理事長コラム

長野県飯田市に出掛けます(ました)

昨日までのスケジュールがタイトだったので昨夜は21時には爆睡して今朝もいつものように6時には目覚めていたのですが正直体がだるい。飯田に向けて8時には施設を出発する(飯田市にある萱垣会の70周年記念式典出席の為)と本日運転をしてくれる水野相談員に言ってあったのに私が施設に着いたのは8時10分前・・・。早速昨日花茂さんから届けて貰ったお祝い用の胡蝶蘭を車に積む時に一苦労。と言うのもあまりに胡蝶蘭が立派でなかなか車に収まらない。安定感を確保する為の箱からだし一先ず胡蝶蘭を入れてから箱に納める作戦で何とか積み、8時より少し遅れて出発。快晴のドライブ日和なのか車が多いですが助手席でゆったりしながら携帯でコラムを打っていると、東海北陸道に入りたい車なのか左側に車があるなかを無理矢理入ろうとしたのか車があるのがわかってない車なのかはわかりませんが左側を走っていた車がブレーキを踏み左に大きくハンドルを切りしばらく蛇行運転のようになりましたが何とか衝突を免れたのを目撃して改めて車は凶器にもなることを理解しました。

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一宮ジャンクションから中央道に入り車が少なくなるかと考えていたのですが紅葉を見に行く車なのか一向にスイスイと言う感じではありません。しかしながら予定通り10時前に会場に着き胡蝶蘭を水野相談員に運んで貰い萱垣理事長(長野県老施協会長)にもご挨拶をして控え室で時間になるまで待っている間に式次第と出席者名簿を確認すると凄くラッキーな事に気付きました。と言うのは式典での席が最前列でお隣の席が全国盲老人福祉施設連絡協議会事務局長の常磐勝範と書いてあったので指定された席に座られたのを確認して早速名刺交換をして、岐阜県で令和2年度事業で盲養護を立ち上げる事を話させて頂きました。そうしたところもう一枚の『壺阪寺住職』の名刺を頂き『ラッキーだ。この方こそ日本で最初に盲養護を始められた施設の責任者だ』と。その時は儀礼的な対応だったのですが式典が終了して昼食会場へ移動した時の席も隣の席だったので色々な話を熱くお話をさせて貰うと常磐先生もだんだん饒舌に話をして頂け「私が小さい時には盲養護施設が遊び場で良く抱っこして貰ったりして、今でも職員とは違う感覚を持っています。」との言葉をお聞きした時は『この方こそ文字通りの現場主義だ』と思いました。食事が終わり第二部の僧侶であり落語家の露の団姫師(つゆのまるこ)の記念講演の会場に移動する前に「常磐先生、是非施設見学とご相談に参りたいと思います。」と言うと「いつでも連絡して下さい。」とのご返事を頂き、改めて『活動的であるからこそ、このような出会いがあるんだ。』と思った次第です。でも、この出会いは私が盲養護の建設をすることをご存じの萱垣理事長のご配慮だとすると思わず手を合わせしまいました。記念講演では、波瀾万丈の露の団姫師のお話を聞き、全て終了してから飾ってあったお花が頂けるとの事でお花を頂いて、今は水野相談員の運転で施設に向け走っています。施設に帰ったら地元の方が相談があると言う事で一頑張りしなければいけないと考えています。しかしながらしんどい生き方ですが充実した生き方に感謝しかありません。66歳(年齢じゃ、あ~りません)まだまだ頑張りますのでリピーターの皆さんこれからも宜しくお願いします。

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