時40分に着き会場である4階大会議室へ入って行くと県庁の担当者の方は揃ってみえたのですが、構成員のメンバーでは一番乗りだったので健康福祉部次長さんを筆頭にしてご挨拶をさせて頂きました。

定刻の14時から会議が始まり、次長さんのご挨拶の後、高齢福祉課長さんから今年度までの進捗状況と来年度からの方向性についての説明があり、その後意見交流の場となり、私もしっかり①介護人材②認知症③コロナ対策について岐阜県老人福祉協議会の立場で話をさせて頂きました。16時までの2時間は密度の濃い話し合いが出来たと思いますが、若干理想と現実のギャップでかみ合わないものもありましたので、次回にはその点も含んで議論出来るようにしていきたいと思っています。

会議終了後に県の担当者の方々とお話させて頂き、携帯に施設からメールが来ていたので施設に連絡すると、県の地域福祉課からの伝言だったので、私は思いました。「先程まで地域福祉課の上席の方と話をしていたのに担当が違うと伝わらないのかな。」と思いましたが、思い直して連絡すると「離職防止の研修企画の講師のリストを渡す事になっていた。」と言う事を私がすっかり忘れていたので、早速全国老人福祉施設協議会の事務局に事情を話すると、先程(18時30分)メールでリストを送信して貰ったので県の担当者に転送して本日の役割を終了しました。今は19時10分で長い一日でしたが、リピーターの皆さん。実はあっという間にだったんです。つまり本日も充実した一日であった事に感謝です。

昨夜はしたたか飲みました

月一回の若山会が昨夜18時30分から息子2人と甥っ子1人と私の4人で行いました。次男の日程で昨日に決まったのに時間になっても来ないので長男が連絡すると「仕事をしていて忘れていたのでこれから向かいます。」との返事に「あいからわずの次男だけど仕事だと言われたら何も言えんな。」で食事会を先に始めました。最初の一杯はビールで、その後は熱燗をガンガン飲みました。19時には次男も来たのでそれからはますます過激にピッチが上がりました。22時までしっかり飲んで二次会は勿論無しです。今時ですからコロナ対策としてのソーシャルディスタンスをしての飲み会です。つまり、広い部屋に4人だけ。向かい合いの席にはせずにの飲み会です。23時にはベットに潜り込み爆睡。朝は、いつものように5時30分には目覚めたのですがいつもと違うのが飲みすぎたのかしんどいのです。だから、町広報の6時のチャイムで飛び起き今はお風呂の湯船に浸かってコラムを書いているのですが、ようやく汗が出てきました。これでシャキッと仕事モードになれます。本日は午前中には面接もあり午後からは家族会主催の誕生会と本館1階、2階のお参りもあります。気合いを入れての展開は後程に書きます。(17時には早じまいさせて貰い家に帰り続きを書きます。)午前中の面接で事前に履歴書を見たら、名前からして日本人ではないな。と思いつつ会議室に入って行き、疑問に感じた事を質問しました。すると、親はペルー人だけれども本人は日本生まれの日本育ち。短大も通い介護福祉士の資格も持っていて外形は外人だけれどもバリバリの日本人。日本語とスペイン語が出来るとは頼もしい。色々な質問をしても模範解答をしてくれて、私的には少し不満だったのですが、少しリラックスしてからは、家族思いの優しさもあることがわかり、健康診断が出来次第採用することにしました。ある意味異色な存在ですが、日本人にはない良さを発揮してくれる事を期待してます。午後からは家族会の吉田会長に来て頂いての誕生会で3つのフロアで5人の入居者のお祝いをさせて頂きました。誕生会が終わり吉田会長と会議室で来年1月に行われる岐阜知事選の話し等をして、玄関までお見送りをして、本館1階フロアの入居者さんがお参りの為に集まられているとの報告を聞いたので、数珠とリンを持って急いでフロアに行き本館1階の皆さんとお経をあげて、カラオケの用意が出来ていたので『人生夢の途中駅』を歌わせて頂いていると2階のフロア責任者の西村課長が様子を見に来たので歌が済み次第2階に急ぎここでも入居者さんとお経をあげ、既にカラオケには『兄弟船』のリクエストがセットされているので歌わせて頂きました。お経も歌もお腹から精一杯の声を出させて頂いたので気分がスッキリしたのでリピーターの皆さん私は入居者、利用者の方に元気を頂いているのだと気付いた次第です。元気を頂いたので明日からも頑張りますの リピーターの皆さん私の展開を見ていて下さいね。

