2021年05月の記事一覧

日本年金機構からの通知がきました

私の場合、国民年金での加入期間が59ヶ月で一般厚生年金での加入が438ヶ月で合計497ヶ月だとの通知がきました。59ヶ月の期間は多分定職を持たなかった期間にも律儀に国民年金を支払っていたのです。あの期間での支払いはめっちゃキツかった事を覚えています。だって、非常勤講師や家庭教師等で頂いた中から支払うのですから。確かに若い頃には、「何で病院にも行かんのに毎月支払わなあかんのや」と考えられる方も多くみえるように聞いてます。でも、社会は『支え会い』で成り立っていると思うのです。だって、今は元気でも、何ヵ月後に大きな病気や怪我をしないと断言でくれのでしょうか。介護保険制度も同じです。確かに高齢者になったからと言って、必ずしも『要介護状態』になるわけではありません。いやいや、それどころか元気な方の方が多いのです。だからと言って、介護保険料を支払わない方が多かったら保険制度は成立しません。保険料金を支払わないと言う選択ではなくて、「自分は健康に生活をさせて貰ってありがたい。」と言ういわゆる『互助の精神』こそ大切だと考えています。それが正に、『安心・安全』な生活を保障する社会だと考えています。私は常に職員に「世話をする者、世話をされる者の構図ではなく、今はお世話させて頂く側である事を知ってお世話させて頂くと言う気持ちを持っていて欲しい。」と話をしています。さて、本題に戻ります。594ヶ月と言う事は1年は12ヶ月だから12で割ると41年と2ヶ月になるわけです。と言う事は41年以上私は働かせて頂いていると言う事で、これは、私が健康でいたからと改めて感謝しかありません。感謝の気持ちの一貫の中の一つが今回の盲養護老人ホーム優・悠・邑    和(なごみ)だと言っても過言ではないと思っています。さて、本日は朝一で岐阜県庁高齢福祉課へ、岐阜県老人福祉施設協議会会長として、コロナ対策として、万が一クラスターが施設で起きた時の応援の時にアクシデントが起きた時の保険についての打ち合わせの為に出掛けました。県庁の駐車場に車を置き、10階までエレベーターで上がり高齢福祉課に行き、先ずは課長さんに挨拶をしてから昨日監査に和(なごみ )まで来ていただいた係長さんらにお礼を言ってから会議テーブルに案内して頂き打ち合わせをしました。打ち合わせが1段落してから16日の竣工式の対応についても話をして、その後、話し合いの流れの中で老人福祉施設協議会事務局へ行く必要が出来たので、帰りに岐阜県福祉会館により、ついでに4階にある岐阜県社協にもより打ち合わせを済ませ、本日14時からはコロナワクチンによる予防接種の一回目があるし、私自身は13時30分から東海北陸ブロック正副会長会議がリモートで開催されるので、慌てて昼食を頂き会議に備えました。13時30分からの会議は16時までしっかりあり、かなりしんどかったのですが中身の濃いものになったと自負しています。リモートでの会議中もたくさんの電話があったので、てきぱきと連絡をして、車椅子やマット等のプレゼンテーションに来ている業者がいる会議室に急ぎ行きました。プレゼンテーションを聞いている時も外線がいくつか入りましたが、何とかこなし、職員に指示をして週1で来ている移動販売の車のところに行き、「明日の活力の為におつまみを買って帰ろう。」と言う事で買い物を済ませてから家に帰りお風呂の前にコラムを打っている次第です。。リピーターの皆さん。私の1日はめっちゃ充実をしていると思いませんか。これからもこの調子で頑張りますので、これからも宜しくお願い致します。

本日は岐阜県の監査です

令和3年5月10日

新規事業の建築に伴う監査が午前9時30分から新しく建てた盲養護老人ホームで実施されるのですが、その監査が実施される前に今月24日に開催する岐阜県老人福祉施設協議会の役員会及び総会の打ち合わせを、岐阜県社協の課長で岐阜県老人福祉施設協議会事務局長が打ち合わせをしたいと言うので8時に本部施設で会う約束をしていたのですが、もしかして打ち合わせが延びて監査の時間に遅れたらいけないと思い、昨夜、和(なごみ)の施設で8時15分から打ち合わせをするように変更の連絡をしたので、今は636分ですが既にウォーキングマシンでの歩きとお経さんも終えて朝食が出来るのを待ちながらコラムを打っている次第です。充実した日々を送っている為か、腰が痛いとか、風邪をひいているとかは無くて、高めの血圧も不思議と正常値です。これは、天国で父進、母秋江、姉光子、養母英子が束にになってエールを送ってくれているのだと思っています。

