理事長コラム

昨日予告しました感動した講演のお話です

昨日実施されました第2回制度制作検討会議の協議題の最後の項目が『医療と介護の連携について』だったのですが、その提案者である全国老人福祉施設協議会理事である石飛幸三先生のお話を聞いた事をお話します。

(石飛先生のお話は何度お聞きしても素晴らしいです。)お話の前に石飛先生の紹介をします。1935年広島県生まれで慶応大学医学部を卒業され、ドイツの病院で血管外科医として約2年間勤務。その後、東京都済生会中央病院副院長などを経て、2005年12月から東京都世田谷区の特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医師として勤務。2018年4月からは特別養護老人ホーム「上北沢ホーム」の常勤医師として勤務されている86歳の現役医師。最先端医療を担う外科医から、老人ホームの医師へと転身。

「どう死ぬか」は「どう生きるか」と同じこと。老衰末期における苦しまない自然な最期として「平穏死」を提唱し、人生と医療のかかわり方、満足して生を締めくくるための生き方を提案されている先生です。

昨日のお話も静かな語り口で信念を語られる姿に圧倒されました。石飛先生のお話の中で「医療は部品修理ではない」との強い語り口の中に外科医としての功績に甘んじる事なく信念を貫いてこられた強い思いを感じました。そして石飛先生の凄さは「特別養護老人ホームでの勤務医を1年経験すれば充分だ。」と思って入職したが、介護職、看護職、歯科衛生士の方の対応の優しさに触れる中から「医療として単に病気と向き合うだけが全てではない。との思いの中から1年のつもりが16年勤める事となった。」とさり気無く言われたのには正直鳥肌だ立ちました。

石飛先生の講演のレジメの中に[人生途上の「病い」と「老衰」は違う。老衰は自然の摂理。いずれ人生の最終章が訪れる。それを医療でただ延命を図ると、かえって苦しめることになりかねない]は、医師でありながらその様なお考えを述べられるのにも強い信念を感じないわけにはいかない。尚且つ[「老衰」に無理な延命治療⇒治せないのに治そうとする。医療は人の一生のためになってこそ医療。しかし日本の医療制度は基本的に「出来高払い」。医療行為が点数化され、そのあり方は問われない。]

私はここまで断言されるお医者さんを知りません。会議の終了時の挨拶を私が副会長としてさせて頂いた時の話を書きます。「当施設も基本的には看取りをさせて頂きます。入居者さんとしてご縁を頂いた以上は最後までみさせて頂きたいからです。当施設には常勤医師はいませんが嘱託医師が必ず来て頂けるので出来る対応なのですが、お医者さんに死亡診断者を書いて頂き、その後亡くなった方を家族の希望でではありますがお風呂に入って頂きます。そして、通夜の席で安らかなお顔をされているのを見て「お疲れさまでした。色々な事を教えて頂きありがとうございました。」と言ってます。」との挨拶をしました。

リピーターの皆さん、私は一生懸命に仕事出来る事に幸せを感じています。