本日は入札が8本にわたって実施されます

今、関ヶ原町の広報により午前6時のチャイムがなりました。本日は13時から新規事業の設備等の入札が実施されます。具体的には①事務器機等②車2台③大型ランドリー④特浴⑤厨房器機⑥テレビ・洗濯機等⑦医療器機⑧生ゴミ処理機の8項目です。早朝5時過ぎから(外は真っ暗です。)色々な事を考えていて、施設に行くモードになってチャイムがなった瞬間に入札時の理事長としての役割である入札の上限価格(下限は設定しません)を書く事が出来てない事を。実は当日に書くのは今回に限った事ではなくて、いつもその流儀なのです。何故ならば入札価格を決めるのを最後の最後まで悩む事が大切だと考えているからです。但し、建設に係る入札は常に厳しいシナリオが常に待ってますが・・・。何故なら「出来るだけ低い価格にしたい。」との思いから敢えて厳しい価格設定を入れるからです。勿論今回の設備にしても同じなのですが、ある程度価格設定があるので、常識的な価格よりは厳しい数字を入れるだけなので少しだけ気が楽なのです。施設に行ったらいの一番の仕事だと思っています。(ここで朝食の為に一階に下りると本日はPTAによる廃品回収があるので、雑誌や新聞、段ボール等がビニールひもで縛ってあるのを玄関先まで運ぶと玄関を開けると道路は濡れていましたが、雨は止み青空が見えたので私は思わず空に向かって手を合わせました。と言うのも昨日は朝7時から新規事業の生コン打ちが一日あると聞いていて、本日も天気が良ければ新規事業の建設も順調にいき12月1日の建方も予定通りに出来ると確信したからです。廃品回収の品物を玄関軒下に置き、家に入って施設の宿直者に廃品回収への対応の確認の連絡をして携帯を切ってから直ぐに後悔しました。と言うのは今の施設は私がつまらない心配をしなくても対応してくれる状況があるのにと・・・。

 

(さてさて、13時からの入札の後、理事会も終了して18時30分からの『若山会』の間隙を縫って書く事にします)入札に引き続きの理事会も終わり後片付けをして家に帰り今(16時59分)コラム打ちを再開しましたが、17時30分には若山会に向け出掛けるのでほっとする時間も無いようです。さて、13時からの入札は私の書いた予定上限よりも低い数字で抑えられていたのですが、生ゴミ処理機だけは設置料分の考え方に私と相違があった為か落札出来なかったので関ヶ原町内の業者なので週明けに直接話をしてすっきりとしたいと考えています。

 

リピーターの皆さん 8種類の入札は流石に疲れましたが、本日は月に一度の若山会で熱燗をしっかり飲み、今は代行で家に向かっていますが大垣から垂井に入ったところで飲酒運転の取りしまりをしていましたが、勿論代行だから大丈夫です。たいがい熱燗を飲んだので、多分メロメロのコラムですが勘弁して下さい。

