2019年09月の記事一覧

敬老週間5日目の本日は『バラ湯』です

令和元年9月20日

朝食を6時30分に食べ(早くに準備してくれた奥タマ『かをりさん』に感謝)7時過ぎに家を出て神戸(ごうど)にあるバラをビニールハウスで栽培しているかつて和合の施設の利用者さんのところに向かうのですが、正確な場所を把握していない私の為に和合の職員がコンビニの駐車場で待っていてくれていました。約束の時間は8時だったのですが8時10分前に私は駐車場に着いたのですが、既に車から降りて私を待っていてくれて「流石に出来る職員は違うな」と思い、車から降りてお礼を言ってから道案内をして貰う。

道案内は目的地はすぐだったので、8時丁度に着き、作業をされていたのか何度も大きな声で「おはようございます。」を連呼すると私のところに来て下さり思わず「9時だと聞いていたので、直ぐに入れ換えます。」と言ってバケツ2杯に山盛りになっているバラをビニール袋に。「流石に一万円分のバラの花の量は半端でないな。入居者さん、利用者さんの嬉しそうな顔が目に浮かぶ。」と思わずわくわくしてきました。

そして、22日の千巻経の時に来て頂く方にも立派なバラの花を見て貰いたいと思い「3千円分の売り物のバラをわけて下さい。」と言うと「たくさんの量になりますよ。」と言われたのですが「大丈夫ですからお願いします。」と言うと冷蔵庫の中から持って来て下さり1本ずつ丁寧に選んで下さいました。多分1本100円の計算で30本のはずなのに沢山余分に入れて下さり凄い花束になり13000円の現金をお支払し車に乗りました。

施設に向かう車の中もバラの匂いに満足して、施設に着き車を停めると待ち構えていたように職員がバラを受け取りに来て、私が玄関に入ると既にテーブルに新聞紙を敷きバラの花を並べている。私は思わず並べられたバラを写メで撮っていると、新館、本館、デイの職員代表者がビニール袋を持って来てバラを入れ始める。紅一点の新館の職員は情け容赦なしにどんどんビニール袋へ。デイの北島部長は一つひとつ吟味しながら大切にビニール袋へと入れ方は三者三様。ただどの職員もバラの花をお風呂に浮かべて入られる入居者さん利用者さんの笑顔を思い浮かべるとワクワク顔であった事は間違いなし。浮かれている時に思わず記念写真。職員がワクワクしながら企画をすることが大切だと改めて思った次第です。

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寿司吉のパフォーマンスです

令和元年9月19日

敬老週間の4日目は「寿司吉の板さん」総動員のパフォーマンスです。理事長自らお寿司を握るわけにはいかないので、謙虚に寸胴を活用した味噌汁作りの担当を受け持ちました。10時から火をつける予定をしていたのですが、9時には既に着火準備が出来ていたので着火剤を割り木に点け、しばらくすると勢いよく燃えて、大きな鍋のいっぱいの水は15分でお湯になり、「お寿司を食べるのはたしか・・・12時からだったよね」と言う事で「早いことは良いことだ」と余裕を持ってくべる薪を少しづつに調整して中に入れる具をしっかり煮込むことにしました。

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里芋、大根、油揚げを先ずは煮込み、11時になったタイミングで1500グラムの味噌を溶かせ(もちろん、赤味噌)味噌が溶けた段階で10丁の豆腐を入れていよいよ完成と言う段階で大勢の入居者さんが見学にみえて、入居者さんのテンションが上がりっぱなし。見学に参加された方に味見をして貰うと、「薄い」「濃い」「丁度いい」などと様々な意見が出て私は思わず「どっちやねーん。」でも、それぞれの入居者さんの顔はとーっても良い顔。

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施設の中は「寿司食いねー」の曲が全館に流れていて、寿司吉さんが持ち込んで下さった屋台では板前さんが一生懸命にお寿司を握って下さっている。入居者さんもお寿司を食べる前からにこにこ顔。私は改めて「日本人ならお寿司は最高のご馳走何だと。」12時から入居者さんに食べて貰う予定でしたが、全てが順調に行ったので11時50分から食べて頂こうと、事前にお茶を飲んで貰い喉を潤して貰い、準備万端になったところで、『寿司吉』のオヤジさんにご挨拶を頂き、