監査官である県職員の方総勢7人が9時20分には揃われていたので、予定の9時30分よりも早くに監査が開始されました。高齢福祉課3名の方は先ずは施設内の状況把握をしたいと言う事で寸法を測る機械を使って順次見て回って貰いました。途中からは私が施設内を案内しながら一つひとつの思いを語っていると、本日は監査の責任者で来て頂いている係長さんが、「本館を見させて頂いた時にも色々な配慮をされている事を熱く語られていましたがより明確になっていますね。」と言われて、とても嬉しく思いました。

建築関係については公共建築課の四人の職員さんが分野を分けて見て頂いたので、11時30分には終了しました。終了後の講評では、不足分についての指摘はありましたが、デザインボックスさんが担って頂く事ばかりで正直安堵しました。

県の職員さんを見送り、昼食を近くのコンビニに買いに行き、慌てて食べるとまもなく13時からお約束していた岐阜県放送の方四人が取材の打ち合わせに来て頂いたので、話をしていて、21日の19時30分からの番組で5分程度の作品にして頂き、放映がすんだ後はホームページでYouTubeにあげて良いとの事なので打ち合わせにも力が入り、ディレクターの方に熱く語りました。特に仏間の祈りの空間については静大僧正の絶大なる協力で自分が考えていたよりはるかに素晴らしい空間になったのでしっかりと語りました。取材の打ち合わせが終了後は竣工式での持ち帰り用の祝い膳や、職員さん達への助六の手配、記念品の一つである法人名入りの升を頂きに行く等精力的に頑張りました。リピーターの皆さん。頑張っている宏君に絶大なる拍手をお願いします。

 

親元の存在について考えました。

2021.5.9

新規事業として何度もコラムに書いていますが、盲養護老人ホームをお陰さまで5月16日竣工式で18日と19日に内覧会で21日から事業開始なのですが、新しい施設が出来る度に子どもが出来た時の親のように何かと物心共に援助する親バカのような対応を「大変だ」と言いながら嬉しくやってます。私は半端ない位に親の脛をかじってきた(親以外にも一杯いっぱい)人間なので、これから半端ない位に返さなければいけないのだと覚悟してます。大学も一年余分に行かせて貰って、その5年間は今から考えるに『優雅』な生活を送らせて貰ったし、38歳の時に奥さんと子ども二人がいる身でありながら、無謀にも今、よく聞く言葉で言うと『フリーランス』(昔はフリーターと言っていたのかな。でも、はっきり言えば定職を持たない身)になり、今になって思うのは、本当に無謀な生き方をしたと思います。38歳の時に奥さんの親元が何かと援助してくれた事を今更ながら「本当によくも、あそこまでやって頂けたものだ。」と感謝しかありません。正直なところ、次男が2才の時にフリーランスになったので、その翌年に家族で水晶浜へ海水浴に行ったのを最後に次男が小学4年になり、ナガシマスパーランドに行くまではどこにも行かなかった。その分奥さんの実家がなんだかんだと連れて行ってくれたのをその当時の私は当たり前のように思っていて、それどころか、何かと買って貰っていたのに正直腹を立てていたくらいでした。それに対して義父は(先代の理事長ですが)「宏さん。今回だけは怒らんと。また、孫を連れて遊びに行かせてな」と言われたにも関わらず、次もいっぱい買って貰ってくるのです。義父は法務局の官僚で長男が産まれた年に退職をした方で、法務局は3年以内に異動しなければいけないので、子どもとの接点が少なかった反動もあったのかも知れませんが孫を本当に可愛がってくれて、今となってはありがた~い親元と言えるのではないかと思います。私もこの16日に68歳の誕生日を迎えるで(「えっ。竣工式の日が誕生日なの」とわざとらしく驚いています。)親元としての役割をしっかりやらなければいけないのですが、せいぜい、来年から小学校に入学する唯一の孫、翔(かける)のランドセルを買うことくらいかなぁ。その分、社会福祉法人理事長として、法人の子どもとも言える新規事業の施設に頑張って支援をしていく事にします。昨日も殆ど1日盲養護老人ホームで打ち合わせ等をしていたのですが、最後に竣工式の打ち合わせをしたのを記憶がしっかりしている内にまとめようと本部施設に帰りパソコンで頭の整理をしながら打ちました。結果的には5ページにもなり、新規施設にメールで送信して今朝も4時に目覚めて修正点を確認してまたまた、本部施設に行き修正点を打ち直す作業をしたいと考えています。(ここまでは、施設に行く前に書きました。)午前中は社労士の先生との打ち合わせと和合の事務長が決済の為に来て、午後からは昨日作成した竣工式の流れを見直しきちっと出来た段階で優・悠・邑   和(なごみ)に行き、竣工式当日の机や椅子の配置を実際に並べてみて、イメージを確認してみました。何度も何度もやり直し、私が作成した資料と吉澤施設長が作成したものを擦り合わせてしっかりとした会場の配置が出来ました。リピーターの皆さん。昔から言うでしょ。『備えあれば憂いなし』。後は天気を良くして貰えるように祈るばかりです。

