令和4年8月19日
看取りの入居者さんがおみえになり、夜中もいつも以上に臨戦態勢の様な状況であった(正直いつもなんですが・・・。)ので、直ぐに対応して管理宿直の吉田部長に指示を出してからは、いつもの様に4時25分のアラームで起きてからの行動について頭の中でシュミレーションしてから再び眠る事にして、再び目を覚ましたのは4時23分で私的には「グットタイミング」と言う事でアラームがなる2分間は起きてからの行動についておさらいをしているとアラームが鳴り、いつものベット上での体操をして着替えをしてお花替えと蝋燭と線香に火を灯し若宮八幡大神様での祈りまではいつもと同じパターンでした。しかしながらいつもよりはテキパキとすることが出来ました。仏壇に移ってからのパターンはかなり違う形にしました。と言うのはいつもだと『正信偈と御文さん』をゆっくりあげて、その後四国遍路で耳から覚えた『般若心経を中心にしたお経』を唱えさせて頂くのですが、本日は『般若心経』と写真4人へのご挨拶のみにしました。
5時07分には幸福地蔵菩薩様の前掛けの直し(勿論幸福地蔵菩薩様とのコミュニケーションはしましたよ。)とお祈りをしてからトンネルの所まで行くと「既に山門が開いている。と言う事は夜中にシュミレーションした事の変更をしなければ」と考えながら歩いて行き、流石に本堂の戸は開いていなかったので戸の前で『般若心経と南無観世音菩薩』を3回唱えて、今須稲荷から関ケ原与一の墓、六地蔵様から我が家のお墓にお参りして本堂の前を通った時に「ひょっとして本堂の戸が開いているかも知れない。」と言う事で本堂の戸に手を掛けると開いたので本堂に入ると、線香が2本いつもの様に供えて頂いていたので、先ずは大谷徹奘師の日めくりカレンダーを19日にすると『逃げれば こわさが ましますよ』との事で私は改めて(いつもの事ですが)「大谷徹奘師の教えは凄い」と思った次第です。(勿論私は決して逃げる気持ちはありませんが、ある意味プレッシャーを掛けられた気分です。)
本日2回目の般若心経を唱えさせて頂き「すみません。お賽銭は本堂の分も含めて今須稲荷さんにチャリンチャリンしてしまいました・・・。」本堂のお参りを終えて幸福地蔵菩薩様の所まで来ると幸福地蔵菩薩様を目指して歩いてみえる方があったので、ご挨拶をすると(お互いに誰だか分らずに)中学までの同級生だったので親しく話し込んでしまい、慌てて家に帰り玄関先でメールが入り『多賀先生が来て頂いた。』との連絡に思わず時間を確認すると5時42分だったので「おいおい、早すぎる。」と思いつつ家に入りリュックサックを持ち、急いで施設に向かいました。施設に着き丁度多賀先生が死亡診断をして頂いたところだったのでお礼のご挨拶をして事務所で亡くなられた方の親族の方がおみえになるのをコラムを打ちながらお待ちしていると、6時45分に来て頂けたので先ずは亡くなられた入居者さんにお会いして頂きその後、お話をさせて頂きました。お話の中で「宜しければ、最後のお風呂に入って頂こうと思うのですが。」と言うととても喜んで頂けました。リピーターの皆さんこんな緊張感の中での毎日を送らせて頂いている私はとても幸せ者だと思っています。