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お寿司がそれぞれに運ばれ食べられるのですが、「ゆっくり食べて下さい」と言ってはいても好きな食べ物だから飲み込みも早くて1皿目に出た6貫を食べられた方が次の4貫を3皿目の4貫と、結局14貫をしっかり食べられました。1貫が大きくて食べれない方は職員がハサミで切って食べる配慮もしてくれたので、みんな綺麗に食べて頂けました。勿論、お寿司には『ビール』と言う事でビールも美味しそうに何倍も飲まれる強者もおみえになりました。私が2時間以上かけて作った味噌汁もお代わりをして頂けて私自身も満足、満足。今回の味噌汁は正に「男の料理」そのもののように大胆に作ったのが良かったのかな。

この寸胴での味噌汁作りはもう一つの理由がありました。その理由とは先般の台風15号により未だ電気が無い不便な生活を強いられているとの報道がなされていますので、電気が無くても200人分の味噌汁を簡単に作れると言う実証もしたかったからです。どちらにしても、皆さんが事故もなく喜んでお寿司を食べて頂けた事に安堵すると共に次回は10月3日に『松茸尽くしのバイキング』もきっと喜んで頂けると思いますので、職員一同ギアを上げて頑張りますのでリピーターの皆さんも一緒に楽しんで頂けたらと思っています。

ところで、当施設が、「寿司だ」「松茸だ」と企画を実践出来るのは、光熱水費等々を節約して捻出して入居者さん、利用者さんの喜びを企画しています。そうでなければ10億円宝くじにでも当たらなければ出来ませんよね。だからこそ「地道にコツコツで大胆に楽しむ」この発想を確実なものにしていくには入居者さんとその家族及び職員の理解が無ければ実現しなくて、理事長である私は旗を振っているだけなんです。

本日は東京出張です

令和元年9月18日

公益認定社団全国老人福祉施設協議会正副会長委員長会議が東京平河町の塩崎ビル7階で13時から開催される為、今(10時07分)は岐阜羽島で列車を待ってます。

私はコラムの原稿を書いて本日私が会議で提案すべき事をまとめる事にします。(一石二鳥と言う事です。)私はこの6月から総務・組織委員会委員長の任にあり、

①全国の会員施設に有益な組織であることを理解して貰えるように会員の要望を円滑にお聞きして、可能な限り要望を形にする為に各委員会と連携を取り形にしていく事

②新規会員を増やす為に加入する事によるメリットを分かりやすく広報する為に各委員会の連携を図る

③各委員会の幹事(若手の役員)に本会がまとめた2035ビジョンの推進役になれるような方向性を示していく。と言う役割があり、委員会のメンバーは、担当副会長、正副委員長、委員4人、幹事の8人で構成されており、事務局員がサポートをする体制です。

大きな組織ですので(全国を8ブロックに分け会員施設は12000施設です。)委員会のメンバーはしっかりとした考えをもって頑張って役割をしていかなければいけないと考えています。当面は総務・組織委員会が中心になって開催する『タウンミーティング』『ブロック代表者会議』『会員促進会議』『2035の会』(幹事との意見交換会)の企画と実施の充実を図っていきたい考えています。

但し、本日の会議では先般大きな被害が出て未だ完全復旧に至っていない台風15号について、情報収集に努め、今後の展開に生かして行く事が肝要だと考えています。つまり、全国組織として速やかな援助体制を取る為に何をすべきかをしっかり検討しなければいけないと言うこと。災害はいつ、どこで起きるか分からないし、災害の被害についても多様化してますので、早急にプロジェクトを立ち上げていく必要性を熱く語りたいと考えています。勿論、岐阜県老施協会長として、岐阜県に対して防災関係の陳情をより具体的にしていかなければいけないし、県の組織としてもすべき事の具体化に向けて実行すべき事が山積みです。

勿論、当法人についてもより充実した備えを検討し具現化していかなくればいけないと考えています。災害が実際に起きてから慌てずに対応するためにやるべき事を考えるとオーバーヒートを起こしそうです。でも、帯状疱疹で頭がガンガン痛くて眠れなかった事を考えると全然頑張れると思っています。やるべき事をやりきって週明けからは垂井町で計画している盲養護老人ホームと養護老人ホームについても頑張ります。(やっぱりオーバーヒートしそう)リピーターの皆さんこのコラムで頑張っている状況を書きますので激励のメール等を頂けると嬉しいです。

