令和8年1月8日
毎年この時期に滋賀信行会企画のバスによるお参りに参加させて貰っているのですが、最初に参加さえて貰った20年程前には1グループ4台で3班に分かれてのお参りだったと記憶しているのですが今ではバス2台が2班に分かれての企画になっています。この現象は何なのかと私なりに考えてみるに、基本的にお参りをするにしても家族単位が殆どになってしまっているように思います。
つまり、『集団行動が鬱陶しい』と言う事なのでしょうか。確かに家族水入らずの企画は気兼ねなく楽しめる気軽さがあると思います。例えば目的地のお寺の駐車場に着いた時には必ず出発時間をバスガイドさんから伝えられ「時間厳守を守らないと他の参加者に迷惑がかかる」とのプレッシャーがかかります。また、「お土産をもう少しゆっくり見たいな」と思っていても、「時間が無いしこのくらいで良いか」と妥協する事もあるかも知れません。
しかしながら考え方をかえたら、車を運転すると言う緊張感はなくて安心して目的地に連れて行って下さるし、食事場所も優先的に確保されていて、何か困った時にはガイドさんや添乗者の方に聞くことも出来ます。参拝者h減るところか増えているので間違いなく家族でのお参りが殆どなのだと思います。そう言えば昨年のお参りの時にいつもの様に嵐山の大きな食事場所に連れて行ってもらった時にずらっと観光バスは並んでいたのですがバスガイドさんの情報として、「滋賀信行会さんのばす以外は外国人のかたばかりだと言う事です。」との話を聞いた事を思い出しました。
小中学校等の修学旅行にしても布団を並べて寝ると言う状況ではなくて個室、或いは2人部屋だと言う事を聞いた時に『時代』を感じました。少子高齢化によって兄弟がいない所謂『一人っ子』が多い状況の中で『協調性を学ぶ場』がどんどんなくなっている現代社会は社会を形成する事も難しくなっていると思います。確かに『プライバシー』を守る事は大切な事ですが、それが行き過ぎるとバラバラの社会になってしまうのではと危惧している私がいます。こんな調子の考え方なので文字通り『昭和おじさん』と言われるのだと思いますが私にいわせたら「昭和おじさんで何が悪い」と思っています。