本日は9時から何組かのお客様対応をして13時からは県の事業に参加しました

令和2年11月27日

施設でのお客様対応をして、13時から『外国人介護人材マッチング支援事業』が岐阜市にある国際会議場で実施される為に出掛けました。この事業は岐阜県の補助金を頂いて岐阜県老人福祉協議会と岐阜県老人保健協議会が受託した企画の一つとして実施されたものです。この企画は介護事業に関わる事業所の介護人材の厳しさへの一助としてのものとして外国人材確保に向けた企画です。ちなみに、岐阜県の実情はここ5年は毎年1000人は不足すると言われていて、どの介護事業所においても大きな課題の一つです。当法人ではEPA(経済連携)によって10年前からインドネシア人を受け入れていて、最近はベトナムからの留学生、特定技能でベトナムとネパールからそれぞれ受けていて、かなり外国人材のノウハウはありますが、岐阜県内の事業所の中には「これから受け入れていきたい』と考えている法人もあり、岐阜県のご理解があり実施することができました。開会の挨拶は岐阜県高齢福祉課にして頂き、引き続き受託側の2団体の会長が挨拶をする事になっていましたので、私も老施協会長としてさせて頂きました。今回の企画には高齢福祉課だけでなく商工労働部がこのコロナ禍で職を失った外国人材への救済の企画も同時に説明がありました。今回の企画では県内で外国人材紹介の展開を頑張ってしている3事業者に前半は役割分担をして『介護外国人材受け入れ』の説明をして貰い

、後半は3事業者の特色を話して貰いました。今回はコロナ禍と言う事てウェブ参加が30事業所で直接参加は10事業所でしたが、具体的には今回の説明を基に3月にマッチングを実施する予定です。多くのマッチングが出来るようにしっかり根回ししていきたいと考えています。さて、今回の説明会の時に私にとってショックな会話がありました。それは、前半が終わり10分の休憩時間に老健協の会長さんから「若山会長はめっちゃ元気だけどおいくつですか」と言われたので「28年生まれです。」と言うと「私は22年だから6歳も違うんや。そりゃ元気なはずや。私は会長さんとそんなに違うとは思ってなかった。」と言われて複雑な思いになりました。そして、「70歳の境はしっかりあるし、私も75歳にもう1つ大きな境があると思っているよ」とも言われたので私は「生年月日だけではわかりませんし、先生も随分お若くみえますよ」と返すのがやっとでした。リピーターの皆さん。私は与えられた使命があるから頑張れる。だから『いつまでも活力を持って出来る幸福者』と思っています。リピーターの皆さん。まだまだ私は決して老けませんのでこれからも宜しくお願いします。

昨年着た冬服が合わないと言うか着れませ~ん

令和2年11月26日

関ヶ原町長選が今週火曜日(11月24日)に告示され現町長が無投票3選されたので、当選祝いに出掛けようと昨年来ていた冬服を取り出し着てみてびっくりと言うより驚きで正直焦りました。と言うのはズボンはアジャスターを目一杯ひろげて着る事が出来たのですが(これは『トホホ』の話です。)上着については着る事は出来たのですか、前ボタンが出来るどころか正直ピチピチで公の場所に着ていけような状態ではなくて、ましてや当選祝いの乾杯の音頭の役割をお受けしているのに 「この服は着ていけない。」と言う事で、前日まで着ていたスーツに慌てて着替えてクリア。実際にはトホホの話です。

昨日も岐阜県のグレード1の授賞式で大勢の方の前で健康福祉次長さんから認定証を頂き、ましてや認定証を頂いた後でマイクを渡され「一言をお願いします。」と司会者から振られ「おいおい、一言話をすることは何にも聞いてないぞ。ましてや私は一番最初に認定証を渡されたので心の準備が出来とらんわい」と思いつつマイクを渡されたら自分がすらすらと話をしている自分に驚いたり感心したり。「きっと私のご先祖様が頭の中に入り込み私の口を使って話をしていれのかも」と思いました。

そしてつくづく思ったのは「ピチピチのスーツを着てこなくて良かった。」と言う事です。そして、本日は厚生労働省の委託を受けた『女性活躍推進アドバイザーの方が10時のお約束でみえました。(コロナ禍と言う事で奈良から車でおみえになりました。)私からは昨日の岐阜県知事から頂いたグレード1の話や介護現場は女性主体なので、逆に男性職員が多いが、職員の離職率が低いのが、当法人の特色だと熱く語りました。