5月15日号の週刊現代の中から

いつものように5時20分過ぎからウォーキングマシンに乗り、歩きながらお経をあげて、昨夜はお風呂に入れなかった(あまりに眠くて夕食はバナナとあられで済ませました。)ので、ゆっくり入り、頭を乾かしてから(丸坊主でもちゃんとドライヤーをかけるのです。)新聞を取りに郵便受けに行くと週刊現代が配達されていたので、ダイニングルームの椅子に腰掛けペラペラとページをめくっていて『萬屋錦之介   見得を切らなかったひと』と言うコーナーの最後に「人に気を遣うことは自分の感性を磨くことだ。気を遣わない人間は感性が磨かれない」の文字が目に焼き付きました。そして私自身の生きざまを振り返り大きくうなずいた次第です。

私は常に「気付きの多い職員(人間)でなければいけない。」と口酸っぱく言っています。その理由は気付きが多い事によりケアの充実が出来、職員(人間)としてのスキルも向上すると思っているからです。私は小さい頃、母秋江の異常なまでの愛情を受け、何もしないでも生活ができてしまうような毎日でしたので、正直『ぼーっ』とした生き方だったと思います。

そんな私が大きく変わったのは児童養護施設の指導員として勤務するようになってからだと思っています。26歳の9月から勤めだした私はその年の瀬の施設がある敷地内の大掃除をしている時に自分自身が何も出来ない人間だと知らされました。つまり、大掃除に参加しても何をどのようにしていけば良いのかがわからず、その当時の寮長の奥さんから機関銃で撃たれるが如く叱責されたものです。但し、その頃の私は「こんなに何も出来ないのだから怒られても当然」と思えるような『ボンボン』だったと思います。

児童養護施設の13年間は自分磨きの13年だったように思います。その13年の間に『相手を思いやる心』であったり、『何事も気付く事の大切さ』を徹底的に教えて頂いたと思っています。同じように見たり聞いたりは出来ても誰もが同じようには出来ない。それは感性を研ぎ澄ましていないから。この差は大きいと思います。

新規事業の施設長に任命した吉澤施設長は事ある毎に「電気を消す事」を職員に言っているのですが、この行為を「細かい事を言う嫌な奴」と思ったら駄目だと考えています。常に視野を広く張っていて電気を消すと言うのは単に経費の問題ではなくて、気付きの多い職員になって欲しい。と言う事の他にも、細かく節約をして、大きな事を成し遂げたいと言うメッセージだと言うことを理解してくれたら素晴らしい施設になると思います。本部施設が色んな物を使っていて、「これは便利だから使いたい」との声が聞こえてきました。でも、23年の歴史の積み重ねで出来ている事の良いどこ取りではなくて、自分達で考えて創意工夫の中から意見を戦わせて答えを出して欲しい。

リピーターの皆さんは私の考え方をどう思われますか。本日から建物の管理は当法人側がしなければいけないので、取り扱い説明を受ける作業に結構な時間がかかり、15時からは竣工式の打ち合わせを司会進行をしてくれる大倉幸子さんを入れて行い、打ち合わせの内容を施設に戻りパソコンでまとめました。

