理事長コラム

28年ぶりに児童養護施設の現場を垣間見ました

令和2年1月9日

就労支援の情報交換の一貫として、児童養護施設の現状を施設長と心理士と就労支援員の3人の話を聞いていて、私が児童養護施設を辞して28年。入所している児童も措置理由が様変わりしていて、その体制をとる為の職員の配置も手厚くなっていて思わず私は『正に私が28年前にやりたかった事が制度の中で行われている事を知り、28年前の私が今存在していたら、今日発表された方の何倍も力を発揮出きるのに』と思ってしまいました。但し、今の児童養護施設の流れは『集団を小さくすることで家庭的な雰囲気を醸し出し、出来たら養子縁組と在宅復帰を目指す。』と言う事なのでしょうが、現実は親の支援が型通りにしか出来ていなくて、また、相も変わらず『施設お嬢様』『施設お坊っちゃま』を排出する段階から抜け出せていないように感じました。

私が10年程前に、高校には2ヶ月位しか在籍せず中退した女の子をその当時の児童相談所の所長さんから以来を受け児童養護施設から本部施設の敷地内の職員アパートに住まわせ厳しく育て、「年明けの成人式には着物をこしらえるかレンタルにするか」などと話をしていた(約3年で200万円程の預金もあったので)ある日、本人が体調を崩し病院に行き、「母親がいる更正施設には電話をつながない」との約束があったのですが3年の経過の中で引き継ぎが出来ていなかった為に母親との連絡が出来てしまい、病院へ母親が迎えに行き、本人と共にタクシーで乗り付け施設を出て行き、母親とは本人のお金がある間は上手くいっていた(表面上)がなくなると喧嘩が始まり、結局2ヶ月もしない内に別れ別れで再び当施設には帰る事が叶わず(私は迎え入れるつもりでしたが)その後行方知れず。

本日の情報交換会で私は質問しました。それは、「日本の親権ほど強いものははなくて、その点に対する対応はどのように対処されているのか」と質問しましたが、結局はしっかりとした答えが返ってきませんでした。情報交換会の後、主催者責任者の福祉事務所の課長さんがご挨拶に来て下さったので、「当法人は色々な方に門戸を開いている」と話をさせて貰いました。

その後施設に帰り本日寄せ鍋のバイキングだったので入居者さんの喜ばれる顔を見て、その後厨房業者の責任者と話をしたりしていると、年始の挨拶にお見えになる方がバタバタ続き、一段落してから決済印を本部と和合の両方の事務長にして、利用者さんの領収、請求の印も押し理事会の日程や新年会の日程を決めたりと、病み上がりの身としてはハードな日程でしたが何とか一日頑張れましたので、その勢いで明日は東京出張はキャンセルしたので『十日正月』と決め込んで大吟醸のお酒を入居者さん利用者さんに振る舞おうと考え、どんな風に喜んで貰えるかを今からワクワクでイメージしてます。

リピーターの皆さん。私は令和2年の本格稼働をようやく本日できましたので、本日から仕切り直しです。本年も相変わらず、ず、ず、ずいっと宜しくおたの申し上げ奉ります。