理事長コラム

昨夜の護摩供養は凄かったです。

令和4年10月29日

東福寺で滋賀信行会が『子ども団参』を本日から2日間されて、企画の中心者として本部施設の西川課長が青年会に所属していることもあり、『準備を兼ねての前夜祭』で昨日は護摩供養の参加に合わせて準備の為に青年会のメンバー東福寺に泊ると聞いていたので、護摩供養は18時からなのですが、準備の為に集まる青年会の方々への差し入れと本日からの子ども団参に参加する子ども達へのお菓子の提供の為の買い物を東福寺に近い所に『ビバシティー』と言う大きなショッピングモールがあるのでいつもより1時間30分早くに施設を出ました。

施設を出て先ずは我が家に寄ってお手製の梅酒を2本(青年会用と静慈彰師の分)と祈りの書いた護摩木と数珠を持ち、先ずはビバシティーに行きビールや冷酒(大吟醸)も含めてつまみになる様なものを中心に購入して、子どもの参加者については参加者4人と聞いていましたので1人余分になる5人分を購入しました。

遺影の移動の為に来てくれた内藤会長と17時30分み合流する約束をしていたのに丁度お互いに東福寺の駐車場で合流する事が出来ました。昨日は滋賀信行会の青年会のメンバーも参加すると言う事で参加者がいつもより多かったのと、それに合わせたわけではないかも知れませんが静慈彰師の高野山大学大学院の同級生の方等も来て見えて護摩供養が始まる前から賑やかな雰囲気でした。(ここから本題ですので悪しからず。)静慈彰師から背の高い同級生の僧侶を紹介されました。

その方はお寺さんの家に生まれた方では無くて所謂『在家』の方が「宗教を学びたい」と言う事で高野山大学を卒業してその後大学院でも学ばれ15年を高野山で過ごされ、今は和歌山県で『魚供養の為の護摩供養』を毎日の様にされているとの事で、尚且つ1年間は金剛峯寺の管長のお付きを(ご本人は「秘書の様なものです。」とサラッと言われていました。)されていたと静慈彰師から紹介をされた時にその僧侶の法衣の至る所に穴が開いていて「これは護摩供養の時の火花によって出来たものだな。」と思うと「凄まじい毎日をなされているのだ。」と理解すると共に改めて「類は友を呼ぶ」と思った次第です。

18時になり護摩供養が開始されたのですがいつもと違い導師は至る所に穴が開いている法衣をまとったお坊様が(後で名前は『高橋』さんと分かりました。)されて、(簡単に住職の仕事を譲られる静慈彰師の器の大きいのには舌を巻く思いです。)太鼓や鐘を静慈彰師が、もう1人のお友達がクラリネットで雰囲気作りをされると言うのでお経を唱える我々も気合が入ります。高橋師の導師で18時から護摩供養が始まりました。いつもとは違い高橋師の導師は粛々とされているのですが護摩木に火が点くと凄まじい勢いで炎が上がり尚且つ火の粉もバンバンと飛んでいるのが分りました。

その間に静慈彰師の鐘と太鼓は激しく叩かれ、クラリネットの音色はさり気無くではありますが雰囲気良く聞こえてきました。その間に参拝者の般若心経も声を枯らして唱えるのですが静慈彰師の鐘と太鼓に打ち消されてしまう事も度々で・・・。護摩木を炎の中に入れるのを内藤会長の次にさせて頂いたのですが、炎がいつもより遥かに凄くて尚且つ護摩木を炎の中に祈りを込めて入れている時に火の粉が飛んできて、護摩木を一生懸命に祈りながら入れている時に足の所が「熱い」と思って思わず火の粉を払った後でそこの所を確認すると直径1センチ程の穴が開いていました。

この現象は不動明王様が私に何を語りかけていらっしゃるのかまでは分かりませんでしたが、護摩木を入れ終わった時にはいつも以上に幸せな気分になりました。リピーターの皆さん。私はこの様な思考の仕方をする人間なのですがこれからも宜しくお願い致します。

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