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本日も時間を有効に使えたので明日も頑張りたいと考えています。

完全に新規事業への竣工式及び事業開始モードです

令和3年5月7日

昨日は午前に岐阜新聞及び岐阜チャン(岐阜放送)の取材及び撮影取材の具体的な日程調整をしました。5月16日竣工式当日の朝刊には古田岐阜県知事、山田岐阜県視覚障害者福祉協会会長及び杉和会理事長である私の竣工に合わせての挨拶が掲載されます。そして、竣工式の様子も岐阜放送で流して頂けますし、17日には館内の撮影取材と理事長である私のインタビューも撮って頂き5月21日の番組で流して頂き、いずれはその番組は当法人のホームページにYouTubeで貼り付けしても良いと聞いてますので、リピーターの皆さんテレビ及びパソコンで是非とも見てください。午後からは関ヶ原町住民課長以下四人で新規事業への打ち合わせと共に見学に来て頂きました。色々な箇所を見て貰いましたがそれぞれに思いが詰まっている事を語りながら見て貰いました。最後には「関ヶ原町の近くにこのような立派な施設を建てて貰えて有難い。」とも言って頂けたのだから開設してからのソフト面の充実を図っていかなければと強く思った次第です。そして本日は午後からは竣工式にパンフレットを間に合わせる為の最終打ち合わせをしました。5月2日と3日にプロのカメラマンに撮影して貰った写真を貼り付けて頂けたので気が付いた箇所の文字の変更をお願いし、竣工式前日の15日に納品して頂ける事になり、正にギリギリの日程ですが何とか間に合います。パンフレットの打ち合わせを終えてからは正に竣工式当日の招待客の確認やテープカットのメンバーや来賓挨拶のメンバーについての最終調整をしました。今回の竣工式はコロナ禍における実施なので特に念入りな中にも念入りに打ち合わせをしています。色々な事を前倒しでしてきたつもりですが、それでも、あと1週間しかない中で打ち合わせにも力が入ります。なるべく時間を短くしながらも、より充実したものにして、事業開始時により良いスタートを切りたいと考えています。その為には竣工式に関わるもの全てが自分の役割を理解してお招きした方に好印象を持って帰って頂き、地域の方々に施設が出来て良かったと思って頂けるような展開をしていきたいと考えていますのでリピーターの皆さんも今まで以上に応援を宜しくお願い致します。

父進さんとしっかり話が出来ました。

令和3年5月6日

私が38歳の時に他界したので、約30年前にはこの世には存在していない父進ですが、朝イチでウォーキングマシンに乗り歩きながらお仏壇に向かってお経を唱え本日はずっと父進の写真を見ながら話をしました。話の中身はご寄付を頂いた方と昨日電話で盛り上がった父進さんが垂井小学校の校長だった時の父進さんとの接点の話でした。そして、父進が関ヶ原歴史民俗資料館の館長時代に何処かで会われた時に「関ヶ原歴史民俗資料館に行きます。」と話をしたのに実際には行けなかった事をとても残念に思われている感じで話をされました。

私はその報告をしながら50年前の記憶が鮮明にある事に正直驚いたと父進に話をしました。だってリピーターの皆さん思いませんか。自分が小学校時代の校長先生との思い出を熱く語れますか。この3月末をもって廃校になった今須小中学校にたまに行く事があり、校長室に通された時に歴代校長の写真が掲げられているのを見た時に「この校長先生がおみえになったな。」とか「この校長先生は話が長かったな」程度にしか記憶がないのは私だけですかね。私の記憶力が一般的だとすると、昨日の電話の方は父進さんとの出会いがとても素晴らしいものだったと言う事です。

ある意味私は父進さんに嫉妬すらしてしまいそうです。父進さんはとても人間味のある人格者だったと言わざるを得ません。そんな私は38歳まで父進の掌の中でわがまま一杯の生き方を許して貰えた事に改めて感謝を父進の写真に向かって言う事が出来ました。私が高校2年の夏から四国団さんに行かせて貰った時にも、「家族の代表で参って来なさい。」と26歳まではずっと送り出してくれたのが今に生きているわけだし結論としては父進を越えれないと問答をしながら痛切に感じました。私は父進の期待を常に「これでもか、これでもか」と言うくらいに裏切りながらも、見守ってくれていたのだと今月16日に68歳になる今になって痛感している次第です。