昨日の落語会の報告

敬老週間の初日は笑福亭伯枝師匠による落語会で初日と言う事で、理事長である私の開会の挨拶に引き続き来賓挨拶として、自民党岐阜県連会長代行の猫田県議会議員、西脇関ヶ原町長、松井関ヶ原町議会議長、淡川連合自治会長にしていただき、その後理事長である私から改めて来賓紹介をして祝電披露と進め、今回衆議院の予算委員長に就任された棚橋衆議院議員をお待ちしていたのですが、待ちきれず笑福亭伯枝師匠の独演会を始めてこれから面白くなると思って何となく外の駐車場を見ると一台の車が入って来て「棚橋議員がおみえになった」と言う事でマイクを持って玄関先に走りながら「棚橋議員がお忙しい中、駆けつけて頂けましたので、ここでご挨拶を頂きます。」と話をして棚橋議員を玄関で出迎えていると、笑福亭伯枝師匠は流石に噺家のプロです。

慌てることなく、座を白けさせることなく棚橋議員の挨拶につなげて頂け、ご挨拶を頂いた後、またまた落語の世界に入って頂けました。落語の中で私の事を「始めて理事長さんにお会いした時、裏営業の親分かと思いましたが実際にはメッチャ優しい方でした。」と過激なジェットコースター並みに上げたり下げたりと私をいじる場面もあり、和やかに進んでいき、インドネシアからきた男子職員が師匠と共に高座に上がり小話と共にうどんを食べる所作をして貰い笑いを醸してくれました。やはりインドネシアの子にはユーモアのセンスがあり盛り上がってきました。次に新人職員の多賀君も高座に上がり桃太郎の話を『た』抜きで話すコーナー『た』を抜かずに間違えるとはりせんが炸裂。このコーナーは爆笑につぐ爆笑でした。

師匠は今年の2月に大腸癌のステージ3がみつかり大手術をされたと言う事で3週間入院されて、病気をして久々の外泊との事でしたがあいからわずの元気さだったので、夕食を一緒にさせて頂き、(流石にお酒はのまれませんでしたが)二軒目のお店では女の子を口説くまめさは流石でした。そう言えば私は帯状疱疹で入院して、二合のお酒をのむのがやっとだったのに、昨夜は浴びるほどのめたので、私は完全復活ですかね。

新しい施設の計画の為にもこの完全復活は嬉しい限りです。やはり私はお酒の量が健康のバロメーターかな。リピーターの皆さん完全復活の私の今後の活躍にエールを送って下さい。

『あおり運転』にもの申す

令和元年9月16日

毎日のようにあおり運転についての報道がなされています。確かに高速道路上で無理やり車を停めさせ、怒鳴り声をあげながら停めた車を運転していた被疑者の方を情け容赦無しに殴る様子が映り、尚且つあおり運転をした車に乗っていた女性がガラケーで写真を撮り続けているのまで報道されていたのを見た時には私自身「アングリと言うか唖然と言うか思わず絶句」でした。

但し一部の報道で「煽られる車も悪い」と言わんばかりの報道にも驚かされました。この発想は「下手なドライバーは運転するな」と言わんばかりに思えたからです。運転される方は、正規に免許を取られたわけで運転する権利があるのです。運転される方が全てプロのレーサーのように運転出来るわけでなし、車の免許を取った限りにおいては交通ルールを守るのは当然の事。自分の車がめっちゃ走る車だから「ルール通りに走る車は邪魔じゃ」的な発想はどこから生まれるのかと考えていた時、正にこの答えが出たと思える記事が今朝の朝刊に掲載されていました。

その記事とはあおり運転をして運転席からエアガンで相手の車に撃った容疑者の発言に「相手の方が危険運転をした。」とか「パッシングやクラクションでどいてもらおうとしたが、ブレーキを踏まれぶつかりそうになり、腹が立った」と供述しているのを読んで私の考えがまとまりました。

