令和4年1月6日
その同級生は同じ地区で(近所と言う事です。)同級生の数が少ない(34名)所なので保育園から中学を卒業するまで組み替えが無いので、同じクラスで尚且つ高校も同じだったので随分と長いつきあいでした。と言うよりその同級生は文字通り『ガキ大将』であり、『いたずら』をするのも得意でガタイはさほど大きくなかったのですが高校時代は相撲部で3年間を過ごし足腰が強靭だったからだと思うのですが、結構大会などでは活躍していたと記憶してます。そんな彼が意外にも早くに亡くなってしまい、私は非常に世話になったので名古屋で葬儀があったのですが参列させて頂いたのを思い出しました。
何故、脈絡もなく頭に浮かんだかと言えば、今朝も4時50分のアラームで行動を開始したのですが、いつもだとウォーキングマシンに乗りながらお経を30分あげるのですが、本日は裏玄関への道を雪融けすることにしたのです。小さい頃心身ともに軟弱だった私は色んな事を彼が肩代わりしてくれたなと思ったからです。そしてまた、ガキ大将だった彼は私に対してはいたずら等はしないでカバーをしてくれたな。と言う事は彼は「強きを挫き、弱きを助ける」そんな人間だったと作業をしながら考えていました。早くに亡くなったし彼には『半沢直樹』の大和田常務風に言うならば「施されたら施し返す。恩返しです。」は出来なかったな。でも地元で施設をさせて頂いているので、彼のお姉さんと叔母さんのお世話はさせて頂いたな。と言う事は回り回って恩返しが出来たのか。等と考えながら作業をしていました。
でもそんな事を考える余裕は作業が軌道に乗ってからの話です。と言うのは作業を開始した時間は午前5時。つまり、めっちゃ気温が低い時間だったのです。軒下の雪山はカチカチに凍っていて、アルミのスコップでは全くもって途方にくれてしまいました。小さい頃の私であればその段階でギブアップをしてしまい、母秋江が登場して「とうちゃんに任せて良いよ」との助け船が入るのでしょうが、今は当然ながら父も母もいないので「や~めた」と言う事になるかと言えばそうならないのが今の私なのであります。(「えへ~~~ん」)アルミのスコップでは太刀打ち出来ないのであれば鉄のスコップでしかも先が尖がったのならば硬い塊も砕けるに違いないと考えて、車庫の中にあったのを持ち出してきました。そうするとうまい具合に氷の塊は割る事が出来、当然の事ながら表面はあんなに硬かったのに中は比較的硬くないので頑張って除雪する事が出来ました。そうしてつくづく思いました。小さい頃にこんな風に作業が出来たら母秋江さんにめっちゃ褒められたのに。そして思いました。「褒められたい時には親はいず。」今は誉められたくて頑張っているのではなくて、やらなければ家が大変になるから。でも、いつまで頑張れるのかと心配をしている自分もいるのです。リピーターの皆さん、こんな他愛もないことを考えている私ですがこれからも宜しくお願い致します。
