理事長コラム

本日は朝一でコラムを書いています

令和8年3月13日

本日は10時から盲養護老人ホーム 優・悠・邑 和(なごみ)の施設において岐阜県老施協西濃支部の施設長会があり、昼食を和(なごみ)の施設において頂いたあと、優・悠・邑 和合に寄って本来は明日に渡すべきバレンタインでチョコレートを頂いた職員にお返しのホワイトチョコを持参して(明日は一日本部施設での業務の為)13時30分からの岐阜県老施協理事会と、引き続き15時30分からの全国老施協東海北陸ブロック研修岐阜大会(7月30日~31日で岐阜駅前のじゅうろくプラザをメインにして開催)実行委員会が予定されているので、スマホを使っての原稿書きも難しいと言う事で本部施設においてパソコンに向かってコラムの原稿を打つています。

【自分で言うのも変なのですが小学校・中学校での夏休みの課題を全くやらずに夏休みが終わろうと言う段階で姉春子さんの(久々の登場です・・・。)チェックが入り、怒られながら、しかも泣きながら(その頃の春子さんは「怖かった」)それでいて殆ど春子さんに仕上げて貰った記憶しかなくて・・・。】こんな私がこの様に自分で言うのも可笑しいですが「時間は有効に使うものだ。」と言う風になったのは・・・。

児童養護施設の指導員になり、沢山の子ども達一人ひとりに「手作りのプリントを作成するには時間を有効に使わなければ時間が無い。」と言う事で計画的な時間の使い方を自然に出来る様になった事と42歳の時に社会福祉法人の認可と特別養護老人ホームの承認を得る為に必死にしかもぎりぎりのタイミングで書類作成をしてきた事が今の自分を作ってくれたのだと思います。

生母秋江さんは虚弱な私を守る事に心血を注いでくれたのですが、もし、生母秋江さんは私が13歳の時に癌の病で他界したのですが、「人生にもしもと言う事は無い」のですが、母秋江さんが私が大人になるまで生きていたとすると、今の私にはなれていなかったのではないかと自戒を込めて思っています。と言う事で本日のコラムは9時までに書けたと言う事で3つの会議をしっかりと頑張ってきます。