今の私が父進のような対応が出来るようになるにはあと百年はかかるかな。と言う事は絶対に無理だと言う事か。良くよく考えるに私が父進に誉められたのは生涯に一度きり。それは私が児童養護施設のを退職して大垣女子短期大学幼児教育課で講義をするようになった時に、「お父ちゃんも色んな所で講演をしてきたけど大学生を相手に講義をした事はなかったので、それはそれで素晴らしい」と言われた時です。多分その会話は38歳の5月位の事だったと思うのですが、翌月の6月に体調を崩して入院をしてその年の8月12日に他界したのです。

あの時に誉めるような事を言ったので安心して、緊張の糸が切れてしまい一杯いっぱいの生き方にピリオドを打つことになったとすると、誉めて貰えたのが良かったのか悪かったのか。リピーターの皆さんも思いませんか。『親孝行したいと思った時には親はいず』でも、今頑張っている姿を天国でめっちゃ誉めて貰っていると思います。このコラムを息子が見ているのならば言いたい事があります。『親は絶対に抜けません。だって先に生まれているのだから。自分が信じた生き方を全うしなさい。』すみません。個人的な事を最後に書いてしまいました。

外の散歩コースにお地蔵様を設置することにしました

令和3年5月5日

盲養護老人ホーム『優・悠 ・邑   和(なごみ)』の吉澤施設長から「元気な高齢者の散歩コースにお参り出来るものがあると、散歩にも目的が出来て良いと思うのですが」との提案があり、「吉澤施設長なりに色々な事を一生懸命に考えているので、私も理事長として出来ることはしなければいけない。」と考えて、突然だったのですが、施設から直ぐの所にある石材店に飛び込みで行く事にしました。

5月16日には竣工式なので、店舗内に展示してあるもので良い物はないかとまるで、結婚相手を探すように見て回りました。見て回る前は「観音様がいいかな」と考えていたのですが、ふと目に止まったのは、お地蔵様でした。「これが良いな」と思ったら直ぐにもお店の方にお話がしたくなり、広い展示場内を探していると工場の裏手でご主人らしき方がホースを使って水まきをされていたので挨拶をして名刺をお渡しすると話しにのって下さり、、お地蔵様の所に私が案内するかたちで歩いていく途中で奥さんと息子さんも参加して下さり、具体的な話は息子さんとさせて頂く事になり、早速現地を見に行く事になり、吉澤施設長も呼び駐車場の一番東に垂井町を見渡す形で台座と危なくない配慮もして頂いてお値打ちにして頂く事になりました。

交渉成立した後から施設内を奥さんと息子さんを案内しました。これで施設内は仏間に静大僧正による祈りの空間。玄関先は竣工式の中で静大僧正によるパフォーマンスでグラフィックデザイナーさんが作成して頂いた台紙に梵字を書いて頂いたのを見ていただく予定だし、視覚障害者の方にとっても祈りの多いものになるのは嬉しい限りです。

さて、本日は午前中は社労士の先生との打ち合わせと『こどもの日』と言う事で昼食はバイキング料理で皆さん盛り上がり、午後は新規事業へのご寄付を頂いた方に対してお礼の電話を入れたり、前全国盲養護老人連盟会長だった本間先生に手紙を書かせて頂いたりしていて、昨日から何度もかけさせて頂いているにも関わらずかからなかった方から、逆に施設へ連絡を頂き恐縮しました。

お名前を見て、多分かつて、ケアマネージャーとしてお世話になった方だろうとは思って以前頂いた名刺を探したのですが見つける事が出来ず、確証を得られなかったので手紙を書けなかったのですが、電話を頂き接点が見つかったのと、久しぶりにお話が出来たので随分話が盛り上がると意外な事に私の父が垂井小学校の校長をしていた時の児童だったとの話しに「こんなところにも繋がっていくのか」と驚いてしまいました。もしかすると前にも聞いていたのかも知れないので失礼な会話になってしまったかとも思いましたが、その事を意に介さず話をしていただけたのはありがたかったです。