その答えとは『自己中心的な考え方』と言うものです。つまり、「自分はもっと早くに走りたいのに前の車がどいてくれなかった。私はパッシングやクラクションで警告したのにどかなかったお前が悪いのでエアガンで撃たれても仕方がない。」と言う正常な日本人なら理解出来る事を理解出来ない方が増えていると言う事。私が常に言っている「相手の気持ちになったケア」と言うのが空しく響いてしまう。

確かに私が運転している日常の中でも、片道複数車線の所で車間距離がそんなに空いていないにも関わらず右に行ったり左に行ったりする車を見かけて、「そんな運転をしてどれだけ時間を短縮出来るの」と思ったり、高速道路で追い越し車線が複数台連なっていて追い越しが出来ない事が分かっていて、車間距離を殆ど取らずに「早くどけ」と言わんばかりの車がいます。

私は事故に巻き込まれたくないので、無茶な車がミラーに入ると素直に走行車線に入る事にしてます。相手を殴った容疑者は『代車』でしたし、エアガンで撃った容疑者は盗難車で、ナンバープレートを偽造していたとの事。この心理は『自分だとわからなければ何をしても大丈夫』との発想なんでしょうか。かなり以前の知識で「完全犯罪は成り立たない。何故ならば犯罪を犯したと言う自責の念があるから、必ず犯人はボロを出す。」と言うのを記憶していたのですが、あおり運転をする方には当てはまらないのでしょうか。

しかし、殴った容疑者の方の逮捕されてからの様子を見る限りにおいては、「自己中では世の中通用しない」と理解してもらったように見えたので、これを契機に再出発して欲しいしあおり運転などが無い安心した日本再生に向けた取り組みを日本全体で考えていきたい。(あおり運転からめっちゃ大きな課題になってしまいましたがリピーターの皆さんも手をつないで運動して貰えたら嬉しいです。)

この12月3日で4歳になる唯一の孫に初めて遊んで貰いました

令和元年9月15日

長男夫婦共に日曜出勤で保育園は当然のように休みなので、ようやく『じいじい』の番が来て『お守りをするはず』の私が『遊んで貰う』結果でした。

朝8時には長男が出勤しなければいけない(長男の嫁はその前に出勤)との事で、6時30分に朝食を食べ、7時15分にチャイルドシートを取り付け我が家を出発。目的地は養老町にある「養老ランド」。(ナガシマスパーランドではまだまだ乗り物が過激過ぎると思ったから)養老ランドをインターネットで検索すると「昭和を思い出すレトロな遊園地で、乗り物に乗る待ち時間は一切なしで開園時間は9時」との事。長男のアパートを8時過ぎに出発して、8時20分には養老ランドに着いたので、あまりに早い到着になってしまったので、駐車場の管理人もいない状態だったので車の中で待っていると、8時55分に私の車と後1台が止まっていたので料金を取りにみえ(300円)支払いを済ませチケット売り場に行き、取り敢えず入園料1600円と共に乗物券2000円分購入して、本日初運転の乗り物に乗りました。

1回当たり200円(乗り物によっては100円)の券もあっという間に使い切り、またまた2000円の券を購入し(結局6000円分)、10時から開園した「動物広場」に行き、ウサギに餌をあげるのにいたく孫の翔(かける)が気に入り乗物券200円で購入して2回目の購入の時ウサギが餌の入ったケースに突進して買ったばかりの餌が全部ばら撒かれてしまい、ウサギは落ちた餌を必死に食べている姿を見て、「せっかく昨日ウサギさんの事を褒めたのに」と思ったしだいです。

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その後も色々な乗り物に乗ったのですが、1回100円の乗り物に孫と一緒に乗ろうとしたら、係員の方から「この乗り物は12歳以下ですのでお客さんは乗れません。」(確かに私が乗るにはスペースが狭かったです。)園内のレストランで食事をするのに食券を購入するのに孫の翔は当然『お子様ランチ』を頼むものと思っていたら、普通に『うどん』を食べたいと言うので不思議な子だと思っていたのですがペロッと食べてたのには驚きました。

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昼食後もレストランの隣にある乗り物に乗ったりしていたのですが、園内の出口の所に新幹線の乗り物があり「最後に乗る」と言うのでお金を入れようとしたらこれが何と「10円」なのです。そしてもう一つ驚いたのは、この乗り物は40年前から稼働していると言うのですから立派なものです。

