理事長コラム

本部施設において4か所の新春お参りをしました

令和8年1月3日

昨年立てた予定では彦根東福寺の正月3が日法要での護摩供養に本日行く予定をしていたのですが、我が家のお仏壇でのお参りが正月三が日の最終日になった事を反省した時に「確かに妙応寺経由の若山家のお墓参りは3日間共に出来たけれども何故か一番大切にすべき仏壇では手を合わせる事は出来ていたけどしっかりとしたお経とお参りが今日になったのは絶対に変だ。これは文字通り本末転倒だ。」との思いが沸き上がり、予定にはなかった本部施設においての正月のお参りを急遽予定させて貰い午前中に本館1階、本館2階を済ませたところです。

急遽の私の我儘な予定変更の企画だったのですが本館1階も2階も皆さんが集まっていて下さって私のお経に合わせてお経をあげて下さいました。改めてお経さんの威力は絶大だと思った次第です。私は確かに『バリバリの昭和おじさん』です。

だから、今でも「家の中心にお仏壇があるのは当然だ」と言ってはばかりません。と言う事で本部施設本館には浜仏壇の三方開きで仏壇の設置スペースは1畳半でしかも両サイドと天井には滋賀県長浜の黒壁のデザイナーに思いを伝え作って頂いたものが入っている念の入れようです。

何が言いたいのかと言うと「私が今存在して頑張れるのもご先祖様があってこそ」例えば私の父進は戦争に行って苦労しているのですが父進が生きて帰って来たからこそ私が存在していると言う事なのです。この事だけでは無く「こんな出会いが無ければ」と言う事はいくらでもあります。

その原点に私は仏壇の中にあると思っているのです。但し、かつて今は奈良藥師寺執事長の大谷徹奘師が講演の中で「今は本来仏壇があった所に大きなテレビが置いてある」との話を聞いた時に「手を合わせる機会が無くなった事によって相手を思いやる心が希薄になった。その究極の現象が親子関係の希薄さに繋がっているとしたら憂うべきことだ」と思っています。

入居者さんが元気に生活して頂く為に環境面や健康面に留意しながらも『今日一日楽しかったよ』が出来るのも本来『不思議』な事と思っている私がいるのです。と言う事で午後のデイサービスと新館でのお参りも気合を入れて頑張ります。