リピーターの皆さん。父進は30年前に他界しているのに、今も50年以上前の事を生き生き話して頂けたのには、改めて父進の偉大さを知った思いでした。明日の朝のお参りでは、しっかり報告をしたいと考えています。私もそんな風に語って貰えたら良いなと考えています。

 

竣工式まで2週間を切りました

令和3年5月4日

昨日は5月3日で憲法記念日と言う事で国民の祝日。間違ってもゴルフなどしてません。私も1国民ですが、仕事をしてます。もっとも私の場合は『仕事が趣味』と言っている人なので、大丈夫なのですが、昨日は本部施設で5升のタケノコご飯を寸胴で炊いたので、新規施設の竣工式の準備も含めて頑張っている吉澤施設長に激励ついでに『お裾分け』と言う事でタケノコご飯を持って行きました。その後、新規施設の竣工写真をプロのカメラマンが撮影しているので様子を見に行き素晴らしい館内から垂井町の殆んど全貌が見えるのに感動して完全に竣工式準備モードのスイッチが入り、得意の『予定は未定で決定ではない。』を実行に移す事にしました。もっとも、その後の予定が無いことを確認してからですが。何をしたかと言うと、竣工式でのお祝いの品物とその後に予定している内覧会に来て頂いてた方への品物の打ち合わせの為に三軒のお店を回りました。竣工式でも内覧会でも、お渡しするのが足らなくてもいけないし、さりとてたくさんあまっても勿体無いので、内覧会では先着の50人の品物を決めその後の方には日保ちのの良い物にしました。

本日は早朝からのウォーキングマシンによる歩きとお経の継続が2ヶ月目に突入の日でしたが軽くクリアをして、昼食を頂いた後から本当に久しぶりに施設の西奥に出来た砂防ダムを見ながら(50メートルの立派なものです。)馬頭観音さんまで歩きました。明日がこどもの日なので鯉のぼりは明日までなのですが、本日は風もあり元気に泳いでいました。

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砂防ダムは完成していましたが、周囲にダンプも通れる道を計画して頂いているので、まだまたかかるようですがこの砂防ダムが出来れば随分安全が担保されると思いました。久しぶりの馬頭観音さんまでの行程はきつい坂もありますが、頑張って歩く事が出来ました。馬頭観音さんの最後の階段は手すりもないので、上がるのは大丈夫だったけど降りる時は少し厳しかった。リピーターの皆さん。毎日ウォーキングを頑張ってかっこよく歩けるようになるまでお付き合い下さいよ。明日はこどもの日にちなんだバイキング料理が提供されるのでまたまた張り切ったレポートをしますので宜しくお願いします。

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(私の事ですが)知らないとは困ったものです

昨日《すき家》で昼食を頂いたのですが、椅子に腰掛けても、注文を聞きに来ないので周りを見渡すとタッチパネルがあるのに気が付き、おもむろにタッチパネルを取りボタン操作をしようとして悪戦苦闘。

何とか注文出来たと思うのですが、なかなか店員さんも来ないので不安になり、近くにあった呼び鈴を押すと直ぐに店員さんが来てくれて、ちゃんと注文(一般的には『オーダー』と言うのだそうです。 )が通っているかを尋ねると「只今確認して参ります」と言って厨房に行き「牛丼キムチ入りセットで良かったですか」との感じよい対応にほっとして、しばらくして注文した品物が来て食べて会計をしようと係りの方に注文書を渡し、カードを出すとカードは駄目との事で千円札を出すと「お金を入れて下さい。」と言われて、何とかお金を入れると「OKボタンを押して下さい。」と言われても、何処にあるかわからない。

慌てると余計にわからなくなり、パニックっていると後ろに並んでいる女性客が指さして教えて下さり、よーく見ると大きな文字で書いてありました。無事にお釣りが機械から出てきて支払い完了。教えて頂いた女性客に丁寧にお礼を言ってお店を出ました。

知らないとは言う事はこう言う事態になるのですよ。

だから、『自分の当たり前が当たり前でない事』も多々ある事をリピーターの皆さんも理解されていた方が良いですよ。かなり前にそう何十年も前に名古屋の地下鉄に久しぶりに乗ろうとした時に自動改札機の要領がわからず、皆さんがされる事を観察しながら見ていた事を思い出しました。知ってしまえば当たり前の事も、やった事がなければできないのです。