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今回の表題は「孫に遊んで貰った」としたのは、孫の翔の手を引きながら歩いていて階段を下りる時には翔の方が早くて『手を引いて貰っている状態だったからです。養老ランドの感想としては、確かに乗り物を乗るのに順番を待つ事もなく忙しい位に乗れたし、昭和の遊園地と言うのも正しい表現ですが、乗り物がはげはげだったのは頂けません。私ですら、児童養護施設の指導員時代には遊具のペンキ塗りをしてはげはげな乗り物にはしなかったですよ。ましてやお金を取るのだから館内が暇な時にぼちぼちとでも塗ってほしいな。

16時位に家に帰る予定でしたが、じいじいが疲れてしまい、14時には我が家に帰ってきましたが、無事に遊んで貰えました。

本日は17時15分から本部施設の幹部会(戦略会議)があったので、16時には施設に行き書類の整理をして会議に挑み会議終了後にコラムを打っているので打ち終えたのは21時前になってしまいましたが、くたくたの中ですが本日もクリア出来たことを自分で誉めています。リピーターの皆さんもパチパチパチパチとして下されば嬉しいです

 

 

昨夜「チコちゃんに叱られる」を見ました

令和元年9月14日

「何故、月にウサギがいる」のチコちゃんの問いかけに珍解答で例の如く「ぼーっと生けてんじゃねー!」がさく裂してましたが、その説明をするのに、多分偉いお坊様が出てきて説明されていたし、その後『インド昔話』として分かり易く説明されていて、「私が手塚治さんの『ブッタ』を読んだ記憶で大学の講義等で話をしているネタ元はこれか。」と思いながら見ていて、完璧な記憶として留められなかったので「コラムネタにするのは難しいな」と悶々としていたのですが救いの神が表れてばっちり(いやいやそれなりの)の原稿にすることが出来ました。

それは、朝ドラに引き続いての番組で「チコちゃんに叱られる」の再放送がされる事が分かったからです。私は思わずペンとメモ帳を用意して必要だと思う事をメモに留めましたので紹介します。それは、インドの経典『ジャータカ』の中にあるのだそうです。それを先ずは『インド昔話』と言う形で紹介していました。

登場するのは「サル、犬、カワウソ、ウサギと修行僧」です。その中で修行僧が『何か食べ物をください』と言うとサルはマンゴウを犬は肉をカワウソは魚を渡したのですが、ウサギは草しか渡すものがなくて心優しいウサギは修行僧に火を焚くように言って、自分を焼いて食べて貰おうと火の中に飛び込んだのですが、実際には火ではなくて焼かれることはなくて、修行僧は実は帝釈天で、ウサギの心優しい行動に感心した帝釈天が月に絵を画いたとの事で、『満月』の事を『望月(もちづき)』と言うので『望月、もちづき。もちつき、餅つき』になったとの説明でした。

私は、大学の講義の中で、手塚治さんが『ブッタ』と言う本の中のお話を私なりにアレンジして話した内容は「お釈迦様がお弟子さんを従えた布教の旅に出ていて民家もない野原で野宿をすることにして、いつものようにお説教を始められると、いつの間にかキリン、へび、サル、ウサギ等の動物が熱心にお釈迦さまのお説教を聞いていて、お説教が終わってから動物達が話し合い、「ここは夜になると寒くなるので、食べ物はないけど、せめて薪等を集めて暖を取って貰おう。」とキリンは高い枝の柔らかいのを、へびは体を丸めて薪を、サルはフットワーク良く薪を集めてきたのですが、ウサギは草のみで役にたたない。

そこで、ウサギは燃え盛る火の中へ飛び込み自分を食べて貰おうとした瞬間に天国に召された」との話しに尾ひれはひれを追加しています。この話をするときは、『欲得』の考え方ではなく、『相手を思いやる心こそ大切だ』と言う事を話する時に話をします。

中秋の名月の時の若山家の話をします。私が高校2年の4月7日に急逝した長姉で私が中1年の時から文字通り母親代わりだった姉光子(享年23歳)が私が中2年の時の中秋の名月の時、雲に隠れた月を見て「月にロケットが着陸なんかするから、おっ月さんが恥かしがって雲に隠れてしまはったな」と言われたのを聞いていて、その時は「そんなものか」位にしか思っていなかったのですが、今は「何て文学的な表現なんだ」とこの歳になって思うようになりました。リピーターの皆さん、私はこんな考え方で今まできました。共感して頂けるものがあればこれからもご支援を宜しくお願いします。

