理事長コラム

気が付いたら杖を着かずに歩いていました。

令和7年4月4日

朝のお墓参りを再開して4日目で、歩くのが当然の様に足が動いているので、歩きながら考え事をしていて「ふと」気が付くと、橋の上を歩いて「はっ」として私の状態を確認すると、「橋に杖がつかないように、杖の真ん中辺りを右手で持っている。」と言う事を理解しました。リピーターの皆さんの中には「何のこっちゃ」と思われる方が殆どだと思いますので、その理由を次に書きます。

私が初めて金剛杖を手にしたのは、高校2年生の夏休み期間中に四国八十八か所の土用団参に参加した時です。その時に教えて貰った事の一つが、「橋の上では杖をつかない。」と言う事でした。その訳は「弘法大師は今も修行の旅をされていて、夜露を避ける為に橋の下で寝てみえる可能性があり、橋の上で杖をつくと言う事は、杖で弘法大師を叩く様な事になるから。」と教えて頂きました。初めての参加の時は「つい、うっかり」と言う事で、何度も教えて貰う事がありました。初めての参加の時は1週間の工程で阿波一国の1番さんから23番までだったので、流石の私も最終日には橋の上ではつかなくなりました。それ以降は26歳までは、毎年春と夏の団参には参加していましたし、大学3年生の時には、滋賀信行会の内藤現会長と共に先達もさせて頂いたりしたので「橋の上ではつかない」は自然に出来る様になっていたと言う事が言いたかっただけの事だったのです。

そんな事を書いていて「ふと」思ったのは『私の当たり前が、全ての方の当たり前ではない』と言う事にも気が付きました。但し、「正しい事は教えていかなければ」と言う気持ちは変わりません。と言う事で『お節介』と言われてでも言い続ける私は『バリバリの昭和おじさん』であることも改めて自覚した次第です。リピーターの皆さん。「若山は面倒臭い奴」と思わずになが~~~いお付き合いを改めて宜しくお願い致します。