今朝も早朝に目覚め本日でウォーキングマシンによる歩きとお経が1ヶ月継続して出来て「宏君を誉めてあげたい」心境です。

爽やかに施設に行き、施設の入居者さんの問題で家族に来て頂いての話し合いをして(結構重い話題でした。)その後昨日湯がいたタケノコを使っての『タケノコご飯』の対応をしたのですが、大成功だった事の報告をします。

朝から吉田部長らがタケノコ、人参、椎茸、油揚げ、を小さく刻んでくれて、理事長の点火を待つばかりになっていて、タケノコを湯がく時と同じように勢いよく燃えだしました。

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本来寸胴の大釜の薪のくべ方は『初めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな』なのですが、優 ・悠・邑流儀は違います。『初めボーボー中ボーボー。心配だったら蓋開けろ』です。『蒔かぬ種は生えぬ』と同じく『炊かぬなら美味しくにゃー』で立派に美味しく男の料理が完成しました。

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出汁を私が味見をして甘かったので生醤油を「男の料理は大胆に」の掛け声の中、たっぶり生醤油を入れて「味付けバッチリ」。40分もしない内に『いい加減』になり、私が出来上がったのを味見をすると少し柔らか目だったのですが、「これから蒸らしを30分すれば最高の出来映えになるであろう。」等と予言者のように言って30分後に各エリアに大きな器に入れる為、大きなしゃもじで混ぜました。

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当たり前の事ですが、釜の底にはお焦げがいっぱいありましたが「これが絶品」職員達が奪うようにして食べてくれ(勿論私も頂きました。)入居者さんにはお焦げでないのを食べて頂きました。リピーターの皆さん。男の料理は最高ですよ。

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本日は天候にも恵まれギャラリーの参加も多かったし『優・悠・邑   万歳。男の料理万歳』のランチタイムでした。

歯が浮いた状態になるのは心からと体からの両方のようです

令和3年5月2日

昨日は奥歯が浮いたのは『強烈なストレス』だと思っていました。もちろん、それも間違いではありませんが、『強烈な疲れ』からも起きる事を今朝理解しました。と言うのは、今朝も5時に起きて奥歯が浮いているからです。確かに昨日はしっかり寝ました。但し一昨日の行政への挨拶回りは結構しんどかったのですが、今月16日に68歳になる(「えっ、竣工式の日がヒロシ君の誕生日」等とわざとらしいかな)身ですので、疲れた症状は忘れた頃に出てくるのです。

とは言え、本日は10時の予定で盲養護老人ホーム優・悠・邑   和(なごみ)に仏壇が搬入され、静慈圜大僧正直筆の書の掛け軸3筆と木に彫って頂いたのを見させて頂くのも楽しみです。私は施設を建設する時には①自分が入りたいと思えるもの②祈りを大切にするの2つを心掛けていますが『②』については今回特に静大僧正が全面協力をして頂けたので有り難かったです。

9時30分に和(なごみ)に着き、内藤仏壇さんが来るのを昨日の搬入状況を確認しながら待っていると、10時ギリギリに着かれる対応は、業者としてのお付き合いは25年近くになりますが、あいからわずだと思っています。そして、発注者である私にいきなり、「4人程職人さんの協力を頼めないか」との話から入ったのにはびっくりして、流石の私も「職人さんはそれぞれの仕事で手一杯だから無理」と答えました。ピシッと言ったので内藤さんがもう一人の手伝いの方と二人で建物に気を配りながら何とか仏壇を納めて頂きました。

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仏壇を納めて頂いている間に静慈圓大僧正の書を三筆を床の間にかけ、桧に彫って頂いた作品も見させて頂き、あまりにも素晴らしい作品に一堂は感動してしまいました。5月16日の竣工式の企画として、静慈圓大僧正の書によるパフォーマンスと書の説明をして頂く予定をしているのは今から楽しみです。

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仏壇搬入が終了して再び本部施設に戻り昨日手に入ったタケノコを寸胴で湯がきました。職員が家から持ってきてくれたのも入れて湯がくと結構な量になったので明日は朝からタケノコご飯の他にもタケノコの料理を作る事が出来ると思います。リピーターの皆さん。入居者さんは食べることがとても好きなので(もっとも私も好きです。)入居者さんと共に明日も楽しめたら良いなと考えています。

 

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