 

本日、中秋の名月

令和元年9月13日

二日前(9月11日)の朝の散歩の時に『ススキ』が数本しかなくて珍しいので思わず写メに納めた事をこのコラムでも紹介しましたが、昨日は朝から涼しくて過ごしやすいと思って車を走らせると、「かなりススキが出てきた。」と思っていたら、本日は昨日にも増して一杯ススキが出ていました。「こうでなければ秋ではない。」と言う事で本日は『中秋の名月』です。

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日本の自然界は人間の血液型で言うと『A型』のように几帳面で(どうせ私は『AB型』ですから几帳面ではありません。)中秋の名月に合わせたようで感心します。本日は岐阜県福祉会館で岐阜県老人福祉施設協議会の正副委員長会議が午前中にあり、施設に帰る途中でスーパーに寄り、月見団子を購入し施設の玄関ホールに供えようとすると、手回し良くススキが花瓶に生けてありました。風流を好む同志がいた事を嬉しく思うと共に決してこのような風習の灯を消さないように頑張っていきたいと思います。

ところで、二日前までの暑さはどこに行ってしまつたのでしょうか。夜寝る時のクーラーは必要なくなりましたが、熱くて緊張した体が油断すると体調を崩してしまう事もあるので油断なく頑張りたいと思っています。とコラムをパソコンで打っていたら、朝からどんよりして青空が全くなかった空に今(17時40分)青空が見えてきました。流石に日本の自然界は凄い。感動です。いやいや、満月の月を見るまでは安心出来ません。でも、これだけ誉めたのできっと立派な中秋の名月を見られると思います。

こんな悠長な事を言うのは本来いけないのかも知れません。何故なら、千葉県ではまだまだ電気の復旧が出来てなくて大変な思いをされている方がみえるので。私なりに援助が出来ればと思いながらも結局東京本部に連絡したのみ。但し、備えあれば患いなしの格言の為に、我が法人に出来る事はと思っていたら、本日岐阜県高齢福祉課から、防災に対する予算獲得にむけたアンケートがきましたので早速、高齢福祉課長と電話で確認して蓄電池の予算要求も大丈夫との事なので、岐阜県老人福祉施設協議会事務局を通してその徹底を図りました。私も岐阜県老人福祉施設協議会会長になって7年目を迎えているので会員にとってメリットになることを今後もしっかりしていきたいと思っています。

本日のコラムの中身はまとまりのないものになってしまい申し訳ありませんが完璧でない私に対してリピーターの皆さん応援宜しくお願いします。

 

 

大垣歯科医師会との懇談会に出席しました

令和元年9月13日

事前に施設代表で挨拶をするように依頼されていましたので10時からの開始なので時間に余裕があるように施設を出るつもりでいたのですが『予定は未定であり決定ではない』の通りに出発が遅れ垂井に入る頃に「とても間に合わない」と思い施設にその旨を伝えて貰うと「気を付けて来て下さい。」との事でした。との事でしたが、少しでも早く着こうと近道をした積もりが慌てていたためか結局、道を間違え結局15分遅れで着いて、開会の挨拶は終わり業者の方が流動食の説明をされていました。

説明が終わった段階で私に代表挨拶の指示が司会をしていただいている方から振られ、私の話しはないものと思っていたので少し面食らいながらも、遅れた事のお詫びをしてから口腔ケアの充実が肺炎のリスクを少なくすることが実証されていることや、当施設に歯科医の先生が月一回の全体会前に講義をして頂ける事等を話しさせて貰いました。

その後歯科医師会の役員の方からアンケート集計の結果説明や介護報酬の加算算定について等の説明があり、最後に意見交換がなされました。その中で、監査の折りに書類上の細かい指摘があり困っているとの意見が出たので、私から監査官の指摘が全てではないので明らかにローカルルールだと思える事については岐阜県の組織から全国に挙げて厚労省に働きかけていく事をしていくべきなので歯科医師会、老施協、老健協、歯科衛生士会等が連携をとっていくべきだと話をしました。

