理事長コラム

『すべて自分が蒔いたたね』

本日も妙応寺本堂の大谷徹奘師の言葉なのですが、この言葉を見た瞬間に38歳で児童養護施設の指導員を退職してからの生き方がお経を唱えている間に走馬灯の様に浮かんできました。

と言うのは38歳までの私は何だかんだと言っても父進の支援と言うよりかは加護を受けながらのものだったからです。

だって、児童養護施設の指導員として頑張れたのも父進の支援なしでは出来なかったと思っているからです。

私が自らの足で歩く事を決意した事で父進は安心したのかその年の8月12日に他界して自他ともに自分で頑張らなければいけなくなりそれからの私は本日のタイトルの通り『すべて自分が蒔いたたね』で自分が蒔いた種を自分で育てていかなければいけないし、悪い種は自分で刈って行かなければいけない生き方になったと思っています。

児童養護施設を退職してフリーになり、児童養護施設時代に尊敬していた先生についていき『教育と福祉を考える会』を主宰されていたその当時の日本福祉大学中央福祉専門学校の校長先生であった吉田宏岳先生に巡り合い「この先生について学びたい」と言う事で色んなアプローチをさせて貰った事により、大学・短大・専門学校の非常勤講師を紹介して貰ったり教科書の執筆をさせて頂きました。

特別養護老人ホームの計画を進めるに当たっても、色んな方とのめぐり逢いの中で施設見学等をさせて頂きネットワーク広めていきました。

特別養護老人建設に向けて土地探しをしていく中で最初の土地の交渉は従兄弟に任せていたことによって地域説明会を実施した時に文字通り『炎上』してしまい建設計画自体が振り出しに戻ってしまいました。

その経験から「何事も大切なことは自分自身で丁寧に行わないといけない。」と言う事を学びました。

ネットワークを築いていく手法の中で私は「この方とは今後もしっかりと繋がっていきたい。」と思った方については、お会いして日にちを置かずに私の思いを手紙にして送ると共に岐阜新聞で掲載して頂いた『素描』や高野山前官大僧正の静慈圓師の本や法人パンフレットを同封してお送りしてご縁をより強いものにしています。

最近では東海北陸ブロック会議でお会いした名古屋市の次世代委員長のパワフルな施設長さんと今回の衆議院総選挙で東海ブロック比例で衆議院議員になられた聴覚障害の方にも送らせて頂きました。

「こんな事をされていて会長さんはまめですね」と言われる方がありますが「時間は作るものだ」と澄まして答える事にしています。