13時から新規事業の打ち合わせがあり、この1週間での進捗状況に感謝し、内装について具体的に決めていける幸せを味わう事が出来 打ち合わせを終え監督さんの案内で現地を案内して貰い改めて平屋での計画は壮大な計画だったと思いました。つまり、全て木造つくりで完成出来た時の事を思うと今からワクワクです。忙しく作業してもらっている職人さんにお礼を言いつつ回りました。新規事業の打ち合わせを全て終えて、中途半端な時間になったので、「スーツを買いに行こう。」と思い付き『ようふくの青山』に行く事にしました。「久しぶりに行くのに私の事をしっている方がいれば助かるな」と思い事前に連絡すると「出勤されている。」との事で、安心してお店に行けました。

そこで正直に「昨年着ていたスーツが着れなくなった」と話すると私のデータを検索して下さり、その大きさの服をみつけて下さり着てみると案の定着ることが出来ない。それではと「一回り大きなサイズのに手を通して下さい」でばっちり。「本当は2段階位大きいのを見つけて下さったのかも」と思いつつも口には出さずに、迷うことなくぴったり合うこのスーツを買う事にした次第です。青山での買い方は私の体型に合うスーツを購入するしかないと自重気味に思いました。リピーターの皆さん。来年は「このスーツがダブダブでみっともないと言われる位に痩せたる。この事は夢のまた夢。自分で原稿を書きながら虚しくなってきましたので今日のコラムはここまで。

 

充実した一日に感謝

令和2年11月25日

本日岐阜県庁の隣にある水産会館で岐阜県老施協正副委員長会議があり、道路が混むといけないので8時15分に家を出たところスムーズに走れたので会場に30分前に着き事務局との打ち合わせをして、定刻の10時になったのに二人の役員が来てないのでしばらく待っていると、いつもの県福祉会館だと間違えたと言ってバタバタと部屋に入ってみえました。昨日私は間違えられる方があってはいけないと役員の方に連絡したのに間違えられる。(別件での連絡だったので仕方がないのかな)思わず絶句です。10分遅れで会議が始まり、基本的にはコロナ禍における会の持ち方について話し合いをして、11時30分に会議を終了して、その後、来年度に向けての方向性を県社協の常務さんと部長さんとに話し合いを持つ為に県福祉会館に場所を移して話をしました。

終了後、本日14時から岐阜清流プラザにおいて『ぎふ・いきいき介護事業者認定証授与式&記念講演』があり、当法人は確認基準をすべて達成している事業者として『グレード1』の認証を受ける事になっていたので認証授与式の為に移動しました。昼食をゆっくり食べる時間もないし一人でレストラン等に入るのも億劫だったので、会場に向かう途中でコンビニに寄り、パンとおにぎりを購入してコンビニの駐車場で食べました。時間の節約にも貢献しましたが、一人でもぐもぐ食べるのはいくら食べても満足感が無かったように思いました。(だからお腹が際限なく大きくなるのですが)この認定制度は今年で4年目で当法人はグレード3、グレード2に続いてのグレード1の受賞で、グレード1は、この4年間でも16法人しか受賞してない名誉ある受賞です。この受賞は法人として職員の待遇面と資質向上に向けた取り組みをしっかりしている事を岐阜県知事から認めて頂くもので、今後もこの受賞に恥じない対応をしていきたいと考えています。

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その後、本部施設に戻り事務所内の私の机に置いてある書類に目を通し、必要に応じて電話をしたり、予定をガラケーの携帯に目もしたりしていて、途中で食パンにイチゴジャムを付けたのとお餅を焼いて食べて夕食の代わりにして19時からの全体会に参加しました。本日の全体会の冒頭、この一ヶ月で亡くなった二人の入居者に黙祷を捧げ、次に全国老施協の20年勤続表彰、全社協の15年表彰、関ヶ原町からの10年表彰を理事長である私から代読で手渡ししました。手渡しながらしみじみ思ったのは勤続年数が多いのは喜ぶべき事だと思いました。

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全体会が終了してから施設に対して迷惑をかけた職員の話し合いを持ち、結局終了したのは22時前。リピーターの皆さん、当法人のスタンスは気が付いた事を持ち越さずしんどくてもやりきろうとする幹部職員がいることが長く勤めて貰う最大の理由だと思っています。昔から言うでしょ。『急がば回れ』と。そして、中村会長のお言葉『労を惜しまず』これからも宜しくお願いします。