11時30分までの会だったのですが、若干延長したのと、会が終了後歯科医師会の先生達と名刺交換をしたり話をしたりしていて、駐車場までいくと12時前だったので、施設に昼食の準備を依頼して、昼食をバタバタと頂くと13時からのお客様がおみえになりその後も何組かのお客様がみえ、感激を縫って職員との打ち合わせ等をしていたら17時15分になり本日18時から私が8月に入院をしていて8月12日の父進の命日法要もお盆のお参りも出来てなかったのでお坊様に来て頂いてのお参りの為にバタバタと帰らせて貰い、今(18時55分)はお参りを終えてお風呂でコラムを携帯で打ち込んでいる次第です。

バタバタであっても地に足がついた事をしっかり出来るのは健康だからこそです。盲養護老人ホームと養護老人ホームの建設にもエネルギーが使えるように効率良くやるべく事をしっかりしなければいけないのですが・・・。

その為には先ずは私の身の回りを片付けなければいけないのですが。これが一番難しい。いやいやその気になって頑張るのみ。リピーターの皆さんの支援が私の起爆剤です。これからも宜しくお願いします。

朝5時30分から久しぶりに歩きました

令和元年9月11日

昨日は福井県越前町の施設まで情報収集に行き殆ど座っていた為か膝の動きが悪いように感じていたのと、昨夜は早くから爆睡したので早朝5時30分から久しぶりに歩きました。一時と比べると日の出が遅くなったなと、家の玄関を出て思いました。(と言う事は朝の散歩が本当に久しぶりだと言う事です。)いつまでも暑くてまだまだ夏だと思っていましたが、申し訳なさそうにではありますが『ススキ』があったので、思わず写メで撮りました。(恐らくもう少ししたら嫌と言うほどに出てくると思うのですが。)

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そして、国道21号線と東海道本線下りの踏切を渡り青坂神社の境内に入り、31段と67段の合計98段の結構きつい階段を上り本殿で2礼⒉拍手1礼でお参りして急な下りを手すりにつかまりながら無事に下り思わずその階段がきつかった事をリピーターの方に理解してもらおうと写メを撮りました。

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青坂神社の階段をクリアした後には『青坂山』と言う位なので『山』を下るのですが、(多分、このコラムでも既に紹介していると思うのですが。)何度下っても我が身にはきついです。山を無事に下り曹洞宗の別格本山の妙応寺の境内に入り本堂前でお経を唱え、秋江さん、進さん、英子さんが眠っているお墓に行き、花筒の花が枯れ枯れなので回収して(家に持ち帰りました)花筒が汚れていたので水道があるところで洗うのですが水を入れて洗うだけでは綺麗にならないのでどうしようかと洗い場の所にあるものを見て、スポンジに長い柄が付いた道具があり、その道具をお借りして綺麗になると同時に湯飲みも綺麗に洗いましたが、水道の水は茶色く濁っていたので墓の主とは言え「これは失礼だ」と思い水をお供えする事はやめて、お経をあげて何となく清々しい気分で家に帰り、鍵を開けて玄関を入ると、信楽で買ってきた狸が鎮座してました。

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改めてじっくり見ると父狸が子狸を抱えていて思わず「この狸たちは名無しでは可哀そうだ。」と思い「優・悠・邑」から一字ずつ貰って、親狸は「優」を貰って「すぐる」君で子狸は「悠」を貰って「はるか」君と命名しました。と言う事は「邑」がつく孫狸を手に入れなければと思っています。勿論、孫狸の名前は「邑」を取って「むら」君と決めています。狸を見ながらひとり話をしていると、私を迎える為に(私はそのように思っているのですが)階段をヒョコタン、ヒョコタンと下りてきた我が家の老猫(推定100歳)『リット』が待ち疲れたように「ごろニャーゴ」と横になっていたのでこれまた写メを撮った次第です。久しぶりの朝の散歩の報告でした。

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(追記)お墓の湯飲みに水をお供えしなかった事が気になったので、銀行の振り込み手続きの後で、花屋に行き花筒の花を買い、我が家によってペットボトルに水を汲み花筒と湯飲みに我が家の水を手向けました。気になることは即実行でやれたのは、そういう時間が取れた事に感謝です。

 

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