『ターミナルケア』と言うより『看取りケア』と言った方が分かりやすいのかも知れません。と考えている内に『ターミナルケア』と言う言葉は軽々しく使うものではないなと、今コラムを打ちながら思っています。と言うのは『ターミナル』を日本語に訳すと『終着』を意味するので(多分)、『終着』の迎え方には『緩和ケア』のように痛みを和らげる為に麻薬を使ったり、牧師さんやお坊さんに話を聞いて貰ったり、『ホスピス』のように癌を受け入れて死を全うするものもあります。また、自分の願いを形に表した生活をしたりと多種多様な形があると思います。当施設でも『看取り』は家族や入居者本人の了解を得て積極的に行っています。私は入居者さんの看取りは『眠るようなやすらかな死』を理想としてます。しかも、死の直前まで自分の口から食事を摂取して貰う大往生です。私は入居者さんが亡くなってのお通夜に出席させて貰った時にお寺さんのお経が終わって棺桶からお顔を職員と共に見させて貰った時にやすらかなお顔を見させて貰った時に『お疲れさまでした。これからも優・悠・邑を見守っていて下さい。』とお話が出来る瞬間が最もやりがいを感じます。『死ぬまで生きる』のであれば最後まで楽しくその人らしく生活して貰える為にそれぞれの入居者さんの気持ちに寄り添い形にしていく事を精一杯していきたいと思います。入居の条件が『要介護3』以上になり、自分の楽しみを形にしていく事が難しくなっている今であったとしても、その人らしくを追求していきたいと思います。
本日地元の今須中学校の『響発表会』に参加しました。
響発表会とは学年それぞれに1年間の調べ学習の成果を発表する企画で1年生が『高齢社会に生きる』のテーマで昨年6月に優・悠・邑施設長として施設の入居者の様子等を二時間程度話させて貰い7月には施設での体験学習をして頂き8月の夏祭りにも全員参加して貰った事等のご縁を頂いたので、1年生の発表の後の講評の役割を頂いていたので参加しました。例年同じテーマでの発表ですが、発表に対する内容は同じではなく、マンネリ感を全く感じさせないものでした。1年生の発表の後、2年生は『地域社会を考える』3年生は『国際社会を考える』と言うテーマでの発表も聞かせて頂き、これからの社会の中心者になるべき人材ばかりで少数精鋭の集団だといつもながらな感心し、関ヶ原町長や教育長もおみえになってみえましたが、過去を知り今を見つめ将来を展望する提案には正直タジタジだったのではなかったのかと思いました。こんな少数精鋭の集団である今須小中学校が後1年2ヶ月で関ヶ原に統合されるのは残念ですがこれも時代の流れと受け止めなければいけないのでしょうか。ただ、このような素晴らしい発表会は統合されてからも、何らかの形で残して貰いたいと切に思っています。リピーターの皆さん本日は2題について述べましたがそれぞれにご意見があればお聞かせ下さい。