 

 

老猫『リット』がめでたく19歳です

令和2年11月24日

昨日我が家の猫『リット』が満19歳の誕生日を迎えました。昨夜はかつての入居者さんのお通夜が19時30分から垂井で行われ、しかも禅宗の檀家と聞いていたので、多分家に帰れるのは21時近くになると思われたので、「帰宅後にコラムを書くのはかなりのエネルギーが必要だけど挫折するわけにはいかない。」と思い、施設を出る前に一機にパソコンで打ち、「帰宅後の夕食は色んな意味で避けたい。」とも考えて斎場に入る前に軽く夕食を済ませ、(お蕎麦を食べました)通夜に参列したので、21時前に家に着くとお風呂に直行して湯船でリラックスして、お風呂から出るとリビングのソファーでのんびり寝ている老猫リットを見て「満19歳の誕生日には老猫用のキャットフード以外で唯一喜んで口にするメロンを買ってくるぞ。と言っていたのに、忙しさにかまけて買ってこれなかった。」と思い、せめてもの誕生日のお祝いと言う事で『ハッピバースデイ』の歌を手をたたきながら歌うと私の歌に合わせて「にゃー」と鳴くのでメッチャいとおしくなりました。

若者猫の時は私が恐い存在だったのか、私の車が車庫に入った事がわかると何処かに隠れる毎日だったのに、今では玄関先で凛々しく座って出迎えてくれる。この現象は多分リットが年を取り変わったのではなくて、多分に私の対応が変わったのだと思います。その辺の感情をよむことにかけては猫は犬よりもはるかに勝優れていると感じています。ところで、リットの誕生日に合わせてインターネットで猫年齢を検索してみました。諸説あるとは思うのですが、生後2年で24歳になり、その後は1年で4つ歳をとるとの事なので、19ー2=17なので、17×4+24=92歳と言う計算が成り立つのです。と言う事は我が家の猫は長寿だと思います。

歳をとったからなのか、単純に厚かましくなったのかは定かでありませんが、夜中に私が寝ている部屋の戸をかりかりと前足ですると共にニャーニャーと鳴き続けて「お腹が空いた」とアピールするのですが老猫用のキャットフードは一杯皿に入っているのに起こすのです。つまり、リットは食べ物を要求しているのではなくて、「食べるところを見てなさい。」と完全に上から目線なのです。根負けをした私が食事を食べる所に置いてある椅子に腰かけたのを確認すると食べ始め、取り敢えず満足すると、私を全く無視したように知らん振りをして、自分の寝床に行くのです。

しかし、これで終わらないのが我が家の猫『リット』の凄いところです。と言うのはひどい時には先程書いた『かりかり』『ニャーニャー』が10分後から何度も続くのです。そのような状態が的には午前3時であったり、4時であったり、5時だったりするのです。イラつきながらも「可愛い」と思ってしまうわたしの事をリピーターの皆さんはどう思われますか。

全国老人福祉施設協議会主催の研修大会の発表について

令和2年11月23日

お陰様で本部施設は23年の実績の中で、全国大会へのチャレンジを多くの職員がしてくれ、多くの職員が『優秀賞』や『奨励賞』を受賞したのを、会議室に飾っているのですが、全国の強者の中での受賞はなかなか至難の業なのだと思うと立派な結果だとは思います。受賞した職員は見事に幹部職員になっています。と言う事は、当法人の幹部になる為の登竜門になっていると言っても過言ではないとも言えます。私自身は広報委員会の副委員長とか研修委員会の委員長をさせて頂いた時に評価する側で審査委員長をさせて頂いた時に、「この発表は素晴らしい」と思った発表者の方の所へは審査結果が発表された後で必ず名刺交換をして当施設の展開に生かすようにしてきました。

但し、近年の発表には正直、あまり魅力を感じていませんでした。その理由を考えていて思う事は、課題が硬直化しているからではないかと思っています。勿論、大会運営委員会では色々な観点で配慮をされていると思うのですが、施設職員の方で新しい発想に基づいて研究発表に打ち込む余裕がないのかとも思っています。そこで、本部施設の正職員には、共同研究(3人以内)もしくは個人研究での発表を義務付けています。

