昨夜は疲れがあり過ぎなのか睡眠が浅く、浅い眠りの中で色んな事を考えていたのだと思うのですが、そんな時の記憶は殆ど朝の目覚めと同時に忘れてしまうのが常なので(わたしの場合はですから違う方もあるとは思うのですが)「この事を明日のコラムネタにしよう。」と言う事で、半分眠ったような状態ではありますが、携帯に打ち込んだタイトルが『学習にはバイパスがある』と言う事で、本日のコラムにしました。多分、色んな事を考えている中で、私が26歳から38歳まで児童養護施設の指導員時代の事を想い出していたのだと思います。そして「これはコラムネタにしなければ」と言う事で、携帯に打ち込んであったので忘れる事無くコラムネタにした次第です。
『学習にはバイパスがある』と言う言葉は、私が児童養護施設の指導員時代に、神戸大学の先生がその当時書かれた本の中の一文の中にありました。神戸大学の先生が書かれた意味を、児童養護施設の指導員時代の実践の中で経験したお話です。
その当時小学1年生の男子児童で、1年生にしては体の大きな子だったのですが、その当時小学生低学年男子担当の保母さん(今は『保育士』と言いますが)から、「全くひらがなが書けない子がいてどうしたら良いでしょうか」と言う相談を受けた時に、正直私も答えを持ち合わせていなかったので、「一先ず小学1年生の子は学校から早く帰ってくるので、私に預けて下さい。」と言う事で、一先ずひらがなが書ける様になる為に、私が最も苦手な忍耐を持って指導する事にしました。
「自分の名前が書けるようにしよう」と言う事で、来る日も来る日も名前を書かせる事にしました。最初の内は『鏡文字』になってしまったりしましたから、私が書いた文字をなぞる事から始めました。正直私も途中で投げ出したくなるような状態でしたが、3カ月近い月日をかけて五十音の内の25文字を「自信を持って書けるようになったな」と思っていたら、残りの25文字は2週間足らずで書ける様になった時に私は「『学習にはバイパスがある』と言うのは本当だ」と思ったのです。そしてその男子児童は、そのことが自信につながったのだと思います。自分で出来る事は進んで出来る子になりました。そして私の『忍耐力』も培われたと思っています。
蛇足的ではありますが、改めて『学習にはバイパスがある』と言う事の説明をします。基本的な事を理解するベースを構築するのは大変だけれども、基本がしっかりしたら、次へのステップはスムーズに行くこと言う事です。私も勉強が苦手で出来なかったのですが、児童養護施設の指導員時代に中学生や高校生に勉強を教えなければいけない立場になった事により、色んな方に迷惑を掛けながらも必死に勉強に取り組んだ事により、今の私があると思っています。『人生に、もしもと言う事は無い』のですが、あの当時の頑張りが今につながっているとも思っています。