理事長コラム

久藤妙子先生を悼む

昨日、石川県老人福祉施設協議会から、久藤妙子先生の訃報のメールが届きました。最近はお元気なお姿を見る事が出来ず、体調が優れないご様子をお聞きしていたので心配はしていたのですが、「もう一度お元気なお姿を見たい」と思っていたのですが、叶わぬ事となってしまいました。そんな中で、本日のコラムは、大変お世話になった久藤妙子先生との思い出を書くことにします。

私と久藤先生との接点は、私が岐阜県老施協の副会長になった2003年(平成15年)に、初めて東海北陸ブロック正副会長会議に参加させて頂いた時にご挨拶をさせて頂いたので、実に22年も前に遡ります。その時既に、久藤先生は全国老施協でも中心的な存在でしたので、遠くから眩しく見る様な状況でしたが、全く偉ぶった所はなく、私が遠慮気味な態度を取っていると「若山さん、若いところの意見をどんどん遠慮なく言って下さいね。」と言われたのには「心温かい先生だな」と思ったものでした。あれから22年が経過して、今も東海北陸ブロック正副会長会議には、岐阜県老施協会長として参加させて頂いていますが、あの時の久藤先生の教えは、今の私のスタンスに大きく影響しています。

そして私が全国老施協の総務委員会の幹事として、全国の役員として出て行く様になった2006年(平成18年)からは、役員会でお会いするたびにお声を掛けて頂き、恐縮するばかりでした。また全国での会議に出る様になり、久藤先生が石川県選出の国会議員の森元総理とのパイプが太くて、会議中でも、森元総理とのホットラインで「森先生、久藤でございます。」と言ってお願い事をされているのを見るにつけ「凄い方だな」と思っていました。一時体調を崩されてから復帰された大きな大会で、私が舞台袖にいた時に、久藤先生が階段を上がられる時に手を差し伸べると、さっと私の手を取りすたすたと階段を上がられたのも、私にとっては思い出深いものの一つでした。

また、本部施設の夏祭りに招待状を出させて頂いた時に、わざわざ、「若山さん、せっかく招待状を送って貰ったけれども行けんので、お酒を送っておいたので、みんなで飲んで楽しんで」との電話を頂き、2日後に石川県でも最高の銘酒と言われている『菊姫』を1斗樽で毎年送って頂いたのは、全くの驚きでした。また、全国介護福祉施設政治連盟で選挙の責任者をさせて頂いていた時に、役員同士の調整が上手くいかなかった時にも、久藤先生には何度となく助けて頂きました。

話題には事欠きませんが、自分の法人の事は勿論の事、全国老施協、政治連盟と色んな所で中心的存在であった久藤妙子先生とお会いする事が出来ないのは寂しい限りですが、久藤先生の教えを守りながら、これからも頑張っていきますので、高い所から見守っていて下さい。そしてゆっくりお休み下さい。