このシステムにしてから3年が経過して、本日、研修担当責任者から提出された企画書を見て正直がっかりしました。その理由は「とにかく提出しなければ」との思いばかりが目立つものばかりで3年目にして企画の思いが理解されないままなのではないかとの思いを強く思った次第です。そんな事を思っていた時に今年度から出来たシステムにより、この6月に『主任』に昇格した職員が事務所に来た時に私の席に呼び、『企画書にかける思いと、研究の展開の仕方』について改めて話をしていて愕然としました。

それは、主任と言う役割は指導的立場の職員なのに、「この程度の事も理解していないのか」と言う事です。ひょっとしたらその職員は私の言った事は当然の様に理解しているにもかかわらず神妙な顔で聞いていたのかも・・・。と一瞬思いましたが、その後直ぐに、「こんなレポートしか書けないのなら理解してないな」と思うと共にこの現象は職員の資質が劣化しているのか、それとも業務をこなすのでいっぱいいっぱいなのか。どちらにしても由々しき問題だと考えています。

当法人の基本理念である『今日一日楽しかったよ』を構築する為には理事長として施設長として真剣に悩み再構築に向けて実践していかなければならないと思います。『三歩前進二歩後退』いやいや『前進あるのみ』で来たつもりでいましたが、幹部職員と共にもう一度よく話をしてより良い方向に進んでいきたいと思います。一つの現象の中には色々な問題が内在していると考えていますので、しっかりと色々な面の検証をして頑張っていきますので、リピーターの皆さん。しっかりと当施設を見ていて下さい。

 

今年2回目の芋煮会です

令和2年11月22日

10時前に芋煮会の火入れ式を私の手で行いたいと言う事で、関ケ原町長選の事務所開きが9時の受付で行われると言う事で、8時30分に家を出て会場の近くに大垣共立銀行関ケ原支店があるので、私の車を停めさせて貰い、9時前に会場入り口の受付を済ませて(検温と消毒をしました。)会場内に入って行くと、町長さんと選挙責任者の2人がお見えになったのでご挨拶をさせて頂き、しばらくすると続々と参加者がお見えになりそれぞれにご挨拶をしていると、式典は10時からだとの話が聞こえてきたので(だから一番乗りのような状態だったと知りました。)「主だった方に事情を話して式典前に帰らせて貰わねば」と考えて会場内をうごめき改めて理解を得て会場を後にして施設に向かいました。

施設に着くと既に芋煮の準備は整っていて、芋煮用の服に着替えて火入れ式を行いました。薪はしっかり乾いていて、上手に薪が汲んであったので綺麗に火が点き30分もしない内に大鍋の水は釜茹で状態になり、沢山の具材を鍋の中にほおりこむと、前回より気合が入っていたのか鍋の蓋が出来ない状態になってしまいました。(つまり山盛りになったと言う事です。新館、本館、デイサービスの順に入居者さん、利用者さんが見学に来て下さったので、「寒い方は火の傍に来て下さい。それでも寒い方は釜茹での中に入って貰います。」等と楽しい会話をしていて、その都度大鍋の蓋を開けて沢山の具が入っているのを見て頂くと異口同音の反応で「いっぱいやな」との反応があったのは嬉しかったです。

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入居者さん、利用者さんが折角来て頂いたので、ラムネやチョコレートやビスケットをお茶と共に楽しんで頂き、味噌は入ってない状態のいわゆる野菜スープの状態のものを飲んで頂きました。皆さん「美味しい」と言って頂けたので「お昼ご飯の時には味噌とお酒のいっぱい入れた味噌汁を食べて貰います。」と言うと「楽しみやな」の声を多く聞く事が出来ました。色々なお話を聞かせて頂いた中で特に印象に残っているのは、新館の97歳の男性の入居者さんが、「美味しい芋煮を食べたら100歳まで元気でおれるな」とニコニコされていたのには、「これだけの事で喜んで貰えるのならこれからも頑張ってやらなあかんな」と思いました。

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完成した芋煮を新館1階、新館2階、本館1階、本館2階、デイサービス、職員の6個の鍋(家庭用では考えられないくらい大きなお鍋)に振り分けて配る手配をしてから、残った芋煮の中にうどんと餅を入れて再び薪を入れて煮込み外のテーブルで食べました。手前味噌な言い方になりますが「めっちゃ美味しかった」。そして片付けをしながら思ったのは「雨の予想に反して天候に恵まれたので素晴らしい企画になったのだ」と。これはきっと、リピーターの皆さんの中で『てるてる坊主』を立派に作って「芋煮会が盛大に行われますように」と祈って下さっている方があるからではないかと思うとその様にやって頂いている方に手を合わせなくてはいられないと思っています。

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新規事業としてやるべき事

令和2年11月21日

昨夜は夜中にお腹が痛くなり(朝には大丈夫になってます)眠りの浅い夜となりましたので、9時過ぎまで家でもたもたしていて、施設に着き、私がいつも車を置く場所に見慣れない車が停まっていたのですが、その車の主は本日10時から新規事業の為に面接に来て下さった方と報告を受けて、完全に新規事業モードに入りました。だって、良い人材を確保することが良い施設を作る一丁目一番地だからです。事務職希望だったのですが、事務職の希望は複数あることを伝えて(明後日の23日にも二人の希望者の面接をします。)面接に来た方が、優しく一生懸命な方だと思ったので「1から支援員の仕事を教えますのでやりませんか」と話をしたところ、興味を持って頂けたのは有り難かったです。

面接が終わり午後からは、新規事業の主治医の先生の依頼の為にご挨拶にいきました。老先生はもうすぐ90歳だとのことですが、かくしゃくとされているので、施設開設前に老先生は不破郡医師会の会長をされていて、随分お世話になったと言う事を話しさせて頂きました。老先生にとっては大したことではない出来事だったのかましれませんが私にとってはとても大切な出来事だったと話をしてから、新規事業での協力をお願いしました。ご挨拶を済ませてから明日の芋煮会の材料で不足分の買い物をして、施設に帰り、明日は芋煮会で頑張らなければいけないし、久しぶりにかなり伸びた髪の毛をバリカンでかったので、早くに家に帰り自らお風呂を沸かし(スイッチを入れるだけですが)お風呂に入り頭を洗い、「パジャマに着替えてリラックスしよう。」と布団に横になった瞬間に(17時10分)施設からメールがきました。

お昼過ぎに胃ろうの方の管が抜けてしまい、関ヶ原診療所にお連れしたら対処が出来ないとの事で大垣市民病院へお連れしたが、土曜日の午後で対処が出来ないとの事で何も出来ずに施設に帰って来て、再び関ヶ原診療所に連絡すると「他の病院に行って下さい。」との連絡があったとの事だったので、直ぐに診療所の事務長にクレームの連絡を入れていると、電話での対応があまりにいい加減な対応だった事を知った診療所の責任者の先生から「穴が塞がらない応急処置なら出来ます。」と私の携帯に連絡が入ったので、私はパジャマから外出着に着替えると共に施設に連絡をして、入居者さんを診療所にお連れするようにして、私と診療所で合流する事にしました。

私の方が早く診療所に着いたので連絡を頂いた先生にご挨拶をすると、既に入居者さんの受け入れ体制はできていて(レントゲン技師も来て頂いていました。)しばらく待っていると施設の車が入って来たので玄関先で入居者さんを車から降ろして診察室へお連れして、20分位で処置をして頂き、先生達にお礼を言って再び入居者さんを施設の車に乗って頂くのを確認して、私は家に帰りました。

今回のケースは診療所の先生の機転により、大騒ぎをせずに済みましたが、今後の為に診療所も交えて対応策を話し合いたいと思っています。リピーターの皆さん。110人の方のお世話をさせて貰っていると、色んな場面に遭遇しますが、一つひとつ体験を生かせるようにしていきますので見守っていて下さい。

 

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